11.門出を祝って

 俺は一人で畑を歩いていた。

 ナイフを入れたキャベツにぽんぽんと手を触れながら、広い畑を歩き続ける。


 今日は日差しが強くない。

 歩いていても汗ばむことはなかった。


「よし、これで終わりだな」


 畑の端、最後のキャベツに手を触れる。

 さて、シアの方の準備はできただろうか。


 そう思って顔を上げると、畑の外でシアが手を振っていた。


「グラッドさーん! こっちは準備できましたよー!」


「わかった! 俺も終わったからそっちに行くよ!」


 畑を出て、シアのところに行った。


「これ、本当にうまく行くんですか? グラッドさんのスキルのことはもちろん信用してますけど、使い方が予想外すぎて……」


 シアがためらいがちに言う。


「気持ちはわかるけど大丈夫だよ。似たようなことは何度かやったことがあるから」


 話しながら二人で歩いていく。

 目的地はキャベツを納めることになっている倉庫だ。


 大きな倉庫には大量の石ころが集められていた。


「数は十分だな。助かったよ、シア」


「うーん、これで褒められても……」


 指示通りに小石を集めてくれたシアだが、どうも納得しきれていないようだ。


 それでも俺は満足していた。

 あとはこちらにも印をつけるだけだ。

 数は多いが、手際良く作業を進めていった。


「あんたたち、何やってるんだい?」


 様子を見に来た農場の主人に言われた。

 先日ははしごから落ちて足を折ってしまったという太った主人は、杖をついている。


 彼は倉庫に広がる小石を不思議そうに見ていた。


「えーと、これはですね……」


 シアはこの奇妙な状態をどう説明したらいいのか迷っているらしく、言葉に詰まっていた。


「依頼された通りの、キャベツの収穫ですよ」


 作業が終わったので俺はそう答えた。


 主人は首をかしげた。

 俺は目を閉じて、意識を集中した。


 畑のキャベツには全て位置替えのための印をつけた。

 そして、シアが集めてくれた倉庫の石ころにもだ。


 準備は整っている。あとは……


 パチンと指を鳴らす。

 倉庫の中の小石十個とキャベツの位置が入れ替わる。


 つまり、畑のキャベツが、倉庫に移動する。


 突然倉庫に現れたキャベツを見て、農場の主人は飛び上がらんばかりに驚いた。


「石が、キャベツになった!」


「ふふん、すごいでしょう。グラッドさんのスキルの力なんですよ!」


 何故か得意げにしているシアを見て、俺は笑ってしまった。


「俺は印をつけたもの同士の位置を入れ替えられるんです。こんな風に」


 また指を鳴らす。

 別にこんなことしなくても位置替えはできるが、このほうが見ている人にはわかりやすいだろう。


 今度は二十個ばかりの石ころがキャベツと入れ替わった。


「こりゃすごい! さすがは冒険者だね! 足を折っちまった時は途方に暮れたもんだけど、あんたがたに依頼してよかったよ!」


 農場の主人は喜んでくれていた。


「ありがたいお言葉ですが、それは収穫が終わってからにしましょう」


 主人にそう言いながら、俺はまた位置替えを使う。

 複数の物を一度に入れ替えるときはスキルの発動に少し時間がかかってしまうのだが、今回の場合その点は問題にならない。


 さらに三十個ほどの小石がキャベツと入れ替わる。


 収穫はすぐに終わった。




 キャベツと入れ替えて畑に移動させた石ころはシアと二人で拾い集めた。

 あとは農場の主人に報告するだけだな。


「これで終わりですね」


「キャベツ狩り、達成です」


 シアと二人で言うと、主人は満足そうにうなずいた。


「いやはや、お見事だよ。こんなに早く終わっちまうとはね」


「最強を目指す私たちには朝飯前の仕事ですよ! ……まあ、私は大したことしてませんが」


 元気よく言ったあと小さな声で付け加えるシアを見て、俺と主人は笑った。


「俺にとっちゃあんた方はもう最強の冒険者だよ」


「きょ、恐縮です……」


 笑顔でそう言う主人にシアが縮こまる。


「では、お二人に追加の報酬をお渡ししようか」


「いや、そこまでは……」


 俺は少しためらった。

 この依頼、畑が広いからか、Fランクの依頼としては報酬が多いのだ。


 早く終わったのは確かだけど、この上追加の報酬までもらうのはちょっとよくないんじゃないかと思った。


 隣のシアを見る。

 彼女も困っているようだ。


 しかし、そんな俺たちを見てご主人は笑った。


「あいにくと、そこまでたいそうなもんじゃないんだよ。昨日知り合いの農場主がワインをくれてね。言ってみりゃおすそわけさ」


「なるほど」


「そういうことですか」


 それなら別にもらってもいいか。


「そういうことさ。もっとも、買うと結構いい値段だからな。味わって飲んどくれよ?」


「わかりました」


「追加報酬、ありがたく頂戴します」


 俺たち二人は礼を言って、主人からワインのボトルを受け取った。

 そして手を振って彼と別れた。


「じゃあな、最強の冒険者パーティ! 何かあったらまた頼むよ!」


 別れ際、主人は大きな声でそう言った。


「……なんだか」


「……照れますね」


 シアも俺もちょっと恥ずかしかった。


 キャベツを収穫しただけでここまで言われるのもどうかとは思うが、悪い気はしないな。


 仕事は終わった。街に戻ってギルドに報告しないといけない。


「さて、街道に出てギルドまで戻らないといけないわけだが……」


 そう言いつつも、俺は革のカバンから突き出ているワインのボトルを見ていた。

 ご主人によるとかなり上等なものらしい。


「グラッドさん、今はお昼を過ぎたばかり。完全に真っ昼間ですよ」


 シアはそう言ったが、とがめるような口ぶりではない。

 彼女もワインボトルをじーっと見ている。


「街道に出るには右に行くわけだが……」


「左手には大きな木があって、ちょうどいい日陰になってますね……」


 この時点で既に、俺もシアも街道の方ではなく道の脇に生えた大きな木を見ていた。


「俺たちはパーティを組んで初めての依頼をやり遂げたわけだよな……」


「お祝いは、必要ですよね……」


「…………」


「…………」


 二人で道端の大きな木を見つめる。


「よし、飲もう!」


「はい! 飲みましょう!」


 同時に言って、同時に歩き出す。


 思った通り、木の下はちょうどいい日陰になっていた。

 心地いい風も吹いている。


「グラッドさん、これ、ニジェール農場産のワインですよ!」


 ボトルを手に取ったシアが興奮して言った。


「とびきり上等なやつじゃないか! キャベツ狩りも報酬は良かったからなあ……」


「あのご主人、身なりも良かったですしね」


 きっとお金持ちの農場主だったのだろう。

 そんなことを思いながら、二人でテキパキと準備を整える。


 栓を抜き、コップを出してワインを注ぐ。ふわりといい香りが漂った。


「では……」


「はい! 真っ昼間から、乾杯です!」


 並んで座り、コツンと木のコップを打ち合わせ、シアと一緒にワインを飲んだ。


「美味しい……」


「ですねえ……」


 思わず唸ってしまう極上品だった。


「それにしても、昼間からこんな高級なワインを飲んでるだなんて……なんだか悪いことしてるみたいですね」


 シアがクスッと笑った。


「心配ないさ。俺たちは最強の冒険者だからな」


 俺はにやりと笑ってみせた。


「確かに、これは最強のパーティに相応しいですね」


 そう言って微笑むシアのコップに、俺はワインを注いだ。

 木にもたれながら、俺たちはゆったりとパーティの門出を祝った。



 同じ頃、エリンシアを追放したランフォードも酒を飲んでいた。

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