21.もう戻る気はない

 これでもうデュラハンは盾を使えない。

 こちらが有利になったはずだ。


 だが、俺はどうにも嫌な予感がしていた。


「盾を奪えたのにリードしてる気がしないのはどうしてでしょうね……」


 シアが苦笑しながら言った。その表情は硬い。

 彼女も俺と同じことを考えていたようだ。


「同感だよ。とにかく油断せずに——」


「はははは! いいぞ、いいぞグラッド!」


 シアに言おうとした時、ハムスが突然笑い出した。


 右肩からの出血は止まっている。

 ハムスは左手に剣を持って立ち上がった。


「よく戻ってきたな、荷物持ち! 俺が指揮をとってやろう! 本当なら頭を下げて「もう一度仲間に入れてください」と言わない限りは許してやらないが、今は非常事態だ! 特別に仲間として認めてやってもいい! さあ、俺の命令に従ってそいつと戦え!」


 右腕をなくしたのを忘れているのか、ハムスは右肩を前に出すような奇妙な仕草でデュラハンを示した。


「ハムス、腕をなくしたのは気の毒だと思うが、もうお前のところに戻る気はない。俺は最高の仲間をみつけたんだ」


 俺はゆっくりとかぶりを振った。


 今の俺にはシアがいるんだ。

 彼女と一緒に最強の冒険者を目指すと決めた。


 今更ハムスのところに戻るつもりはない。

 俺の答えを聞いたハムスはポカンとした顔になったかと思うと、シアの方を向いた。


「こいつは、あの時追放されてた眼鏡女か? お前、こんな残りカスと組んだのか」


 鼻で笑ってハムスが言った。


「グラッド、どんな手でたらし込まれたのか知らないが、お前はまあまあ使える荷物持ちだ。こんなカスは放っておいて、俺の元でちゃんとした冒険者をやればいいだろう」


 ハムスがシアが侮辱するのを聞いた時、俺は今までに感じたことがないほどの怒りを覚えた。

 衝動に突き動かされるままハムスを殴ろうとしたが、俺よりも先に動いたやつがいた。


 デュラハンだった。

 盾をなくしたことでより速さを増した首のない騎士は、ハムスに向かって風のようにかけた。


「へ?」


 そして、呆けた声を出したハムスを、蹴り飛ばした。

 重く湿った、嫌な音がした。


 蹴り飛ばされたハムスは壁に叩きつけられて跳ね返り、床に身を投げ出した。

 生きてはいるようだが、体のあちこちがめちゃくちゃに曲がってしまっている。


 あれはもう再起不能だろう。


「手間が省けましたね、グラッドさん?」


 にやっと笑ってシアが言った。


「それはそうなんだが……」


 俺は唸った。


 確かにシアのいう通りで、デュラハンが動かなければ俺がハムスをああしていた。

 でも、こんなふうに言われるとちょっと複雑だ。


「そんな顔しないでくださいよ。手間が省けたのは私も同じなんですから」


 顔をしかめる俺を見てシアが苦笑する。


「あいつがグラッドさんに仲間として認めてやってもいいって言った時、私、本当に頭にきました。自分がこんなに怒れるのかって驚くくらいに」


 シアが床に転がるハムスを見やる。

 その目には本物の怒りがあった。


「なんだ、シアもだったか」


 互いに同じようなことを考えていたと知って、俺は笑った。


「はい、私もなんですよ」


 シアもにこやかに笑っていた。


「さて、俺たちはあのデュラハンに借りができたわけだけど」


「それはそれ、これはこれです。倒さないわけにはいきません」


 二人でデュラハンと向き直る。

 デュラハンは、ゆっくりと長剣を両手で構えた。


 なんとなくだけど、あいつは俺たちとの戦いを楽しんでいるように思えた。

 ハムスはあいつにとっても邪魔だったんだろう。


「……シア、俺が仕留める」


「必殺技ですね。わかりました。援護します!」


 シアがうなずいてくれたのを見て、俺は動いた。

 右手に位置替えの力を収束させつつ、デュラハンから距離を取る。


 この技のいいところは敵の注意を引けるところだ。

 バチバチと音を立てながら右手が光るのだからどんな相手でも俺が何か仕掛けようとしているのはわかる。


 食らえばまずいとわかってしまうので、敵は俺に注意を払わざるを得ない。

 つまり、技を使う前に潰そうとしてくる。


 デュラハンも俺を無視してシアを攻撃することはなかった。両手に持った長剣で俺に斬りかかってくる。

 さっきよりも速い。


 俺は左手をポケットに突っ込み、小石を掴んだ。

 いくつかの石ころをサッと床にばら撒く。


 それを見て、デュラハンは急停止した。

 だが、今回は位置替えを使わない。


 小石はフェイントだ。


 位置替えを使うと思わせてやつの動きを止めるための。

 そしてシアは完璧に反応してくれた。


「オーバードライブ!」


 ストック・リリースのスキルで、杖に貯めておいた三発のファイアボールが一気に発射される。


 シア曰く、同時にリリースすることで通常の魔法の三倍ではなく、三乗の威力になるということだが……本当だろうか?

 流石にそこまでの威力にはなっていないような気がするんだが。


 ともかく、三発同時発射された火球は動きの止まったデュラハンに見事命中した。


 やっぱり三乗にはなってないと思うが、それでも十分すぎる威力だ。

 デュラハンは大きく体勢を崩した。


 あとは、俺の仕事だ。


 今度こそ位置替えを使う。

 デュラハンの後ろに転がっていた小石と自分の位置を入れ替える。


「極光閃!」


 位置替えの力の源を収束した右手で、後ろからデュラハンを突く。

 バチバチと音を立てながら強い光を放つ俺の右手が、デュラハンの全身鎧を完全に貫いた。


 鎧の内側にあった「何か」を砕いた感触があった。

 デュラハンの核のようなものだろう。


 右腕を引き抜く。

 胸に大穴を開けられたデュラハンは、剣を取り落とし、どうと倒れた。


 俺たちは、勝利した。

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