20.二度目の遭遇

「グラッドさん、おはようございます」


「おはよう、シア」


 挨拶を交わし、俺とシアは宿の酒場で朝食をとった。


「お互い調子はいいみたいですね」


「ああ。正直なところ、負ける気がしない」


 俺がそういうとシアはクスッと笑った。


「私もです。相手が手強いのはちゃんとわかっているんですけどね。でも、負けるとは思えません」


「それじゃ、行こうか」


 宿のお婆さんに宴会の準備をお願いして、俺たちはギルドに向かった。

 カウンターまで行って、あの無表情な受付係さんにデュラハン討伐に向かうことを告げる。


「かしこまりました。ご武運を」


 いつも通りの感情のこもらない声で彼女が言った。


 報告は済んだ。

 俺たちはギルドを出て、ダンジョンの入り口に行った。




 いよいよだな。

 俺もシアも自然と口が数が少なくなっていく。


 この辺りはいつもなら他の冒険者を見かけるのだが、ギルドの方でダンジョンを立ち入り禁止にしてくれているおかげで、人と会うことはなかった。


 しかし、


「グラッドさん、これ……」


「立て札が壊されてるな……いったい誰が……」


 シアも俺も足を止めた。


 ダンジョンの入り口の前には、俺たちの仕事のためにギルドが設置した立ち入り禁止を示す立て札がある。

 だが、それは壊されていた。


 普通冒険者はギルドに逆らったりしない。

 立ち入り禁止と言われれば大人しく従うものだ。


 しかし、目の前にある立て札はへし折られている。


 かなり荒っぽく壊されてるな。

 おまけに足跡がダンジョンの中に続いている。


「この足跡、新しいですね」


 しゃがんで地面を見ながらシアが言った。

 大きさからいって、男のものだろう。


「一人で入ったみたいだな。ギルドの命令を無視するなんて正気とは思えない」


 俺はかぶりをふった。

 周囲を確認したが他の足跡はない。

 立て札を壊したのもこの人物と見て間違い無いだろう。


「グラッドさん、どうします?」


「このまま進んだほうがいいだろう。もしダンジョンの中でこの人物と出くわしたら、外に出るように忠告しよう」


 少し悩んだが、俺はそう答えた。

 ギルドに戻って報告する手もあるが、その間も足跡の人物はダンジョンを進んでしまう。


 デュラハンと出くわしたら危険だ。

 シアもうなずいてくれた。


「ですね。では、このまま行きましょう」


 二人でダンジョン、サンギュイン・クリプトの中に入った。

 デュラハン戦に備えて体力は温存したいので極力戦闘は避けるつもりだったが、幸いなことにモンスターとは遭遇しなかった。


「先に入ったやつがモンスターを倒しているみたいだな」


 俺は周囲を見ながら言った。

 ダンジョンの壁や床には戦闘の跡がある。


 ダンジョンではこういった傷の類は時間が経つと消えてしまう。

 それがこうして残っているのだから、戦闘があったのはついさっきだろう。


「私たちは助かりますけど、この人の狙いってやっぱりデュラハンですよね」


 シアは考え込むようにして言った。


「そうだと思う。デュラハンのことを完全に秘密にしておくのは無理だろうしな……」


 俺はどうにも嫌な予感がしていた。


 デュラハンを狙っているのは間違いないだろうけど、この人物はかなり荒っぽい戦い方をしている。

 体力の温存なんてまるで考えていないとしか思えなかった。


 警戒しつつダンジョンを進み、階段を二つばかり降りた。

 そろそろデュラハンが出てもおかしくない。


 シアに目で合図する。

 彼女も短い杖を持ち直して、いつでも戦えるように身構えた。


 幅の広い石造りの通路をさらに進む。

 その時、奥の方から金属が打ち合う音と叫び声が聞こえた。


「グラッドさん!」


「ああ、行くぞ!」


 シアと二人で声の方に走った。

 通路を抜けるとそこは天井の高い大広間だった。


 大広間にはあのデュラハンがいた。


 黒い全身鎧を着た首のない騎士。

 左手には大きな盾を、右手には銀色に光る長剣を持っている。


 デュラハンの長剣からは、真っ赤な血が滴っていた。

 そして、部屋にはハムスもいた。


 床にうずくまり、左手で右の肩口を押さえている。

 ハムスの右腕は、手に剣を握ったまま床に転がっていた。


 ダンジョンに入ったのはハムスだったのか。


「腕が、俺の腕がああああ!」


 右腕を斬り落とされたハムスは泣き喚いていた。


 デュラハンは少し離れたところでただじっと立っているだけだ。

 勝敗は決した、と言っているようだった。


 デュラハンが俺たちの方を向いた。

 首のない騎士は、俺たちを次の標的と認識したようだ。


 泣き喚いてはいるがハムスはちゃんと傷の手当てをしている。

 あれなら放っておいても死にはしないな。


 それにハムスには構っていられそうもない。

 俺もシアも武器を構えた。


「やるぞ、シア!」


「やりましょう、グラッドさん!」 


 デュラハンもまた、剣を構えた。

 そして、襲いかかってきた。


 全身鎧を着ているにも関わらず森で戦ったグレイハウンドよりもはるかに速い。

 狙いは、俺か。


 早速位置替えを使うことにした。

 ポケットの中に入れておいた小石を左手で掴む。


 それをサッと上に投げて自分と位置を入れ替える。


 俺が空中に瞬間移動すると、向かってきていたデュラハンは生き物とは思えないような動きで急停止した。

 そして、上にいる俺に剣の切先を向ける。


 落ちてくるところを突くつもりか。

 前に出くわした時にも思ったが、とんでもない素早さだ。


「悪いが、敵は俺だけじゃないぞ」


 さっき俺が位置替えに使った小石はデュラハンの足元に転がっている。

 そう、奴のすぐ近くに。


「リリース!」 


 シアがスキルを発動する。

 小石にストックしておいたファイアボールの魔法が解放される。


 発射された火の玉がデュラハンの背中に命中した。

 デュラハンがシアの方を向く。


「私たち二人が相手です。覚悟してもらいましょうか!」


 シアがデュラハンに杖を向ける。

 デュラハンも剣の切先をシアに向けた。


「こっちも忘れないでくれよ!」


 俺は右手の短剣を空中からデュラハンに投げた。


 位置替え。

 投げた短剣と自分の位置を入れ替える。


 短剣と入れ替わった俺は一瞬のうちにデュラハンのすぐ近くまで移動した。


 蹴りを打つ。

 デュラハンは盾で俺の蹴りを受けながら後ろに下がった。


 上から落ちてくる短剣を掴みつつ、俺も後ろに下がった。


「やりましたね、グラッドさん」


 シアが言った。


「ああ。「印」は付けたやったぞ」


 俺はニヤリと笑った。


 位置替え。


 さっきシアがリリースに使った小石と、蹴った時に「印」をつけたデュラハンの盾を入れ替える。

 金属製の重い盾が小石と入れ替わって床に転がった。


 盾をもぎ取られたデュラハンは、左手の中に現れた小石をゆっくりと握りつぶした。

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