9.その後のハムスたち
ハムスたちが潜ったのは運悪くデュラハンと出くわしてしまったあのダンジョンだ。
あのときのことを思い出してハムスは舌打ちした。
あの荷物持ちのグラッドが急に張り切り出してデュラハンに向かって行ったのは笑えたが、リーダー気取りであれこれ指示を出されたのには腹が立った。
あのときの俺たちはデュラハンと遭遇してショック状態になっていた。
だからあんな荷物持ち野郎の指示に従っちまったんだ。
グラッドの指示なんて必要なかったんだ。
俺が落ち着いて指揮を執ればよかったんだ。
そうすればなんの問題もなく撤退できたし、なんだったらあのデュラハンを倒せたかもしれない。
そうだ。
あいつは俺たちのチャンスを潰した。足を引っ張りやがったんだ。
だがまあ、とハムスは思う。
あの荷物持ちは追放してやった。
別に問題はない。
違う荷物持ちを雇ったからな。
「おい、水をくれ」
ハムスは後ろを振り返って言った。
「はいよ」
新しい荷物持ちの小柄なオヤジがむっつりと答える。
この男は収納の魔法がかかった袋を持っている。なんでも熟練のポーターなのだそうだ。
馬鹿らしい、とハムスは思う。
何がポーターだ。荷物持ちのチビオヤジめ。
水の入ったビンを受け取り、飲む。
思いのほか多く飲んでしまった。
妙に疲れを感じていた。おかしい、前と同じようにダンジョンに潜っているだけなのに。
「ねえ、一旦休まない? この辺りは安全だし」
マグラナが言った。
この女も疲れているのだ。顔には出さないがガブリルもそうだろう。
ハムスは無言で頷いた。次の階層からダンジョンは環境が大きく変わる。
今は床も壁も石造りだが、これが草木の生い茂る森になってしまうのだ。
常識では考えられないが、これがダンジョンというものだ。
失われた技術で作られた迷宮。危険に満ちているが、得られるものは大きい。
しかし今回は……
「マグラナ、お前なんでさっき魔法を外した?」
体を休めながらも、ハムスは女魔法使いをじろりと見て言った。
「あたしだって百発百中とはいかないよ。さっきは位置が悪かったのさ」
マグラナはそっけなく答えて水を口にした。
「だいたい、あたりの魔法はとどめを刺すためのもんだろ。ガブリルがちゃんと弱らせてりゃ外したりしなかったんだよ」
「俺のせいにするつもりか? あいつらにはお前らだって翻弄されてただろうが!」
歯をむいてガブリルが怒鳴った。
さっき相手にしたはジャイアントスパイダーにレッドバット、そして二体のホブゴブリンだった。もちろん勝ったわけだが、いつもより手こずったのは全員がわかっていた。
なぜだか知らないが、妙に戦いにくかったのだ。
戦闘の最中、ハムスは何度も、どうしてこいつらは俺の思い通りの場所にいてくれないんだ、と思った。
敵がこちらの思い通りに動くことなどあるわけがないのだが、なぜかそう思った。
「結局さ」
「お前の指示がよくなかったんじゃないか?」
いがみ合っていたマグラナとガブリルが一緒になってハムスを見た。
「ふざけるなよ。お前らがここまで来られたのは俺の「鼓舞」のスキルがあったからだろうが」
ハムスは二人を睨んだ。
パーティメンバーに指示を出すことで相手の能力を上げる。それがハムスが持つスキルの力だ。
このスキルがあるからこそ、こいつらは実力以上の力を発揮できているのだ。
もっとも、グラッドの奴にはスキルの力を使ったりはしなかったが。
荷物持ちなんぞに使ってやるにはもったいない力だからな、とハムスは心の中で笑う。
ガブリルとマグラナは黙り込んだ。当然だ。
こいつらがこのダンジョンを攻略できているのは俺のおかげなんだからな。
「……お若いの、たとえ本当のことであっても言わない方がいいことってのはありますぜ」
離れて座っていたポーターのチビオヤジがポツリと言った。
ハムスはかっと頭に血が昇るのを感じた。
言い返してやろうとにらみつけたが、ポーターはじっとこちらを見ている。
ハムスは気圧された。
なんだこいつは……。
口を開こうとしているのにうまく行かない。どうしても言葉が出てこない。
結局、ハムスはポーターから目を逸らした。
「……いくぞ」
それだけ言って立ち上がる。
振り向くことなく歩き出した。
あいつらはついてくる。この俺がいなければなにも出来ないんだから当然だ。
ふとハムスは思った。
グラッドのやつはどうしてるんだろうな。
無事に新しい荷物持ちの仕事を見つけただろうか。位置替えなんていうクソの役にも立たないスキルの使い道はそれしか……
そこまできたところで、不意にハムスの頭にある考えが浮かんだ。
戦闘中、あいつはたまに位置替えを使うことがあった。
俺たちはその度にグラッドを叱りつけたが、あれはもしかしたら俺たちが有利になるようにしてくれて……
ハムスは激しくかぶりを振った。
そんなことがあるわけがない。
俺たちが位置替えであいつにサポートされていたなんて、あるわけがないんだ。
自分にそう言い聞かせながら、ハムスはダンジョンを突き進んだ。
ずんずんと。
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