10.伝説の始まり

 街に戻った俺たちは冒険者ギルドに来ていた。

 いつ来ても活気のある場所だと思う。


 そして、シアは燃えていた。


「さあ、ここから私たちの伝説が始まるんですよ!」


「気持ちはわかるけど、もうちょっと落ち着こうか」


 苦笑しながら諌めるとシアは小さくなった。


「で、ですね……ではパーティとして登録しましょう」


「ああ、パーティとして依頼を受けようか。そうしたら、伝説の始まりだ」


「はい!」

 シアは元気よくうなずいてくれた。




 その翌日。

「伝説……私たちの、伝説……」


 シアは虚な目でそう繰り返していた。


 露骨に落胆するシアを見て、俺は苦笑いした。


 俺たちの前には、キャベツ畑が広がっていた。


 キャベツ畑での収穫の手伝い。

 それが今回受けた依頼だった。


 俺は所属こそBランクのパーティだったが、個人としての冒険者ランクはFだった。

 シアの方もEランクだったので、パーティとしてはFランクという判定になり、大した依頼は受けられないのだった。


「でも、グラッドさんがFランクだったなんて……グレイハウンドをあんなに簡単に倒せるFランク冒険者なんていませんよ?」


 シアが言った。


「師匠の手伝いは長くやってたけど、ちゃんと冒険者になったのは割と最近なんだよ。俺は師匠との約束を守るのに必死で、とにかくどこかのパーティに入れてもらおうとしてたからね。なんとかハムスたちのパーティに入れたわけだけど、あいつらは俺のことを荷物持ちとしか思ってなかったから、俺のランクのことなんてほったらかしだったんだ」


 俺はシアに説明した。


 パーティで活動していても、依頼における功績をリーダーがギルドに申告すれば個人としての冒険者ランクは上がる。


 前のパーティでは取り分はそれぞれの冒険者ランクで決めるというルールだった。

 ハムスが俺のランクを上げなかったのは自分たちの取り分が減らないようにするためでもあったのだろう。


 そんなことを話すと、シアは憤りをあらわにした。


「いくら荷物持ちでもパーティには貢献していたでしょう! グラッドさんに荷物持ちの仕事を押し付けた上にそれをまるで評価しないなんて……間違ってます!」


「シアの言う通りだと思うよ。あの頃の俺は冷静じゃなかったんだな」


 改めて振り返ってみると俺もひどい状況だったと思う。

 だが、当時は仕方のないことだと思い込んでいた。


 パーティに入れたのだから安心だ。そんなふうに考えていたのだ。


「ですが、もう安心ですよ! 私はグラッドさんのことをちゃんと評価してますから! 書類でもなんでもじゃんじゃん書いちゃいますよ!」


 シアはずいぶん張り切っていた。

 ランクは彼女の方が上なのでこのパーティではシアが代表ということになっている。


 シア本人は俺に代表をやってほしかったみたいだが、これは仕方ない。


「頼もしい限りだよ。でも、シアもランクはそんなに高くなかったんだな……」


 シアのランクの低さは意外だった。

 森で見せてくれた手際を考えれば、Eランクなんてあり得ないだろう。


「私はパーティを転々としてましたからね。方針の違いで衝突してしまうことが多かったので……」


「ソロでやろうとは思わなかったのか? 十分やっていけそうだけど」


 俺は聞いてみた。

 彼女のスキルはソロでやっても活かせるはずだと思っていた。


「それが、パーティを抜けてソロで活動してると、割とすぐに声がかかるんですよ。ストック・リリースでの魔法の早撃ちって、結構役に立つと思われるみたいで……でも、みんなすぐ私に愛想を尽かしてしまうんです。初めのうちは即戦力だなんだって褒めてくれるんですけど、しばらくすると、「うざい」とか「勝手にやってろ」とか言われるようになって……私もバカですよね。どうせ受け入れてもらえなくなるってわかってるのに、仲間になってくれって言われたら喜んでついていって——」


「そんなことはない」


 俺はシアを遮って言った。


「シアは何も悪くない」


「……ありがとうございます。すごく、嬉しいです」


 シアは驚いたような顔になって、それから微笑んだ。


「さて、シアも元気になったみたいだし……キャベツを収穫するか……」


「結局仕事はそれなんですよねえ……」


 二人で苦笑する。


「まあ、依頼は依頼ですから、手を抜くことなくやりましょう! 最強の冒険者への第一歩、キャベツ狩りです!」


 グッと拳を握ってシアが一面のキャベツ畑を見た。

 畑は、広大だった。


「そうだな。これは俺たちの第一歩だ。手を抜くことなく、スキルをフル活用しよう」


「へ?」


 俺がにやりと笑うと、シアはキョトンとした顔になった。

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