3.「位置替え」というスキル

「あの男、ウルサに貢がされていたのか」


「そうなんですよ! 私はランフォードに警告したんですよ! そしたらあいつ、なんて言ったと思います? 「そんなやり方で俺の気を引こうとするのはやめてくれないか」ですよ!」


「うわぁ……」


「あの時は私も絶句しましたね! ほんとにもう……」


 エリンシアがジョッキをあおる。豪快な飲みっぷりだった。


「で、ランフォードは一応ウルサを問いただしたそうです。もちろんウルサは貢がせてなんかいないと答えました。でも、彼女は念には念を入れて私を始末しておくことにしたんでしょうね。森での採取の時に、わざとゴブリンの巣を攻撃して……もう大惨事ですよ。彼女、私を囮にして逃げようとしました。もっとも、私はそう簡単にはやられませんけどね! 見事ゴブリンの群れを全滅させて、パーティを救ってやりましたよ! まあ、ウルサは無傷とはいかなかったみたいですが!」


 エリンシアがふふんと笑う。

 初めに見た時はもっと大人しい性格なのだろうと思っていたが、案外はっきりとものを言うタイプらしい。


 それにしてもひどい話だと思う。


 あのランフォードという男はウルサに騙されているというエリンシアの警告を無視した挙句、パーティの危機を救った彼女を公衆の面前で罵倒し、追放したんだ。


 ハムスたちからの扱いには俺も腹が立っていたが、エリンシアが受けた仕打ちにはそれ以上に腹が立った。


「本当にひどい奴らだ。君はよくやったよ。お疲れ様」

 俺はエリンシアに心からそういった。


「あ、ありがとうございます……なんだか照れちゃいますね……」

 彼女は下を向いてジョッキに口をつけた。


「って、私しか話してないじゃないですか! さあ、あなたも文句を言ってください! この私が完璧に慰めてあげます!」


 突然顔をあげたかと思うとエリンシアはそんなことを言い出した。

 俺はつい笑ってしまった。


「じゃあ、今度は俺の番だな。俺はスキルでもってあのパーティをサポートしていたんだ。でも、あいつらが無理にダンジョンを進んだせいでトラップに引っかかってな」


「それでそれで?」


 酔ってきているのかエリンシアは食いつきが良かった。

 身を乗り出して聞いてくれている。俺は気分よく話を続けられた。


「デュラハンと出くわしたんだ。あれは修羅場だったな。ガブリルの両手剣もマグラナの魔法もまるで通用しなかった。リーダーのハムスは補助魔法の使い手なんだが、ハムスが二人を強化しても全く歯が立たなかったんだ」

 あの時のことを思い返しながらエリンシアに説明した。デュラハン戦は間違いなく冒険者生活始まって以来最大の危機だった。


「デュラハン……」

 エリンシアはなぜかポカンとしていた。


 ひょっとして俺の話はつまらないんだろうか。

 不安になった。


 表情に出ていたのだろう、エリンシアは慌てて言った。


「違うんです! グラッドさんの話が退屈だってわけじゃありません! 断じてそんなことはありません! ただ、驚いてしまって……グラッドさんはパーティの人たちをかばいながらデュラハンと戦って、ほとんど無傷で帰ってこれたんですよね?」


「そうだな。だいぶ際どかったよ」


 俺は苦笑した。

 良かった、彼女を退屈させてしまったわけじゃないみたいだ。


 しかし、エリンシアは考え込むような素振りを見せた。

 どうしたのかと思っていると、彼女が口を開いた。


「どうやってデュラハンから逃げ切ったんですか?」


 話をする以上、そこに触れないわけにはいかなくなるのはわかっていた。

 俺の位置替えのスキルのことを話したら、彼女も他の連中と同じような反応をするんだろうか。


「……グラッドさん、言ったはずですよ。この私が完璧に慰めてあげますって」


 エリンシアは優しく微笑んでいた。

 そうだな。ここまで言ってくれているんだ。

 疑うのは失礼だ。


「俺のスキルは「位置替え」なんだ。それを活用して上手く立ち回って、なんとかデュラハンから逃げ切ったんだよ」


 俺は位置替えを実演してみせた。

 テーブルに置かれたパンの皿とスープの皿に手を触れて、他人には見えない印をつける。

 こうやって触れて印をつけることで印をつけた物同士を「位置替え」できるようになるのだ。


 サッと手を振った。

 別に動作がなくても位置替えはできるが、エリンシアにはこっちの方がわかりやすいだろう。


 一瞬にしてパンの皿とスープの皿の位置が入れ替わった。


「これが俺の位置替えのスキルだよ。こうやって、物体の位置を入れ替えることができるんだ」


 もう一度やってみせた。エリンシアの目の前で、またパンの皿とスープの皿の位置が入れ替わった。


「これを活用してデュラハンから逃げてきたんだ。変なスキルだと思うかもしれないけど、約束した以上は温かい言葉の一つもかけてもらえると嬉し――」


「すごいじゃないですか!」


 気がついたらエリンシアに手を握られていた。

 彼女は眼鏡の奥の瞳を興奮に輝かせていた。

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