13.伝説の「子」

 農場での仕事を終わらせた俺たちは街まで戻り、ギルドに依頼の達成を報告した。


「お疲れ様でした。こちらが今回の報酬となります」


 表情の変化に乏しい小柄な受付係の女性から報酬を受け取る。

 用事も済んだので帰ろうとしたのだが、受付係に声をかけられた。


「非常に手際良く仕事を終わらせたそうですね」


 彼女は農場の主人が書いてくれた報告書に目を落とした。


「ええ、まあ。俺のスキルと相性のいい依頼だったので……」


 俺は一応頷いた。こんな風に話しかけられるのは初めてだった。

 受付係は感情のうかがえない目でじっと俺たちを見ていた。


「……もしよろしければ、明日また来ていただけませんか」

 受付係はそう言った。




「これって、ギルドからの依頼だよな」


「みたいですね……」


 俺たちは宿屋に戻っていた。

 拠点にしているのは二人で悪口大会をしたあの酒場がある宿屋だ。


 追加報酬としてもらったワインを宿屋の主人のおばあさんにおすそわけすると、とても喜んでくれた。

 今は宿屋の一階の酒場でギルドでのことを話し合っているところだ。


「まれにそういうこともあるのは知ってましたが、実際に話が回ってきたの初めてです」


 シアが言った。


「俺もだよ。何を頼まれるんだろうな」


 俺もうなずきながら言った。


 冒険者ギルドは依頼人と冒険者の仲介をする組織だが、まれにギルドそのものから依頼が来ることがある。


 ギルドからの依頼は重要度が高いものが多い。同時に難易度も高いと言われている。


「なんだかドキドキします。でも、無事に依頼を達成できれば私たちの評価もぐっと上がるはずです。ここは勇気を出して行ってみましょう!」


 気合十分なシアが言う。


「ああ。師匠の手伝いをしていた頃はギルドからの依頼を受けたことも何度かあったけど、ちゃんとした冒険者になってからは初めてだからな。これは大きなチャンスだ。だから——」


「あの、ちょっと待ってもらえませんか」


 不意にシアがいった。


「どうかしたか?」


「グラッドさん、ギルドからの依頼を受けたことがあるんですか?」


「師匠の手伝いをしてた頃の話だから、俺が依頼を受けたわけじゃないけど、やったこと自体はあるな。ただ、あくまで俺は師匠の手伝いだったから……」


 身を乗り出して聞いてくるシアに俺は若干たじろいだ。


 師匠と一緒にいた頃はそういう依頼も時々あったのだ。

 確かにギルドからの依頼は他の依頼に比べて困難なものが多かった。


「ギルドからの依頼を受ける師匠さん……師匠と弟子……グラッドさん、つかぬことを聞きますが」


 じーっと俺をみながらシアが言う。


「な、何かな」


「グラッドさんの師匠さんというのは、もしかしてレイモンド・ロングマンですか?」


「そうだよ。俺は小さい頃にあの人に拾われて、十年くらい一緒にいたんだ」


「レイモンド・ロングマンが、グラッドさんの、師匠……」


 シアはゆっくりと師匠の名前を繰り返していた。

 そして、パッと目を輝かせた。


「あのレイモンド・ロングマンが師匠だったんですか! じゃあ、グラッドさんは『孤高の子連れSランク冒険者』の弟子ってことじゃないですか!」


「そ、そうだな。俺から見れば、あの人は師匠だから、あの人から見れば俺は弟子ってことになるよ……」


 シアは何を言っているんだろう、と少しばかり思ったが俺は一応うなずいた。


「レイモンド・ロングマンといえば世界で五本の指に入ると言われる最高の冒険者の一人じゃないですか! Sランク冒険者の中では唯一ソロで活動している超凄腕の人物! 誰とも群れない孤高の冒険者! でも何故か子連れという謎に包まれた人物!」


 シアは眼鏡の奥の瞳をキラキラさせている。


「く、詳しいな……」


 俺は完全に圧倒されていた。


「これくらいは常識です」


 くいっと眼鏡を押し上げてシアが言う。


「そうだろうか」


「そうです! ……ちょ、ちょっと待ってくださいよ……じゃあ、レイモンド・ロングマンが連れてた子供って……」


「俺のことだな」


 苦笑いしながら言った。


 元々師匠には『孤高の冒険者』というあだ名がついていたそうだが、俺を連れて歩くようになってものだから、『孤高の子連れ冒険者』と呼ばれるようになったのだった。


 あの人はよく、元のあだ名の方がかっこよかったのにって愚痴ってたな。


「グラッドさんが、あの伝説の孤高の子連れ冒険者の、「子」だったなんて……」


 シアは口に手を当てて息を呑んでいた。


「言いたいことはわかるんだけど、妙な表現だな……」


 子連れ冒険者の「子」か。

 確かにそうなるんだが、できればやめてほしい呼び方だと思った。


「す、すみません、私、つい興奮しちゃって……」


「いいよいいよ。シアも最強の冒険者を目指してたんだし、こういう話に興味が湧くのはわかるから」


「ありがとうございます。……そっか、そうだったんですね……グラッドさんはレイモンド・ロングマンの弟子……」


「師匠と別れてからは連絡も全くとってないからあの人が今どこでなにしているのかは全然知らないけどな」


 俺はシアに言った。


 二年ほど前に、「そろそろお前も独り立ちすべきだな」と言ったかと思うと、師匠はぱぱっと俺の冒険者登録を済ませて、「立派な冒険者になって俺に会いに来い」と言い残し、去っていったのだ。


「グラッドさんにとってはレイモンド・ロングマンに会いに行くのが最終試験なわけですか」


「そんなところだな。立派な冒険者になるっていうのが俺にはよくわからなかったけど、シアのおかげで最強の冒険者になればいいってわかったからね。あとはそれを目指して突き進むだけだ」


「となると、今回のギルドからの依頼は見逃せないチャンスですね」

 ニヤリと笑ってシアが言う。


「ああ。俺たち二人で、名をあげてやろう」


「はい!」 


 ギルドからの依頼を受けることにした俺たちは早めに休むことにした。

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