28.初戦と勝利

 メルさんのスナイパーライフルが火を吹いた。


 狙いは目的地であるイースト・エンドの街、アムリグの上空。

 そして、発射された弾丸には俺が位置替えの印をつけてある。


「今です」


 メルさんが言った。


 俺は位置替えでシアと一緒に飛ぶ。

 一瞬にして俺たち二人と街の上まで来ていた空中の銃弾が入れ替わる。


 銃弾は失速していたので、入れ替わった俺たちはそのまま下に落ちていく。


 師匠と一緒だった頃にもこんな具合で空中に移動することはあった。

 だから俺は慣れてるけど、シアは大丈夫だろうか。


 手を繋いでいる彼女を見やる。

 かなりの高さに放り出されたにもかかわらず、シアはとても落ち着いていた。


「流石」


「最強目指して鍛えてましたから」


 俺が褒めるとシアは得意げな顔になった。


「とはいうものの、この高さから落ちたらやっぱり危ないので、グラッドさん、お願いしますね」


「任せてくれ」


 俺は短剣を勢いよく真下に投げた。


 上空に移動したおかげでアムリグの街の様子がよく見える。

 ほぼ真四角の大きな街だ。


 でもあちこちで建物が崩れていて、おまけに火の手も上がっている。

 そして、やはり街はモンスターに襲われていた。


 敵はリザードマン。人型のトカゲのようなモンスターだ。

 それにしてもすごい数だな。


 上から見ると緑色の巨大な生き物がうごめいているように見える。

 こんなのに襲われたんじゃ街なんてひとたまりもない。


 すぐになんとかしないと。


「シア、位置替えと同時に地上での戦闘になる! 頼んだぞ!」


「任せてください!」


 シアからは気合の入った返事が来た。


 投げ下ろした短剣がリザードマンの一体に当たった。

 よし、位置替えだ。


 短剣と上空の俺たち二人の位置が入れ替わる。

 俺とシアはリザードマンを踏みつける形で地上に移動した。


 踏みつけたリザードマンには印をつけ、上空の短剣と入れ替える。

 短剣が手元に戻ってきた。


「な、なんだ、あんたたちは!」


 槍を手にリザードマンと応戦していた男性が目を丸くした。

 歳は四十くらいか。

 太り気味だけど琢磨しい体つきをしている。この街の人だな。


「俺たちはギルドから派遣された冒険者です」


「とりあえず、こいつらを倒しますね! リリースッ!」


 シアの杖から、ストックされていたウィンドカッターの魔法が発射される。

 風の刃は男性が戦っていたリザードマンの首を切り飛ばした。


「無詠唱の魔法か! でも、それでなんでこんな威力が……」


 槍を持った街の人はシアのスキルに目を瞠っている。


 その時、建物の影から新手のリザードマンが飛び出してきた。

 白い爪でシアを切り裂こうとする敵を、俺は素早く蹴り飛ばした。


「ありがとうございます。あと、勝ちましたね」


「どういたしまして。あと、その通りだよ」


 俺はシアに答えつつ、ひょいと小石を投げた。

 そして、小石めがけて短剣を突き出す。


 小石に当たる寸前に位置替え。


 蹴り飛ばした時に印をつけてやったリザードマンが、投げた小石と入れ替わる。

 突如として短剣の前に出現したリザードマンを、俺は容赦無く貫いた。


「えっ、な、なんでリザードマンがそこに……」


 街の人は突然俺のそばにリザードマンが現れて、短剣で貫かれる様に戸惑っていた。


「俺はグラッド。こっちは仲間のエリンシアです」


 落ち着いてもらう意味も込めて俺は自己紹介した。


「私は、ケイルだ。一応この街の代表だよ」


 彼はそう名乗った。


 リザードマンと必死で戦っていたのだろう。

 丈夫そうな服は血で汚れている。

 見たところ、怪我はないようだ。


「町長さんでしたか」


「一応はそうなるか。街といっても単に人が集まっているだけという状態だが」


 そして、重いため息をついてケイルが言う。


「ここはもうダメだ。悪いことは言わない、あんたたちも逃げた方がいい。ただ、できることなら、講堂に避難させた子供たちを何人か逃がしてやってくれないか?」


 ケイルはすがるような目で俺たちを見ていた。


「いえ、私たちで全員助けます」


「何いってるんだ! たった二人でこの大群をどうかできるわけないだろう!」


「大丈夫ですよ。俺たちに任せてください」


 俺がそう言った直後、後ろから悲鳴が聞こえた。

 振り向くと、男性が三人、こっちに向かって逃げてきていた。

 彼らは十体のリザードマンに追われていた。


「シア、半分頼む!」


「了解です!」


 シアはリリースで雷撃の魔法を二発同時に撃ち、見事五体のリザードマンを仕留めてくれた。


 俺はその間に近くの倒壊した民家に近づき、印をつけた。

 驚いて動きを止めた残りのリザードマンたちの上目掛けて、短剣を投げる。


 位置替え。


 崩れ落ちた民家と空中の短剣が入れ替わり、下にいたリザードマンたちを押しつぶした。


「た、助かったのか……」


「嘘だろう、あいつらを一瞬で……」


 逃げていた人たちはまだ助かったのが信じられない様子だった。


「あ、あんたたち、何者なんだ……」


 ケイルは呆然としながら言った。


「いずれ最強になる予定の冒険者パーティです」


「私たちが来たからにはもう安心ですよ」


 俺とシアは笑ってそう答えた。




 その後、俺はケイルと助けた三人の住人に二つのことを頼んだ。

 一つは街の人々を講堂に避難させること。

 その講堂はシアに守ってもらうことにしてある。


 もう一つは俺が印をつけておいた小石を街中にばら撒いてもらうこと。


 そしていま、俺はアムリグの街を位置替えで飛び回りながらリザードマンを狩っていた。


 ケイルたちがばら撒いてくれた小石と位置替えして、大通りにいたリザードマンの背後にまわり、殴りつける。

 俺目掛けて二体のリザードマンが飛びかかってくるが、奴らの攻撃が当たる寸前に位置替えを使う。


 俺の代わりに、さっき殴り飛ばした時に印をつけたリザードマンが仲間の爪と牙の餌食になる。

 同士討ちさせられて驚いている二体のリザードマンの喉を、素早くかき切る。


 これで二十七体か。

 住人の避難は順調に進んでいるようだけど、敵はあと何体いるんだ?


 と思っていると、通りに面した建物の上にまた四体のリザードマンが現れた。

 奴らは俺に向かって唸っている。


 それが命取りになった。

 動きを止めたリザードマンたちは、彼女にとっていい的だった。


 44マグナムの重い銃声が四度響いた。

 リザードマンたちは倒れて地面に転げ落ちた。


「お待たせしました。パーティには間に合ったようですね」


 テンガロンハットを被ったメルさんが姿を現した。


「シアが避難した人たちを守ってくれてます。俺たちで敵を狩りましょう」


 俺はメルさんにそう言ったのだが、彼女はちょっと不満げだった。


「あの、私のニヒルなセリフに対するコメントは?」


「いまいちです」


 俺はキッパリと言った。


「……この屈辱はトカゲどもにぶつけてやりましょう」


「そうしてください」


 俺たちのやりとりの間に、銃声を聞きつけたリザードマンが集まってきていた。

 通りを埋め尽くさんばかりだ。

 奴らも俺に狙いをつけて、全員で潰しに来たようだ。


「向こうから来てくれるとは好都合ですね」


「一発で終わりにしてやりましょう。メルさん、お願いします」


「オッケーです。3、2、1、ファイア」


 群がるリザードマンを狙って、メルさんが44マグナムを撃つ。

 俺はそれに合わせて位置替えを使った。


 印をつけておいたなかで最も大きなガレキと、発射された銃弾が入れ替わる。

 音よりも速く飛ぶ巨大なガレキは、リザードマンの群れをまとめて粉砕した。


「……えっぐい威力ですね……」


 撃ったメルさん本人も驚いていた。


「こういうときこそニヒルなセリフを言ったらいいんじゃないですか?」


「ぐぬぬ……私としたことが、「位置替えガン」のあまりの威力に素でびっくりしてしまいました……」


 無表情だがメルさんは悔しげに見えた。


「……位置替えガンと言うのは……」


「私たちのコンボの名前です。イケてるでしょう?」


「いまいちです」


 俺はキッパリと言った。


「ぐぬぬ……」


「さてと、リザードマンは倒しましたし、シアと合流しましょう。技名もシアに考えてもらうといいかと」


 位置替えガンと極光閃なら後者の方がセンスがあるだろう。

 多分だけど。


「いいでしょう。彼女のセンス、見せてもらいましょう。なにはともあれ、初戦は我々の勝利です。お疲れ様でした」


 メルさんは微かに笑っているように見えた。


「ええ。お疲れ様です」



 こうして、俺たちはリザードマンの大群を蹴散らし、アムリグの街を守る戦いに勝ったのだった。

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