19.名前はまだない
師匠は俺に自分が編み出した技を教えてくれた。
その技は魔力を右手に収束して敵を突くというものなのだが、消費する魔力の量が膨大なため、師匠ですら二回も撃てば他の魔法が使えなくなってしまう。
おまけに魔力の収束にはどうしても時間がかかってしまうので、その間隙だらけになってしまい、とてもじゃないが実戦では使えない失敗作だった。
でも、俺にとってはそうじゃなかった。
俺は魔力は少ないが、位置替えのための力なら使いきれないくらいある。
力を収束するときの隙も、俺には問題にならなかった。
さて、やるか。
自分の中の位置替えの力、それを右手に収束する。
力が集まってくるにつれて、手が熱くなってきた。
それと共に、右手から漏れ出る力がバチバチと音を立て始める。
「これは力を集めるのに時間がかかるから、本来であれば位置替えで逃げ回って時間を稼ぐんだけど、今回はその辺りは省略するよ」
「なるほど、グラッドさんのスキルなら時間稼ぎは簡単ですよね……って、あの、「それ」を相手にぶつける技なんですか……?」
シアはほおをひきつらせ、少し後ずさりしながら言った。
その目は俺の右手を凝視している。
目が離せなくなっているようだ。
俺の右手が発するバチバチという音はどんどん大きくなっている。
もう耳に痛いほどだ。
収束は完了した。
俺はシアに言った。
「「これ」で相手を突く。ただそれだけの技だよ!」
収束された位置替えの力で白く光る右手を突き出した。
俺の右手が大木を捉える。
轟音。
小枝でもへし折ったかのように、太い木が一気に折れて倒れた。
その衝撃で地面が少し揺れた。
「こんな大木がこんな風に折れるなんて……」
シアは呆然としていた。
「と、まあこんな具合だよ。位置替えの力の源を右手に収束して突く。ただそれだけだから、技と呼んでいいものか……」
「すごいじゃないですか! 私が思っていたよりもずっとすごい!」
シアはめちゃくちゃ興奮していた。
「名前! 名前はなんていうんですか! このすっごい技の名前は!」
「名前か……名前は、まだないんだよ……」
俺はシアの勢いにたじろぎながら言った。
嘘だった。
俺も師匠も、この技のことは「アレ」と呼んでいたのだ。
元は師匠の技だけど、失敗作だったから名前はつけていなかったし、俺も名前にはこだわらなかった。
だから師匠は「グラッド、「アレ」をやれ!」とか言ってたし、俺も俺で「師匠、「アレ」で仕留めます!」なんて言っていたんだが、このシアに本当のことを言うのはやめたほうがいいだろう。
「名前が、ない……じゃ、じゃあ、もしよかったら、私が名前をつけてもいいですか?」
熱のこもった目でシアが聞いてきた。
「別に構わないけど」
俺がそう答えるとシアはとても喜んだ。
「ありがとうございます! では、グラッドさんの必殺技の名前は……」
そこで言葉を切って、シアはためを作った。
楽しそうだった。
「極光閃です! 収束されたグラッドさんの力が放つ白い光と、さながら閃光のように相手を打ち抜く鋭い一撃の部分から命名しました! ……どうでしょうか?」
「いいんじゃないかな」
恐る恐る聞いてきたシアに俺はそう言った。
少なくとも、「アレ」などという呼び名よりはよっぽどいいだろう。
もっとも、この点についてはシアには言えないが。
「ですよねですよね! どうせなら発動前に口上とかもつけちゃいましょうか!」
「いや、そこまでは……そんなことしなくても撃てるし……」
「そんなー」
シアはがっくりきているようだが、口上までやるのは流石にな……いや、位置替えで逃げ回りながら収束して撃つんだからできそうではあるんだけど……。
「わかりました。では、ひとまず口上については無しにしましょう。でも、私は諦めてはいませんよ。この「極光閃」にふさわしい、グラッドさんも口にせずにはいられないような、すごい口上を考え出してみせます!」
ぐっと拳を握ってシアが言った。
まあ、彼女が楽しそうにしてるなら、それでいいか。
「出来上がったら教えてくれ」
「もちろん! さて、連携の確認もグラッドさんの必殺技の命名も済みましたし、今日のところはここまでにしましょうか」
「そろそろ日も沈むからな。街に戻って買い物を済ませておこう。明日は一日体を休めて、明後日はデュラハン戦だ」
「グラッドさん、私たち、勝てますよね?」
シアは少し不安そうだった。
デュラハンは紛れもない強敵だ。こうなるのも無理はないか。
俺はシアに言った。
「勝てるさ。なにせ俺たちはいずれ最強になる冒険者パーティだからな。頼りにしてるよ、シア」
「そうですね。私たち、最強になるんですものね。わかりました! 勝ちましょう! デュラハンを倒して、ギルドマスターからも一目置かれるようになって、そして二人で宴会です!」
シアは元気よくいった。この様子ならもう大丈夫だな。
「宿のお婆さんには準備しておいてもらわないとな」
「デュラハン討伐の報酬が吹っ飛ぶくらい派手にやってもらいましょう!」
「それはやりすぎだ」
俺もシアも笑った。
そして、二人で街に戻って、戦いのための準備を整えた。
次の日はゆっくりと体を休めた。
そして、俺たちは決戦の日を迎えた。
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