12.その後のランフォード

「チクショウ、チクショウ……」


 ランフォードは泡立つジョッキを一気にあおった。


 不味い。なんて味だ。


 店一番の安酒とはいえ、とても人間の飲み物とは思えない。

 ただ、強い酒ではある。


 今のランフォードはとにかく酔いたい気分だった。


「ウルサめ、何が病気の父親の薬代だ。バカにしやがって……」


 苦々しくつぶやき、歯噛みする。


 ランフォードはパーティメンバーのウルサに何度も金を渡していた。

 彼女は故郷に病気の父親がいて、高価な薬が必要なのだと言った。


 ランフォードはその話を疑わなかった。

 ただし、見返りは期待していた。


 それくらいは当然だろう。

 俺は善人ではあっても聖人ではないのだから。


 だが、ウルサはランフォードの善意を踏みにじった。

 あの女は、他の男とできてやがったのだ。


 昨夜、ランフォードはウルサに金を渡した。

 これまでに渡した金額は結構なものになる。


 そろそろ見返りがもらえるだろう。

 ランフォードは胸の内でほくそ笑んでいた。


 ウルサは何度も礼を言った。

 それも両手で俺の手を握りながら。


 いよいよだな、とランフォードは思った。


 しかし、ウルサはそこで、一度里帰りして父親の様子を見たい、と言った。


 善良なランフォードはもちろんそれを許した。

 今のところは依頼も受けていないし、少しの間ウルサがいなくなるくらいはどうということもなかった。


 ランフォードは手を振ってウルサと別れた。


 それが昨日の夜のことだ。


 そして今朝、ランフォードは見た。

 ウルサが、男と腕を組んで、宿屋から出てくるところを。


 すぐさまウルサを問いただした。


 詰め寄るランフォードに、ウルサは支離滅裂な言い訳をした。

 そして泣き出した。


 この女、殴ってやろうかと思ったランフォードだが、そこで面白いことが起きた。


 もう一人の男がうろたえ始めたのだ。

 そいつもウルサに金を渡していたのだが、かなりヤバい相手から金を借りていたそうだ。


 ウルサは絶句した。

 自分がとんでもないことに巻き込まれたと悟ったあの女は、俺に助けを求めてきた。


 だが、俺はこう言ってやった。


「もう遅い」


 そしてランフォードは醜い言い争いを始めたウルサともう一人の男に背を向けたのだった。


「ざまぁ見ろだ。俺の善意を踏みにじったりするからこうなるんだ……」


 ジョッキの安酒を見ながらランフォードは低く笑った。


 また酒をあおる。おかしい。


 もうずいぶん飲んでいるはずなのに酔いが回ってこない。

 飲んでも飲んでも気分が悪くなるだけだった。


 それでもランフォードは飲み続けた。


「……あいつは正しかったんだな」


 かつてパーティメンバーだったエリンシアはランフォードに忠告してくれた。

 あなたはウルサに騙されていると。


 あの時はウルサを問いただしたものの、あの悪女の巧みな話術にごまかされてしまった。


 そうだ。俺は被害者だ。


 騙されたんだ。

 そして、エリンシアは俺に忠告してくれた。

 俺のためを思って。


 つまりは俺に気があるってことだ。


「だったら、戻ってくるよな……」


 ランフォードはニイっと笑った。


 ウルサの破滅はいずれあの女の耳にも入るだろう。

 そうしたら、あいつは思いを寄せる俺のところに戻ってくるに違いない。


 その時は不幸な行き違いを水に流してやろう。

 そして、善良なるこの俺はあの眼鏡女を優しく迎え入れてやるのだ。


 あいつを追い出した後で一つ依頼を受けたが、派手に失敗してしまったしな。

 暑苦しい女ではあったが、役には立っていたわけだ。


「そのあたりについても認めてやるとするか」


 ランフォードはつぶやいて、またジョッキをあおった。

 不味い。気分が悪い。


 もっと楽しくなることを考えよう。


「あいつ、俺に認めてもらえたら、泣いて喜ぶだろうなあ……」


 その時のことを想像してみる。

 多少は気分が良くなったが、まだダメだ。


 しかし、あの眼鏡女がもどってくればいい気分になれるに違いない。

 それまでの辛抱だとランフォードは思った。


「まだかなあ……」


 時折入り口に目を向ける。

 ニタニタと笑いながらランフォードは安酒を飲み続けた。


 彼に声をかける者は、一人もいなかった。

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