37.奴らに罰を

「リカルド様も息子さんにはだいぶ頭を悩ませていたみたいですね」

 ぽつりとシアが言った。


 日誌にはドラケルについての記述もあった。

 ベネットさんの言う通り、彼はかなりの乱暴者だったようだ。


 街を守ってやっているのは自分だと威張り散らし、父親が何を言っても聞かなかったらしい。


「この屋敷に、ドラケルがいた……じゃあ、まさか……」


 ベネットさんが白骨化したかつての領主を見やる。

 俺は改めてリカルド様の遺体を調べてみた。


 すると、サビの浮いたナイフが、背中のあたりに転がっていたのを見つけた。

 よく見ると遺体の骨には刃物による傷もついていた。


「背中から刺されたのか」


 俺が大ぶりなナイフを取り上げると、ベネットさんは唇を振るわせてこう言った。


「ドラケルだ……ドラケルのナイフだ……奴はそれをワシらに見せびらかしておった」


「彼が、やったんですね」


 メルさんが言う。

 状況から判断するにそれで間違い無いだろう。


「じゃあ、今のモンスター襲撃は……」


「ドラケルがやってるんだろうな」

 俺はシアにうなずいた。


 あのモンスターたちは明らかに誰かの命令に従って動いていた。

 リカルド様が停止させたダンジョンコアをドラケルが操って、モンスターに街を襲わせているんだ。




 イースト・エンド、そのさらに東の果て。海の近くにある小さなダンジョンで、ドラケルは生み出したモンスターを蹴り飛ばしていた。


 緑色の体をした醜いモンスター、ゴブリンがダンジョンの壁にぶつかり、ぎゃっと短い悲鳴をあげる。

 怯えた目でこちらを見上げるゴブリンを、ドラケルはさらに蹴りつけた。


「また全滅だぞ! これで二度目だ! なんでだ! なんでしくじった! あいつらはもう虫の息だったはずじゃないか! せっかくこの俺が周りの小さな村から潰していって、一箇所に集めてやったのに、どうしてそこから先が進まない!」


 いらだちを吐き出しながら何度も何度も、ゴブリンを蹴りつける。

 ゴブリンはダンジョンコアを持つ創造主であるドラケルには決して逆らわない。


 なので好きなだけ蹴り続けられる。

 そしてとうとう、ゴブリンが動かなくなった。


「……汚れたな。舐めろ」


 後ろに控えさせていたリザードマンに命じて、靴についたゴブリンの血を舐めとらせた。

 上等なブーツなんだ。きれいにしておかないといけない。


 思い切り体を動かしたわけだが、それでも怒りは収まらない。

 なのでクソ親父の形見の剣を取り、這いつくばって靴を舐めているリザードマンを串刺しにした。


「ご苦労、もういいぞ」


 リザードマンはピクピクと動き、そして絶命した。


 剣を引き抜く。

 こんなものはいくらでも作れる。

 なのでどう扱っても問題なかった。


 ドラケルはこのダンジョンの支配者だった。

 父親を殺してダンジョンコアを奪い、コアの力でもって無数のモンスターを生み出して、この地域にある村や街を次々と潰していった。


 別に破壊が目的だったわけじゃない。

 最初はただ、これでモンスターを操れば、領民どもの支配が楽になるだろうと思っただけだ。

 だが、あのバカ親父はダンジョンコアを使うという妙案に激怒し、あろうことか実の息子であるこの俺を殴りやがった。


「頭を冷やせ」


 そう言って、親父は俺を地下室に閉じ込めやがった。

 ドラケルは父親の言うとおりにした。


 頭を冷やした彼は、冷静に反省したふりをして、冷静に父親の隙をつき、冷静にその背中を突き刺した。


「頭を冷やせ」


 ドラケルは倒れ伏した父親にそう言って、ダンジョンコアのことを書いた日誌を地下室に放り込み、扉には錠をかけてやった。


 あの時は最高の気分だった。


 ダンジョンコアの力でモンスターを操れば、なんでも手に入るはずだった。

 あのやかましいベネットのジジイの孫娘をひざまずかせてやるつもりだった。


 しかし、コアを使ってのモンスターの制御は思いのほか難しかった。

 頭の足りないモンスターたちは手加減ができないのだ。


 ちょっと親父に目をかけられたのをいいことに調子に乗っていたジジイの息子を殺してやったのは良かったが、孫娘のセレスを死なせたのは大失敗だった。


 あれでドラケルは冷めてしまった。


 面倒だ。

 もう全部壊してしまえ。

 俺のものをどう扱おうが、俺の勝手だ。


 ドラケルは大量生産したモンスターでイースト・エンドをズタズタにしていった。

 新たにやってきた領主どもを追い払うのは楽しかった。


 だが、何年もやっていると流石に飽きてくる。

 なのでドラケルは、トドメを刺してやることにしたのだった。


 しかし、二度にわたって大規模な攻撃を仕掛けたにもかかわらず、手下のモンスターどもは全滅してしまったのだ。


「もううんざりだ。いつまでもこの俺の手を煩わせやがって」


 残っているモンスターは少ない。

 とはいえ、いたずらに数を増やすつもりは無かった。


 量より質だ。

 ドラケルはコアの力の全てを結集して、とっておきを作っているところだった。


「もうそろそろだな」


 ダンジョンの最深部、石の台座に置かれている丸いダンジョンコアを持ち上げた。

 このモンスターはゴブリンやリザードマンのようにここで出すわけにはいかない。


 一度外に出る必要があった。

 ドラケルはコアを持ってダンジョンを出た。


 そのまま海岸まで向かう。

 夜の海は黒い。

 風のせいか、波が打ちつける音はいつもより大きかった。


 ダンジョンコアは闇の中で脈打つように赤い光を放っている。


「いよいよだな」


 コアを地面に置いて離れる。

 闇の中でも、黒い影がコアから広がるのがわかった。


 コアから広がる影は、地面を覆うように広がっていく。

 そして、その影の中から、赤い巨体が起き上がった。


 ドラケルは思わず笑ってしまった。

 コアの力の全てを費やしただけのことはあった。


 これさえいれば、俺は無敵だ。


 尻尾に脚、爪に翼、そして牙。

 それら全てが、巨大で強靭だった。


「俺のドラゴン……いいじゃないか」


 コアから生み出された赤いドラゴンは、主人に向かって首を垂れた。


「さあて、俺の思い通りにならない奴らに罰を与えてやろうか」


 ドラケルの言葉に、赤い竜は咆哮で答えた。

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