行間

A Secret Request

 いつだって、昨日のことのように思い出せる。


 降り注ぐ太陽光。地面から立ち上る熱。宙を舞う少しの砂埃。

 前を向けば、まっすぐなレーン。左右には競い合うライバル。

 身体を丸め、構える。数舜の沈黙を経て、乾いた音が響いた。


 腕を振り、地面を蹴る。

 必死に、必死に、必死に。走る。


 けれど私の身体は、追いつかない。こんなにも死力を尽くして前へと進んでいるのに。

 もう、ダメかもしれない。これで終わりかもしれない。毒みたいにじわじわと、頭の中に浸透していく、私の弱さ。


 そんなとき、いつも聞こえる、彼の声。どれだけ他の音がうるさくても、まるで隣にいるかのように、胸に直接響いてくる。


 頑張れ、と。

 諦めるな、と。


 たったひとりの声援で覆るほど、勝負の世界は甘くない。そんなことはわかっている。


 でも私にとっては、どんな食べ物よりもエネルギーになって。

 どんな技術よりも走るスピードを速くしてくれた。


 君は、気づいていないかもしれないけど。

 私にとっては、本当に大切で、支えになって、宝石みたいな宝物の、思い出。



「……」


 目を開けば、今日になる。すべての『昨日』はまぶたの裏から消え去って。


 代わりに映るのは、無機質な扉。

 見慣れたそれを開くと、


「……いらっしゃい」


 静かに私を迎える声。優しくも、残酷でもある声音。


「お邪魔、します」


 足を、踏み入れる。それが何を意味するかは、よくわかっている。


 大事に大事に抱えた宝石。私だけの、誰にも見せるつもりも、渡すつもりもないもの。


 それを、私は――

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