【3】

 今度は僕が入院する番だった。君はあの店のバターソルトのラスクを買って、学校帰りに僕の病室にやってきた。


「また噂になってたよ、私たち付き合ってるって」


 そう君がくすくすと笑う。またか、と僕はため息を吐く。

 二人で交互に入院して、交互にお見舞いに行っているものだから(見舞いに行っていることは、彼女のとあるしくじりでバレてしまったんだけど)僕らの関係性って、見ている奴らからすると色々噂しやすいんだと思う。あんまりめんどくさいから一時期は本当に付き合っているってことにしていたけれど、それはそれで同じくらいめんどくさいって事が分かって、結局あいまいに濁すしかない。


「明日から夏休みだよ」

「今日、終業式だっけ」

「本当は知ってたくせに」

「忘れてたよ」

「嘘つき」


 ああ、嘘だ。嘘だった。

 だってそれは、僕らの、最後の夏の始まりだから。

 最後の秋は、去年終わった。




 遊園地に行こうと君が言った。電車に乗って、街から離れた遊園地に行った。

 日曜日の遊園地は人の多さに驚かされる。まるで皆、今の今まで隠れていたみたいに、園内はどこかから来た人にあふれていた。


「クラスの子、誰か来てるかな」

「どうだろ」

「見られたら、また噂になるね」

「いいよ、別に……」


 何気なく言った僕の言葉に「そうだね」と君はすぐに頷いた。だから僕は、「別に」の先を言わなかった。


 君はジェットコースターが昔から好きで、コーヒーカップをジェットコースターみたいなスピードにして乗るのも、ゴーカートをガードフェンスにゴンゴンぶつけながら運転するのも、好きだった。

 僕は君の好きなものが、だいたい嫌いだった。でも付き合った。


 だって、そういうの、君が好きだったから。

 きっと、そういう、君が好きだったと思うから。


「メリーゴーランド!」


 そう言って君が指さす。僕はちょっとうんざりした口調で。


「やだよ、さすがに」

「なんで?」

「恥ずかしいだろ、この歳で」

「なんで?」

「なんでもだよ」

「だめ」


 自分の時は「なんでも」で押し通すくせに、「だめ」ってなんだよ。


「だめってなんだよ」


 僕はそう、もう一度訊く。


「なんでも、だめなものはだめなの」


 またそうやって自分だけずるい言葉を通す。女子の理不尽。


「あっ、そうだ」


 そう言って君が手を叩いた。


「じゃんけんで負けた方が一人で乗ろう、そんでもう片方が証拠に動画を撮る」

「それ、負けた時僕だけ恥ずかしいじゃんか」

「どうして?」

「だって、君がメリーゴーランドに乗ってても何もおかしくない」

「君だって全然変じゃないよ、かわいい」

「……馬鹿にしてるだろ?」

「してないしてない。それに、男は恥ずかしくて女は恥ずかしくないって主張、性差別じゃない?」

「そういうとこだけ女子出すの、ずるいよ」

「女の子って、そういうもんなんだよ……ハイッジャンケンポン!!」


 突然早口で言われて、咄嗟にチョキを出したけど。


「へっへっへー」


 ……負けた。




「もっとかわいくかわいく!」


 心底楽しそうに笑いながらスマホのカメラを構えた君を、白馬の背にまたがり、ポールを掴んだ僕は、恨むように、終始睨み続けていた。上下運動しながら、回転運動しながら。


「すっごいキレイに撮れたよ、最近のスマホって高性能だよね、見る?」

「死んでも見ない」

「見ときなよ、死ぬ前に」


 そう君がさらっと言って、僕は小さく息を飲んだ。


「嫌だ」


 なんとか声を絞り出した僕に、君は微笑みかけた。無邪気な君に、僕は嘆息して尋ねた。


「……何でそんな動画撮ったの?」

「君を忘れないために、だよ」


 そう言った君の横顔が、沈み始めた長い夕日に翳った。


「私は死んでも、君を忘れないよ。だから」


 君が目を細める。


「君に恥ずかしい思いをさせた私のことを、来世でも覚えていてほしいな」

「……趣味悪」


 そんな君の顔を、たかが一回死んだくらいで、僕は忘れないと思う。

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