30.位置替えの救世主

 数分後、講堂の前は食料で埋め尽くされていた。


 もちろん俺が位置替えで移動させたものだ。

 物資の不足は予想していたので、ギルドマスターは王国と交渉して食料や衣類、建築用の資材などを大量に用意してくれていた。


 俺は出発前にそれら全てに印をつけておいたのだ。

 あとはこっちの街で適当に印をつけた物と位置替えするだけでいい。

 ガレキや小石が野菜やパンと入れ替わるたび、街の人々から歓声が上がった。


「食料が、こんなにたくさん……」

「奇跡だ……」

「夢でも見てるのか」


 アムリグの人たちは目を丸くして食料の山を見ていた。


「料理の方も俺たちでやりますから、皆さんは講堂で休んでいてください」


「本当に、なんと礼を言ったらいいのか……」


 ケイルは涙ぐんでいた。


「ほら、ケイルさんも中で休んでいてください」


 シアはそんなケイルの背中を押して講堂に戻らせた。


「さて、大仕事だな」


「ですね」


 食材の山を前に俺とシアは苦笑した。運ぶのは楽だけど、料理はこっちでやらないといけない。

 もちろん調理器具だって位置替えで用意しているが、大仕事には変わりない。


「では、お二人とも、ご武運を」


 そう言って去ろうとするメルさんの肩を、俺とシアでガシッとつかむ。

 だが、逃げようとしたはずのメルさんは不敵な笑みを浮かべていた。


「なにか勘違いしているようですが、私にとって料理とは食べるもの。作るものではありません」


「みっともないことを自信満々で言わないでください」


「お手伝いくらいはできるでしょう」


 俺もシアも敵前逃亡を許す気はなかった。

 メルさんはしゅんとしていたが、一応手伝ってくれることになった。


「今さら言うのもなんだけど、シアは料理とかできるのか?」


 俺は師匠といた頃によくやってたから慣れてるけど、シアについてはよくわからなかった。

 今までは宿の料理や簡単な保存食を食べる機会しかなかったから、シアが料理をするところは見たことがない。


「できるに決まってるじゃないですか。グラッドさんこそ、本当に大丈夫なんですか?」


 くいっと眼鏡をあげて、シアが挑発するように言った。

 これはかなり自信があるようだな。

 とはいえ、こう言われたのではこっちも面白くない。


「甘くみるなよ。俺はSランク冒険者に鍛えられた身だぞ」


「ふうん、じゃあ、ひとつ勝負しましょうか」


「いいな。どっちの料理が支持されるか、勝負だ」


「望むところです」


 売り言葉に買い言葉だけど、シアも乗り気なようだ。

 こういう勝負事は好きそうな性格だしな。


「料理勝負ですか……となれば、勝った方は負けた方になんでもひとつ言うことを聞かせられるというのはどうでしょう?」


 メルさんがそんなことを言い出した。


「負けた方に……」


「なんでも……」


 俺もシアもごくりと唾を飲んだ。

 そんな俺たちを見て、メルさんはやれやれと肩をすくめた。


「このルールだとお二人ともご褒美に夢中で料理どころではなくなってしまいますね。グラッドさんがこうなるのは当然としても、エリンシアさんがこうなるのは予想外……でもないですか」


 ニヤッと笑うメルさんの肩に、俺はポンと手を置いた。


「なぜ私の肩に手を?」


「俺のスキルの発動条件は、知ってますよね?」


 低い声でそう言ってやると、メルさんはさーっと青ざめた。


「もちろんこれは冗談です。印はつけてません。でもね、やろうと思えばいつでもできるんですよ。やろうと思えば」


「おっしゃりたいことはよくわかりました……茶々を入れたりしませんので、どうぞお二人のペースでやってください……」


 ガタガタ震えながらメルさんが言った。


「まあ、普通に勝負しようか」


「ですね」


 シアは苦笑しつつこう付け加えた。


「メルさんルールだと、私、負けたくなっちゃいますから」


「……シアは、本当に、積極的だよな……」


 まさかこんなことを言われるとは……。


「慣れてください」


 笑ってはいたが、シアの顔は赤かった。

 というわけで普通に料理勝負となったのだが、


「お腹いっぱい食べられるなんていつ以来かしら」

「おかわりもあるって本当かよ!」

「生きててよかった……」


 講堂に用意した大きなテーブルに作った料理を並べると、アムリグの人たちは涙を流さんばかりに喜んだ。


「勝負とか、どうでもいいな」


「ですね。これだけ喜んでもらえるのなら、どっちの料理がいいかなんて問題じゃないですよ」


 俺が言うとシアもうなずいた。


「働かざる者食うべからず。つまり、お手伝いとして働いた私は食べていい。どっちの料理も美味しいですね」


 メルさんも街の人たちに混じって俺たちの作った料理を食べていた。

 頑張って手伝ってくれたし、ちゃんと街の人たちを優先してるからよしとするか。


「あんたたちも一緒に食べないか?」


 ケイルに言われた。


「ここはお言葉に甘えましょうか」


「だな。でも、どうせなら……」


 シアに同意しつつ、俺は位置替えを使った。


 手の中の木片が酒の瓶と入れ替わる。


 これもギルドマスターが用意してくれたものだ。

 さすがは元Sランク冒険者。配慮が行き届いているな。


 酒の登場に講堂は歓声に包まれた。


「あんたは救世主だ!」


「モンスターを倒して食事を用意してくれて、おまけにこんなものまで……」


 俺は立て続けに位置替えを使って酒を出し、みんなに配った。

 ギルドマスターのコートランドはかなりいいものを用意してくれたらしく、大好評だった。


「むー、なんだかズルくないですか」


 酒を出したことでみんなから称賛される俺を見て、シアは唇をとがらせた。


「勝負を続けてたら俺が勝ってたな」


「ふうん、そういうことを言いますか。それなら、私にも考えがありますよ?」


「……なにかな」


 なんだろう、すごく嫌な予感がする。

 よくわからないけど、俺は墓穴を掘ったんじゃないか?


「グラッドさん、これがメルさんルールだったら、私になにをさせるつもりでしたか?」


「…………」


 こうきたか。

 マズい。詰んだ。


 俺の負けだ。

 この質問には答えられない。


 シアもそれがわかっているのか、ニヤニヤしている。

 悔しいけど、これはもう降参するしかないかと思っていると、鋭い声がした。


「ワシはこんなものいらんぞ!」


 驚いてそちらを見ると、七十くらいの老人と、メルさんがいた。

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