3、ゴブリンと蛇とおいしい果実

第1話

「またここ……。いや、ナヤんでるバアイじゃないゴフ。イソいでオヤジたちにハナシをしにイかないとゴフ!」

 呆けてしまったものの、ブンブンと頭を振って意識を取り戻す。

 今回の事は、家族全員が体験しているはずだ。あの戦場から、いきなりここまで戻されてしまっては混乱していることだろう。無論トビー自身もなにが起きているか分からないが、兎に角、話をしに行きたかった。


 急がないと、と足に力を込める。

 だが、動かない。あの目的地に向けて、歩みを進めてしまっている。

「そうだったゴフ! またあそこでイきノコんないとゴフ!」


 えーとどうやって生き残ったっけ、とトビーがアタフタとしていると、腰の辺りでカチリと音がした。

 チラリと見てみると、そこには何処かに失くしてしまったはずの対魔のコーティングがされたナイフが下げられている。

「なくなったモノまでモドってるゴフか? ナニがオきてるゴフ・・・・・・」


 呆然、よりも恐怖が勝る。

 しかしそうこうしている内に目的地まで辿り着いてしまい、トビーは考えを切り替えるしかなくなった。

 現れる人間。先ほどまで人間に襲われていたからか、今まで以上に恐ろしく感じるのは気のせいだろうかと思う。


「えと、あのトキはナニもしなかったゴフな。ツっタってればいいゴフ」

 駆け出す人間を見ながらも、トビーはじっとその時を待つ。あの唯一生き残ったとき、ぼうっと立ってるだけで何もしなかった。つまり避けようとせず立ってれば良いだけ!


 ドゴッ! と顔面から音が鳴る。

 意識が遠ざかるのは、それから間もなくの事だった。


「あれ? モドってきたゴフ?」

 目を開けると、そこは森の中だった。それも、一番最初に目が覚める場所。

 生き残ったわけではなく、死んで戻って来ただけだと理解するのは早かった。何分幾度もやられている訳ではないのだ。


「なんでダメだったゴフな・・・・・・? タってるだけじゃダメゴフ?」

 うーん、と思い出す。偶然に生き残った世界では、何か避けようとしたわけではなかったはずだ。

 もはやずーんと気持ちが落ちて、蹴りとか何にも考えていなかったまである。


「!! そうゴフか! ワかったゴフ!」

 ピキーン! とトビーの脳が閃く。

「チカラをいれてナかったゴフな! ケられてもキにしなければいいゴフ!」


 それはある意味、脱力による受け流しの極みと言える技なのだが、トビーはそんな事を知りもしなかった。

 これは天才ゴフ! とトビーがはしゃいでいる内にも身体は目的地に到着。

 視界の端に人影が映る。体勢は既に低く、こちらへ駆け出す直前だ。


「よ、よし。チカラをヌいていくゴフよ」


 すーはーと息をして、視線を人間へと向ける。

 大丈夫だ、変に力を入れたほうが危険なのは今までで分かってると、自分に言い聞かせる。もう何度もやられているのだから、今更緊張はしない。


 タイミングはもう頭に染み付いている。

 一、二、三、で踏み出し、深く左足を踏み込み、右足での蹴り!!


「ゴブフッゥ!?」


 顔面を蹴り飛ばされ、トビーの身体が宙を舞う。

 しかし今までと違って意識が即座に落ちる事はなく、ふらりふらりと空中で漂うようにして頭にしがみついていた。


「(う、うまく、いったゴフ・・・・・・)」


 声を出すことも、手足を動かすことも出来ないが、かろうじてぼやけた視界で周りを確認することが出来る。


「(あのニンゲン、オレをコロさないゴフか?)」


 足音を立てながら近づいてくる人間。しかし何か武器を構えたり、追撃を行おうとする様子はなく、さも当たり前のようであった。

 人間はトビーの目の前でしゃがみ込む。さらりと揺れる長い黒髪が綺麗だなと思っていると、人間はトビーの腰の辺りを弄り始める。

 カチャリ、と音を立てながら手に取ったのは、トビーが拾った対魔コーティングのされたナイフ。

 それだけが目的なのか、人間は懐にしまうとさっさと場を後にしてしまった。


「い、いチチチ。ヒドいメにあったでゴフ」

 暫くして、ようやく動けるようになったトビーは顔を撫でながら立ち上がった。

 大きな怪我はしていないようだが、やはり顔面を蹴られた痛みは隠しようがない。ズキズキと痛む鼻を抑えつつも、トビーは辺りを見回した。


「・・・・・・もうどっかにイったゴフな。あのニンゲン、ナイフがホしかったゴフ?」


 思い出してみれば、前に生き残った時もナイフが無くなっていた。つまりはあの人間が奪っていったのだと思われるが・・・・・・はて、なんでナイフを欲しがったのか、トビーには見当付かない。

 折角のお宝が奪われてしまった怒りはあるものの、今はとりあえず生き残ったのが一番嬉しい。そして、家族に会いに行きたいという気持ちのほうが大きい。

 急いで家に帰ろう。トビーは一目散に家へと走り出した。



「ただいまゴフ! みんなイるゴフか?」

 ドタドタと家の中に入り、開口一番トビーはそう言う。すると家の中にいた父のオビーは訝しげにトビーのことを見つめた。

「どうしたトビー。そりゃ皆いるが、何かあったゴブ?」

「ナニかあったって! そりゃあったでゴフ! オボえてないでゴフか!?」


 そう言われ、オビーは頭を巡らせるが、


「・・・・・・いや、何もないゴブ。どうしたゴブ?」


 さも本当に、いや事実かのようにオビーはそう言った。その表情には何の迷いもなく、むしろトビーの方を心配しているようである。


「いや、だって、マオウサマのサイタンビで、あんなコトがあったでゴフよね?」

「再誕日って、もうその話を聞いたゴブ? まだ一つの月は先の話でゴブ」

「サキって、そうゴフけど、あれ、え?」


 覚えていない。そう考えた方が自然なほど、オビーの言葉は真に迫っていた。

 つまり、


「オボえてるのは、オレだけゴフか……?」


 あんな事態を、覚えていればこんな反応をしないはずだ。それは間違いないとトビーは思う。魔王城での人間の侵攻、そして魔王と何かの戦い、その余波。忘れたくても忘れられない事態のはずなのだから。


「うー、アタマがイタくなってくるでゴフ」

「何を難しいこと考えてるか分からんゴブが、諦めるがいいゴブ。ゴブリンの頭はそう上等じゃないゴブからな。ガッハッハ」


 カッカとオビーは笑う。言っていることは事実で、ゴブリンは脳みそは大きいものの上手く使えていない。だからゴブリンにとって難しい事は考えない方がマシなのだ。

 だが、流石にそう言われても納得できない物がトビーにはあった。

 うんうんと唸っていると、オビーはこんなことを言い出す。


「まあ、何か難しいことを考えたけりゃ長老にでも聞くといいでゴブ。長老は俺達と違ってホブゴブリンに進化してるゴブからな。頭が良いゴブ」

「! そうゴフ! チョウロウもあそこにイたゴフ! イってくるゴフ!」

 言い終えるが早いか、トビーが家から飛び出す。その背に「狩りも忘れるなゴブ!」とオビーの声が掛けられたが、届いたかは謎である。



「チョウロウ! いるゴフ?」

 一〇はあるゴブリンの家々の中でも一番立派、とは言っても掘立小屋だが、それがこの集落の長、ホブゴブリンである長老の家だった。

 一般ゴブリンは一夫一妻だが、長は別。一夫多妻制なので、トビーの家よりも多くの雌ゴブリンがそこにはいる。

 そしてその雌ゴブリン達と楽しそうに談笑している髭が生えて老いたゴブリンこそが、この集落の長老だ。


「んん、お前はオビーの家の三男だったかゴブ。どうしたゴブ?」

 傍らにある茶(薬草を煮出した物である)を飲みながら、ゆっくりとトビーの方を向く長老。その動作はゆっくりで、トビーはもどかしく話を進めた。


「チョウロウ、マオウジョウでのことオボえてるゴフか?」

「魔王城……ふむ、確か一月後には再誕日じゃなぁゴブ。長老と言っても、ワシもホブゴブリン。行った事など無いゴブ」

「やっぱりオボえてないゴフか……」

 ガクン、とトビーは俯く。どうやら誰もあの事を覚えていないらしい。

 覚えているのは自分だけだから、夢なのかと思ってしまうが、あの紫色の異形の魔力の恐ろしさは、夢と断ずるには現実味がありすぎた。


「なにやら悩み事かのぉゴブ。どれ、ここは長老に聞かせてみるがいいゴブ」

 ほれそこに座るといいゴブ、と長老はトビーを促す。沢山いる奥さんの中でも一番年の取ったお婆さんゴブリンがお茶を差し出してきて、トビーもおずおずと長老の前に座った。

「ジツは……ゴフ」

 そして、トビーは事のあらましを語ったのであった。


「なるほどのぉ、ゴブ。何度も繰り返して、誰も覚えていないと。それで前の時は魔王城で戦いがあったゴブな」

「そうゴフ。いつもケられるゴフし、サイタンビだからってミンナでマオウジョウにイったら、ニンゲンにオソわれたゴフ」

「ふむ……ワシにも分からんのぉゴブ」

「ええゴフ!?」


 頼みの綱の長老までもがお手上げらしい。ガクン、どころかドスン、くらいに落ち込むトビーだったが、まあ慌てるなと長老は言う。

「きっとこれは『小さき神』のみ知る事じゃろうゴブ。ホブゴブリンのワシじゃ到底分からんよゴブ」

 小さき神は、ほぼ全てのゴブリンが信仰している土地柄の邪神だ。強大な者にも立ち向かう勇気ある邪神だとされていて、大きな狩りの前には願いを捧げることになっている。

 勿論トビーも信仰している神だから知っている。むしろ神様じゃないと分からないと言われて更に深く落ち込みかけたが、長老はこんな事を言った。


「ただ、ワシらでも理解できるようになる方法が無いわけじゃないゴブ」


「ほ、ホントゴフか!?」

 ガタンッと思わず立ち上がるトビー。それを手で落ち着けと長老は静止し、話を続けた。


「知恵の実、というのを知っとるゴブか?」

「チエのミ……キいたことないゴフ。メシ、ゴフ?」

「そうじゃな。飯と言っても間違いじゃないゴブ。ただ、普通の木の実じゃないゴブ」

 ズズズ、と茶を飲んで舌を湿らせ、長老は話し続ける。


「ここから北、あっちのほうゴブ。あっちへ行くとな、大きな洞窟があるゴブ。その中には大きな蛇に守られた木が一本あるそうだゴブ。幾つか木の実が生っているゴブが、その中でも一際大きな木の実が知恵の実と言われてるゴブな」


「そのチエのミをクうとどうなるゴフ?」

トビーがそう聞くと、長老は半目の瞳をカッと開いて答えた。

「話によると、物凄く頭が良くなるらしいゴブ。ゴブリンシャーマン、いやオーガに近いほど、ゴブリンでも頭が良くなるらしいゴブ」

「なるほど! クえばいいゴフな! イってクるゴフ!!」

「ま、待つんじゃ! 話は最後まで・・・・・・・・・・・・行ってしまったゴブ」

 長老の話を最後まで聞かず、トビーは家から飛び出してしまう。トビーが居なくなった家の中では、長老の寂しそうな声だけが聞こえてきた。

「・・・・・まぁ、すぐに帰ってくるかのう。無事だと良いんじゃが、ゴブ」

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