8.俺にはシアが
「うまくいったな。これでお互いに応用の幅がぐっと広がると――」
「大成功ですよ! グラッドさん!」
俺はほっとしてエリンシアを見たのだが、彼女は眼鏡の奥の瞳をキラキラさせて抱きついてきた。
「私のストック・リリースにグラッドさんの位置替えを組み合わせればもうなんだって出来ちゃいますよ!」
「そ、そうだな、それはいいんだが……」
「なんですか、もっと喜んでくださいよ! これはもはや革命ですよ! 攻撃でも防御でもできることの幅が格段に広がります! あー、もう! 私、こんなに胸がドキドキするの初めてです!」
「ああ、それは伝わってくるよ……」
「伝わってくる……? あっ」
エリンシアはようやく気付いたようだった。
興奮に赤くなっていた顔からさーっと血の気が引いていくのがはっきり見て取れた。
抱きついていたエリンシアが目にも留まらぬ速さでサッと俺から離れた。
「ご、ごめんなさい! 私、スキルを組み合わせられたのが嬉しくて、つい……ほんと何やってるんだろう……」
「いや、大丈夫だよ。君の性格はある程度わかってるつもりだし……よくあるんだろ?」
勢いよく頭を下げるエリンシアに俺は笑って言った。
彼女が情熱的なのは理解しているつもりだし、気にしてはいなかった。
「……嬉しさのせいで我を忘れたのは認めます。……でも、男の人にこんなふうに抱きついたのなんて初めてですよ……」
「ご、ごめん、そんなつもりで言ったんじゃなくて……」
伏目がちに言うエリンシアに俺は慌てて詫びた。
エリンシアがクスッと笑う。
「わかってますよ。ただ、グラッドさんには誤解してほしくなかっただけで……こ、この話はやめにしましょう! スキル、スキルの話をしましょう!」
「そうだな! そうしよう!」
俺も話を切り替えるのに賛成だった。
さっきのことは、あまり掘り下げない方がいいだろう。
「コホン、私たちのスキルは組み合わせて使えることが実証されたわけですね」
咳払いしてエリンシアが言う。
「そうだな。俺たちのスキルは単体でも強力だけど、組み合わせればより強力になる」
俺もうなずいた。
「何度も言ってますけど、位置替えのスキルを荷物の管理に使うことしか思いつかないなんて前のパーティの人たちはどうかしてますね」
ため息をついてエリンシアが言った。
「エリンシアも似たようなものだろ? ストック・リリースを魔法の早撃ちにしか使わせない奴らとよく組んでいられたな」
そう言ったのだが、エリンシアはなぜか無言だった。
どうしたんだろうと思っていると、彼女がおもむろに口を開いた。
「グラッドさん、私のことは、シアと呼んでくれませんか? ほ、ほら、私の名前って微妙に長いですし……ね?」
「わかった。そうするよ、シア」
俺はうなずいて言った。
「はい! よろしくお願いします!」
シアはそう言って笑ってくれた。
「しかし……シアは、積極的、だよな……」
女性からこんなことを言われるのは俺も初めてだった。
「……ええ、まあ……誰にでもこうなんじゃないんですからね!」
「わかった、わかったよ」
俺は両手をあげて降参した。
「よろしい。では、二人で頑張りましょう!」
「…………」
シアは張り切っていたが、俺はふと考え込んでしまった。
「ど、どうしました? もしかして、私、ちょっと積極的すぎましたか……」
「いや、そうじゃないんだ。ただ、元いたパーティはどうしてるんだろうと思ったんだよ」
こうしてシアとの再出発が決まったわけだが、そうなるとハムスたちがどうしているのかが少し気になった。
「あー、どうしてるんでしょうね……」
シアも自分が元いたパーティのことは気になるらしい。
「でも、まあいいか。俺にはシアがいるしな」
俺はかぶりを振って思考を打ち切った。
あのパーティのことは陰から支えていたが、もうどうでもいい。
今はきちんと俺のことを認めてくれる仲間がいるんだから。
「……俺にはシアがいる、ですか。グラッドさんも、案外積極的ですよね」
ニヤリと笑うシアに、俺は何も言えなかった。
一方その頃、グラッドを追放したハムスは、ガブリルとマグラナを連れて再びダンジョンに潜っていた。
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