【4】

 最後に観覧車に乗った。てっぺんまで来ると、遠く、僕たちの住んでいる街が、朱い夕焼けに燃えていた。


「私の家が見えるよ」


 君が僕の隣で、椅子の上に膝をついて、僕の肩に手を置きながら窓の外に向かって言う。


「見えないよ、こんな遠くから」

「もう、こういうのは、見えた気になってれば見えてるの。君の家も見えるよ」

「ほんとだ」

「いやいや、見えないでしょ」


 ……自分は見えるって言ったくせに。


「見えるんだよ。僕、視力4.0だから」

「まじで?」

「うん、隠してたけど、僕本当は日本人じゃなくてマサイ族の戦士なんだ」

「何それ、意味わかんない」


 ひとしきり君の笑い声が響いて、それからゴンドラの中は静かになった。

 観覧車が、あるいは、時間が。止まってしまったように思えるほどだった。ゆっくりと、ゆっくりと、まるで一瞬一瞬を引き延ばしているみたいに、観覧車は動いた。

 そうして僕らの街が、山の向こう側に隠れ始めた時のことだった。


「……私ね、前から考えてたことがあったんだ。ずっと、ずっと考えてた」


 不意にそう、君がささやくような声で話し始める。


「何で、ジュブナイル・シンドロームなんて病気があるんだろうって」

「……うん」

「どうして私たち、理由もなく18歳の夏に死んじゃうんだろうって」


 君は確かめるように、はっきりと言った。


「うん」


 僕は頷いて見せる。君も小さく頷き返す。


「それはさ。本当は皆、生きたいんだ、って。そう確認するためなんじゃないかって。最近そう思うようになった」

「皆……生きたい?」

「そう。私たちの周りにいる人たち皆、まるで幸せじゃないって顔してる。いろんなことが煩わしくて、投げ出したくて、逃げ出したくて、もう、こんなのやめちゃえばいいんじゃないかって、そんな顔」


 僕はクラスメイトたちの顔を思い出す。笑ったり、泣いたり、怒ったり。その表層で覆い隠した、空虚を、虚無を。


「でも、それって、未来が見えないからだよね? 終わりが見えないから、だから私たち少年少女の人生は、まるで地平線の向こうまで続く、砂漠みたいに見えてしまう」

「確かに、そうかも」

「だから、証明する人が必要なんだよ」

「証明って、何を?」

「人生は……生きるってことは、こんなにも素晴らしいんだって、そういうことを」


 そう言って君は笑う。嬉しそうに、悲しそうに。


「私たちにとって、これは最後の夏だけど。でも、最後の夏だから、そう分かってるから、私たち、精いっぱい生きてる。後悔しないように、いや、するんだろうけどさ、それでも、精いっぱい、今、生きてるじゃん。生きていられるんだよ。私たち、この短い命を燃やして、花火みたいに、人生ってこんなに素敵なんだって証明してる」


 おもむろに君の顔が近づいて――ほんの少しだけ、僕らの唇が重なった。


「ジュブナイル・シンドロームにならなかったら、私たち、隣同士にいなかったんだよ」


 鼓動を感じた。速く、強い鼓動だ。

 その時僕は、あの日の僕に答えられると思った。

 僕の心臓は確かに動いていると。

 そう、自信を持って、胸を張って答えられると思った。


「そっか」


 そう、僕は呟いた。


「そうだよ」


 そう、君も呟いた。

 それきり、僕らは何も言わなかった。だけど、同じことを考えていたんだって、僕たちは知っている。


 つまり。

 ジュブナイルって、そういうことなんだって。

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