36.扉の奥にあったもの

「怪しいのはここだな」


 屋敷の中を探索した俺たちはとある扉の前に立っていた。

 一階の奥にある鉄製の扉。


 他の扉はどこも鍵がかかっていないのに、この扉だけは大きな鋼鉄の錠が付けてあるのだ。

 ベネットさんによると、この奥は地下の食料貯蔵庫で、ここまで頑丈な錠をつける必要はないはずだという。


「ワシらもリカルド様がいなくなった時に屋敷を少しは調べたんじゃが、どうにも後ろめたくてな。徹底的にやるというわけにはいかなかったんじゃ」

 ベネットさんが言う。


 もっともな話だ。リカルド様に対する遠慮があったから、当時はこの鋼鉄の錠の不自然さに気づかなかったわけか。


「食料は大事ですが、流石にこれは大事にしすぎですね」

 重い錠を調べながらメルさんが言う。


 軽く揺すっていたが、錠はびくともしない。


「私の44マグナムを使いたいところですが、弾が跳ね返ると危ないですね」


「ベネットさん、開錠できますか?」

 シアが聞いたが、ベネットさんは首を横に振った。


「ワシはあくまで大工じゃよ。こういうのはお前さんたち冒険者の方が得意じゃろ」


「私もこういうのはちょっと……壊すのは得意なんですけどね」


「お前さん、案外物騒じゃな……」

 軽く笑うシアにベネットさんは渋い顔になった。


「俺がやるよ」


「えっ、グラッドさん、解錠の技術も身につけてたんですか?」

 驚いた顔でシアが言った。


「そうじゃないけど、こういう型の錠なら、「移動」させればいいだけだから……」


 俺は扉からぶら下がっている錠に手を触れて印をつける。

 あとは剥がれ落ちてた木片を適当に拾って……


 位置替え。

 印をつけた小さな木片と鋼鉄の錠が入れ替わる。


 結果として、扉の錠を外すことができた。


「おおー!」 


 シアたち三人が揃って拍手していた。


「いや、俺のスキルなんて散々見てきただろ……」

 予想外の反応の良さについ苦笑してしまう。


「そうですけど」

「こんな使い方ができるとは思わんかったしなあ」

「ブラボーです」


 三人は感心した様子でいった。


 ともかく、これで錠はなんとかなった。

 あとは中を調べるだけだ。


 念の為、みんなには少し下がってもらってから、扉を開ける。

 扉の先はすぐ地下に通じる階段になっていた。


 窓から光も入っているので、そこまで暗くはない。

 明かりはなくても平気だな。


 一応警戒しつつ、階段を降りていく。

 みんなも後ろからついてくる。


 地下室は広かったが中に食料はなかった。

 代わりにあったのは……


「これは……」


「亡くなってからだいぶ経ってるみたいだ」

 息を呑むシアに俺は言った。


 地下室の床には、白骨化した遺体があった。

 ボロボロになってはいるが、身につけている服はかなり上等なものだったと見える。

 骨の大きさからいっても、この人はおそらく……


「リカルド様……」

 ベネットさんが小さな声で言った。


 やっぱりか。


「亡くなられていたのですね。でも、どうしてこんなところで。それにあの鋼鉄の錠は一体誰がつけたんでしょう」

 メルさんの指摘はもっともだ。


 あの錠は外からでなければつけられない。

 リカルド様以外の人物がやったに違いなかった。


「グラッドさん、これ……」


 部屋の隅で何かを見つけたシアが駆け寄ってきた。


「本……いや、これは日誌か」


 それは表紙が革でできた日誌だった。

 年月を経てるせいでボロボロだが、文字は十分読める。


「リカルド様がイーストエンドにきてからの記録ですね」

「ああ。この屋敷で暮らし始めたところから始まってるな」


 シアと二人でリカルド様の日誌を読み進めていく。

 日誌にはアムリグをはじめとした町や村の人々との交流や、モンスターとの戦いのことが書かれていた。


 ベネットさんの言った通り、リカルド様はこの地の人々に尽くしていたようだ。

 読んでいるとベネットさんの息子さんのことも頻繁に出てきた。


 本当に、信頼していたんだな……。


「……この土地にダンジョンがあったのか」


 日誌を読み進めていた俺は、その記述に行き着いた。

 リカルド様もこの地のモンスターの多さには疑問を持ったようで、古い記録を調べていたようだ。


 その結果、このイースト・エンドのさらに東の果てに、小さなダンジョンがあったことがわかったらしい。


「ダンジョンコアの、暴走……」

 シアがつぶやく。


 日誌にはダンジョンが暴走しており、周期的に無数のモンスターを吐き出して、野に放っていると書かれていた。


 そうか。これが原因だったのか。


 世界各地にあるダンジョンはすでに失われた太古の技術で作られたと言われている。

 それらは基本的に安定しているが、ごく稀に失敗作とでも言うべきダンジョンが見つかることがある。


 なぜ他と違っているのかは不明だが、それら失敗作のダンジョンは時として暴走し、多大な被害を及ぼす。

 俺も過去に師匠と一緒にそういうダンジョンの処理の依頼を受けたことがあるが、あれは大仕事だった。


「リカルド様はダンジョンを止めに行ったのか」


 日誌には原因を突き止めた彼が一人でダンジョン攻略に赴いたことが書かれていた。

 次のモンスター発生まで時間がなかったから、応援を頼むわけにはいかなかったらしい。


 それでも、彼は成し遂げた。

 見事ダンジョンのコアを停止させ、モンスターの大量発生を食い止めたのだ。


「本当に、立派な方だったんですね」

 メルさんが悲しげにつぶやく。


「じゃがどうしてこうなったんじゃ? リカルド様に何が起きた?」

 ベネットさんが言う。


 そのことについても、日誌を読んだ俺には見当がついていた。


「ベネットさん、リカルド様には、息子がいましたね」


 俺が言うとベネットさんは苦い顔になった。


「あいつか……ああ、おったよ。ドラケルといってな、あの方の息子とは思えない、粗野な乱暴者じゃった。リカルド様が行方不明になる前の、最後のモンスターの襲撃の時に怪我をして、どこか別の場所で療養するという話になったはずじゃ。はっきり言ってあいつはみんなに嫌われとったから、その後どうなったのかはわからん。多分別の土地で、ワシらのことなんて忘れて、呑気に暮らしとるんじゃないか?」


「いえ、ドラケルはこの屋敷にとどまったそうです。リカルド様はここを離れるのを勧めたそうですが、本人が嫌がったんです」


「なんじゃと!」


 ベネットさんが目を瞠った。

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