31.老人の事情

「おいしいですよ」


 かなり強く拒絶されたにもかかわらず、メルさんは平然と焼いた肉の乗った皿をすすめていた。


「いらんと言っただろう!」


 老人が繰り返す。

 髪は真っ白だけど背が高くてがっしりした人だった。

 肉体労働をしていたんだろう。怒鳴る姿はかなり迫力がある。


 だが、メルさんは動じない。


「なるほど、肉はお嫌いですか。では私が美味しくいただくとして、お年寄りにはやはりさっぱりした魚ですね」


 メルさんはさっと肉の皿を下げると、テーブルから焼き魚の皿を取って老人に差し出した。


「そういうことじゃないわ! それと年寄り扱いするでない!」


「そんな、これも美味しいのに……仕方ないですね。この焼き魚も私が美味しくいただきましょう」


 メルさんはまた皿を引っ込め、少し考え込んだ。

 背の高い老人はそれを胡乱げに見ている。


 と、メルさんがパチンと指を鳴らした。


「なるほど、菜食主義でしたか。老いてなお進歩的、そういうのもありですね」


 そう言って、メルさんは山盛りのサラダを老人に差し出した。


「そういうことでもないわい!」


 老人は怒っていた。

 まあ、そりゃそうだよな。


「メルさん、その方はただ単に俺たちの料理を食べたくないんですよ」


 俺はメルさんのところまで行ってそう指摘した。


「なん……ですと……」


「最初からそう言っとるだろうに」


 ギョッとするメルさんに、腕を組んで老人が言った。


「ベネットさん、そんなこと言わずに」


 ケイルが慌ててやってきた。どうも知り合いのようだ。


「ケイル、のんきに飲み食いしてる場合じゃなかろう。せっかく助かったんだ。とっととここを捨てて逃げるべきだ」


 ベネットはため息をついて言った。


「待ってくれ。この冒険者さんたちのおかげで状況はかなりよくなった。彼らが協力してくれるなら、この街はやり直せる」


「ワシはそうは思わんよ。ここはもうダメじゃ。無駄なことをして死人を増やすべきじゃない」


 ケイルの反論にもベネットは耳を貸さなかった。


「お言葉ですが、なんとかなると思いますよ。ギルドマスターは本気です。元Sランク冒険者、コートランド・ブルーが見込んだのがこのお二人と、あと私です」


 スッと手をあげてメルさんが言った。

 伝説的な冒険者だったコートランドの名前の威力は絶大で、講堂の人々はやる気になってくれた。


「あのコートランドが本気になってるならいけるんじゃないか」

「この人たちもめちゃくちゃ強いしな」


 だが、それでもベネットは納得してくれなかった。


「やりたきゃ勝手にやっとくれ。ワシは一人で荷造りして出ていくからな」


 背の高い老人は鼻を鳴らして出て行こうとした。


「待ってください」


 彼を呼び止めたのはシアだった。

 足を止めたベネットに有無を言わさずパンとワインのボトルを押し付ける。

 老人が口を開くのを制して、シアが言う。


「受け取ってください」


 ベネットがシアをにらむが、彼女は一歩も引かなかった。

 結局、根負けするような形でベネットはパンとワインを持ったまま講堂を出て行った。


「すごいですね。この私ですら説得できなかったというのに」


 メルさんはパチパチと拍手していた。


「シアがすごいのはそうなんですけど、メルさんのあれは説得になってなかったでしょ……」


 俺は苦笑いした。

 メルさんはともかく、あそこで引かないシアはさすがだったな。


「私もつっぱねられるかと思ったんですけど、受け取ってもらえてよかったです」


 シアはほっとしているようだった。


「すまないね、ベネットさんも決して悪い人ではないんだが……」


 申し訳なさそうにケイルが言った。


「いえ、街を捨てて逃げようって人がいるのは不思議じゃないですから」


 俺は首を横に振った。

 ここの人たちはこれまで本当に苦労してきたんだ。

 ああいう風に考える人がいるのも当然だ。


「あの人はかなり名の知れた大工でね。モンスターに街を壊されても、あの人が中心になって立て直してたんだよ。私も小さい頃から散々世話になっているんだ」


 ベネットのことを語るケイルは誇らしげだった。相当優秀な人だったんだな。


「だが、度重なるモンスターの襲撃で、あの人は家族をみんな亡くしてしまった。ついにはかわいがっていた孫娘のセレスちゃんまで……」


「そんな……」


 シアが息を飲んだ。


「それで、あの人は折れてしまったんだ。無理もないことだよ。だから、あの人のことはあまり嫌いにならないで欲しいんだ」


「そうでしたか……」


 そんな事情があったのなら、気難しくなるのも仕方ないだろう。

 早く逃げろと主張するのは当たり前だ。


「なんとかしてやりたいな」


 俺は自然と口に出していた。

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