7.二人の思いつき

 目を瞠った。

 なんだこれは。


 詠唱なしで魔法を撃ったのかと思ったが、そうじゃない。

 無詠唱での魔法はどうやっても威力が五分の一くらいになってしまう。


 エリンシアが使った魔法はファイアボールだ。

 それは間違いない。何度も見たことがある魔法だ。


 だが、威力の低下は全くなかった。

 無詠唱で魔法を使って威力が落ちないなんてことはあるわけがない。


 どうなっているんだと思っていると、火球がグレイハウンドを直撃した。

 火の粉が飛び散り、他の二体にもダメージを与える。


 しかし、敵は倒れてはいない。

 直撃を喰らった一匹が下がり、他の二匹が襲いかかってくる。


 エリンシアは落ち着いていた。

 でも、その行動は奇妙だった。


 彼女はポケットに左手を突っ込み、二つの小石を取り出したのだ。

 その小石を、さっと投げる。


 二つの小石は向かってくる二匹のグレイハウンド目掛けて飛んでいく。モンスターは気にすることなく突き進む。


 当たり前だ。あんなもの目眩しにもならない。


 援護すべきかと思ったが、エリンシアの態度は自信に満ちていた。


 何かあるのか?


 俺がそう思った直後、二つの小石から雷撃がほとばしり、二匹のグレイハウンドをうちのめした。


 愕然とした。

 こんなのは見たことも聞いたこともない。


 たしかに、物に魔法を込める技術はある。

 魔法を込めた道具は魔道具と呼ばれるが、なんにだって魔法を込められるというわけじゃない。


 専門の訓練を積んだ魔法使いが、魔法を込めるのに適した道具を選別して処置を施すことで魔道具ができるのだ。


 そこらの小石に魔法を込めるなんてことは出来ない。


 驚く俺を見て、エリンシアは微笑んだ。


「さあ、最後です! ライトニング!」


 エリンシアが杖を振る。

 短い杖の先から雷撃が飛ぶ。

 そして、それと同時に火球も飛んだ。


 まとめて放たれた雷撃と火球によって、最後のグレイハウンドはあっけなく倒された。


「どうです? 驚きましたか、グラッドさん。私のスキルは「ストック・リリース」といって、物体に魔法を貯めておけるんですよ! ストックした魔法はいつでも解放することができます!」


 俺の方を向いてエリンシアが言った。


「あの小石はあらかじめライトニングの魔法をストックしておいたのか。最初にやった無詠唱に見えたファイアボールは杖にストックしておいたものをリリースしたんだな。だから威力が落ちていなかったんだ」


 俺が言うとエリンシアは満足そうにうなずいた。


「大正解です! 最後のはライトニングを普通に撃つと同時にファイアボールをリリースしたわけです。私は一つの物に最大四つまで魔法をストックできますから、あんなこともできるんですよ」


 エリンシアが得意げに笑う。

 俺も笑いたくなった。


 これは、笑ってしまうくらい強力なスキルだ。


 応用の幅が広い。それもとんでもなく。


「すごい、本当にすごいよ」


「そ、そうですか? 前のパーティも他の人たちも、これを魔法が早撃ちできるスキルとしか思ってくれなくて……」


「何を言っているんだ。なんでもありのとんでもないスキルだろ」


 俺はエリンシアに言った。


「…………」


「どうかしたのか?」


 急に無言になってしまったエリンシアに俺は首をかしげた。


「私が面倒な性格だって話はしましたよね?」


「確かにそう言われたが……」


「もし、もしですよ、嫌だったらやらなくていいんですよ、でも、もしも、グラッドさんがそこまで嫌じゃないんだったら、私のこと、もっと褒めてくれませんか……?」


 たどたどしくそう言うと、エリンシアは真っ赤になってうつむいた。

 それを見て、俺は笑ってしまった。


「わ、笑いましたね! 恥を忍んでお願いしたのに!」


「ごめんごめん、あれだけ堂々と悪口を言いまくってた姿からは想像もできなくて、つい……」


 怒るエリンシアに俺は詫びた。

 情熱的で自信に満ちた姿との落差のせいでついつい笑ってしまったが、彼女だって認めてもらえなくて苦しんできたんだ。


 これくらいの要求をする権利はあって当然だ。


「君のスキルは俺が今まで見てきた中で一番すごいスキルだよ」


 俺はしっかりとエリンシアの目を見て言った。


「あ、ありがとうございます。嬉しいです、とても」


 エリンシアは穏やかに微笑んでいた。


「ところで、一つ試したいことがあるんだけど」


「実は私もなんですよ」


 話を切り出すとエリンシアはニヤリと笑った。

 なるほど、考えていることは同じらしい。




「これに雷撃の魔法が込めてあるわけか」

 俺は手の中の小石をしげしげと眺めた。


 本当にどこにでも転がっている石だ。見た目はなんの変哲もない。


「そうですよ。あ、心配しないでくださいね。私がリリースを使わない限り、ストックした魔法が解放されることはないので」


 エリンシアが説明してくれた。


「それで、どうですか?」


「一応つけることは出来たよ。ただ、俺もこんなことをするのは初めてだからね。果たしてうまくいくのか……」


 俺はエリンシアに言った。

 出来たことは出来たが、うまくいくという保証はない。多少の不安はあった。


「でもまあ、これがうまくいかなかったとしても、別にいいんじゃないか? 俺たちで最強の冒険者を目指すのに変わりはないし――」


「いえ、大丈夫ですよ」


 エリンシアが言った。


「私たちはいずれ最強となる冒険者パーティです。うまくいくに決まってます」


「……そうだな。うまくいくに決まってるよな」


 俺は手の中の小石を握りしめた。

 そして、左手で短剣を投げた。


「いくぞ!」


「いつでもどうぞ!」


 エリンシアから返事がきた。

 俺は合図に指を鳴らした。


 位置替え発動。

 右手に持っている小石と、投げた短剣の位置が入れ替わる。


「リリース!」


 エリンシアが杖を振った。

 先ほどと同じように、小石から雷撃がほとばしった。


 ストックされていた魔法を解放した石は、コトンと地面に落ちた。


「……成功したな」


「……成功しましたね」


 俺に続いてエリンシアがつぶやく。


「ストックした物体に、位置替えのための印をつける」


「つまりは私たちのスキルの組み合わせ」


 俺もエリンシアも、位置替えで移動した後、雷撃を放って地面に落ちた小石をじっと見ていた。


 位置替えとストック・リリースは組み合わせられるんじゃないか。


 それが俺の思いついたことだった。

 エリンシアも同じことを考えていたので、二人で実験することになったのだった。


 結果は大成功。


 ストックで魔法を込めた小石を位置替えして、リリースで魔法を解放することができた。

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