17.その後のハムスたち 2
前回はダンジョン攻略はなぜか上手くいかなかったので、今回ハムスは入念に準備を整えてきた。
だというのに……
「ああああ! 痛え! 痛えええ!」
ガブリルが喚いている。
この大男、宝箱に擬態したモンスター、ミミックに引っかかって腕を噛まれたのだ。
こうなっては重装武器適正もなにもあったものじゃない。
大剣を振るしか能がないバカが大剣を振れなくなったらただのバカじゃないか。
ハムスは心の中で吐き捨てた。
そういえばこいつは前にもミミックに引っかかったことがあったな。
だが、あの時は大事にはならなかった。
そうだ、あの時はグラッドのやつがあの「位置替え」を使ったんだ。
あいつはあのスキルでもってガブリルを移動させてミミックから逃したんだ。
同意なしで強制的に移動させられたガブリルは怒り狂っていた。
「次に俺にそのろくでもないスキルを使いやがったら殺す!」とまで言っていたものだ。
その後ハムスはグラッドに「何があろうと絶対に俺たちに対して位置替えを使うな」と命じたのだった。
大体、あんなことをしなくてもガブリルはミミックくらいどうにかできたはずだ。
本人も強くそう言っていた。
だが、今はこのざまだ。
あいつが、正しかったっていうのか。
そう思った時、ハムスは言いようのないほどの苛立ちを覚えた。
ガブリルを怒鳴りつける。
「わめくんじゃない! とっとと剣を構えろ!」
そうだ。戦わなければならないんだ。
俺たちの前にはミミックがいるんだから。
フタの開いた宝箱には歯がぎっしりと生えている。
その奥にぎょろりとした赤い目があった。
不気味だった。
魔法使いのマグラナは腰が引けていた。
「どうするんだい、ハムス!」
半ば叫ぶようにマグラナが言った。
「俺が補助してやる! お前は距離をとって魔法で攻撃しろ! 絶対に外すなよ! ガブリル! ミミックを俺たちに近づけるな!」
ハムスは命令を出したが、二人は従わない。
「逃げた方がいいんじゃないかい……」
「腕が痛くて戦えねえよ!」
マグラナに続いてガブリルが言う。
こいつら……!
ハムスはイライラした。
くそっ。この連中、いつからこんな役立たずになったんだ!
仕方なく、ハムスは方針を変える。
新しく入れた荷物持ちのオヤジに命令を出す。
「おい、荷物持ち、なんとかしろ!」
「……仰せのままに」
チビの荷物持ちオヤジはむっつりとそう言うと、腰のポーチから傷薬を出してガブリルに投げた。
「あんたはそれを塗って休んどれ。魔法使いの姉さん、当たらなくてもいいから、とにかくあいつに一発撃っとくれ」
チビオヤジが指示を出すと二人は素直に従った。
「悪いな……」
「一発撃つだけなら……」
ガブリルは受け取った薬を使い、マグラナは得意の火属性魔法を撃つ。
マグラナの魔法は当たらなかったが、ミミックはぴょんと跳ねて後ろに下がった。
「よおし、よくやった! あとはこの俺が——」
ハムスは大いに喜んだ。
パーティの態勢は立て直せた。
そう思った。
だが、
「下がれ!」
チビオヤジが叫ぶのが聞こえた。
その直後、何か太い物が自分の体に叩きつけられた。
気がついたらハムスはダンジョンの壁まで吹っ飛ばされていた。
「一体、何が……」
どうにかこうにか頭を上げると、ミミックの口からとんでもなく長い舌が飛び出しているのが見えた。
そうか。俺はあれで薙ぎ払われたのか。
ぼんやりとそう思いながら、ハムスは意識を失った。
目が覚めた時にはダンジョンの入り口だった。
もうミミックはいない。
ハムスが気絶している間に、ガブリルとマグラナは荷物持ちの指示に従って戦い、あのミミックを倒したのだという。
「……誰がパーティの指揮をとれと言った! リーダーはこの俺だぞ!」
ハムスは凄んだが、ガブリルもマグラナも戸惑うような反応を見せた。
「いや、お前は気絶してたから……」
「あたしたち二人でこの人に指揮を頼んだんだよ」
ガブリルとマグラナは荷物持ちのチビオヤジを示した。
「さっきのは非常事態だ。リーダーはあくまでもあんたさ」
チビオヤジはそっけなく言った。
「さっきは助かったよ」
「ありがとな、オッサン」
マグラナに続いてガブリルがチビオヤジに礼を言っていた。
「気にしなさんな。仲間だろう」
チビオヤジが言う。
「仲間か……」
「そういえば、あいつも……」
ガブリルとマグラナが何かを思い出したようにつぶやく。
「あたしたち、本当はグラッドに助けられてたのかね」
「ミミックだって、前に引っかかった時はあいつがなんとかしてくれたからな……」
後悔した様子で二人が言うのを見て、ハムスは激昂した。
「ふざけるな! これは俺のパーティだ! あんな奴は居なくていいんだよ!」
「ハムス、さっきの戦いでわかったんだけど、あたしたちはまだまだみたいだ」
「心を入れ替えて、一からやり直そうぜ」
マグラナとガブリルはハムスが見たこともないような表情を浮かべている。
「そうか、お前たちの気持ちはよくわかった」
ハムスは笑顔で言った。
そしてこう付け加えた。
「追放だ! お前たちみたいな役立たずに用はない! とっととうせろ!」
役立たず二人は呆然としている。
いい気分だった。
二人の役立たずとチビオヤジを追放してハムスはすっきりしていた。
溜まっていたゴミをまとめて捨てたような気分だ。
いいじゃないか。
今ならなんだってできそうだ。
自然と笑みがこぼれた。
ハムスは街に帰る途中で、こんな噂を耳にした。
デュラハンがまだダンジョンをうろついているらしい。
あのデュラハンか。
悪くない、とハムスは思う。
この俺の、新しい門出にふさわしい獲物だ。
そうだ。
デュラハンを狩ってやろう。
あのバカどもに俺の力を見せてやるんだ。
この俺の偉大さを思い知った奴らは、もう一度パーティに入れてくれと泣いて懇願することだろう。
ガブリルとマグラナはまあ、地面に頭を擦り付けて俺への非礼を詫びたら、使ってやってもいい。
「グラッドのやつはダメだがな……」
ハムスは笑いながら呟いた。
あいつには、もう遅いと言ってやろう。
そうだ。
それがいい。
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