秋・第17話 ハメて撮る①股間にぶらつかせてるアレとかは、どうせ使ってないでしょ
「いらないものをください」
その日真心の家に上がり込んだゆしかは、手を洗ってリビングに入った途端、ミリタリージャケットを脱ぎながらおもむろに切り出した。
「えーと……」
一瞬だけ考える顔をした後、真心は「ん」とゆしかを指差す。
「冗談にしても酷過ぎる! てゆーかわたし真心のじゃないじゃん!」
「ああ、すまん。あまりに意味不明で……」
ゆしかは一応軽く、真心の肩の辺りを猫パンチで叩いた。
「フリマをやるんだ。学園祭で」
「はじめからそう言え。なんだ? なんでもいいのか? 壊れた電気ストーブとか」
「廃品回収と勘違いしてない? フリマってなにか知ってる?」
「フリーマーケットだろ。使ってないものを持ち寄って、誰かに再利用してもらうっつーか」
「解ってんじゃん」
「でもなあ。俺、結構使わなくなったものはその時々で処分しちまうからな」
「壊れてるのは駄目だけど、なんでもいいよ? 趣味の悪い漫画とか、旅行先のテンションで買って後悔した趣味の悪い置物とか、メタボで着られなくなった趣味の悪い服とか」
「お前、さっきのでまだちょっと怒ってるだろ」
「あたぼーよ。もしくはほら、腎臓とか」
「毎日めっちゃ使ってますけど?」
「ふたつあるから一個くらいよくない?」
「なに? お前の大学は闇社会に繋がってるの?」
「もしくは股間にぶらつかせてるアレとか。そっちはどうせ使ってないでしょ」
「毎日めっちゃ使ってますけど!?」
「うわ……下ネタとか最低」
「お前が始めたんだろうが! てゆーか小便って意味な!?」
ドン引きの仕草をしていたゆしかは、あっさりと真顔に戻る。
「冗談はさておき、本当になんかない? 結構マジで困ってるんだよね」
「まあ、商品が集まらなきゃ成立しないだろうからな……なんか、探しとく」
こんな調子で半ば無理矢理真心に、フリマの商材を捻り出させた。なんだかんだで真心はいつものとおり文句を言いながら、会社の同僚にまで声を掛け、特急で売るものを集めた。
だがゆしかの真の狙いはそこにない。
それから数日後、真心にメッセージを送った。
鹿「この前はフリマの件で協力ありがと! みんな凄く喜んでたよ」
TH「そりゃーよかったな」
鹿「でさ、直接お礼も言いたいって言ってるし、是非当日の学園祭にも来てほしいんだ。予定が合えば、会社のひととかも一緒に。どうかな?」
TH「今度は集客依頼かよ……まあ、解った。声掛けてみる」
普通に誘ったら、真心は学園祭に来ないだろう、と思っていた。基本、出不精なのだ。
家でひとり、だらだらと寝転がりながら、休日も昼から酒を飲んだり漫画を読んだりして引きこもることこそ至上、と公言してはばからない半粗大ゴミなのである。
実際、一度として真心のほうから「出かけようぜ」と誘ったことはない。ゆしかが相手だからというより、他の誰かと率先して出かけている様子もない。自分のために労力を使うことがほぼないように見える。唯一の例外が先日の関西行きだが、あれもきっと北地から声を掛けたんだろう、とゆしかは考えていた。
だが「協力してもらった」という既成事実とそれに対する「礼」、さらには「会社の同僚をむしろ連れてきてほしい」的なニュアンスを込めれば……つまり自分のため以外の理由をたくさん作れば、重い腰が上がると予測していた。
狙いどおり、真心は動き出した。
そして学園祭の最終日、同期の遠江と國谷を伴って、ゆしかの通う大学に現れたのである。
「おー、ゆしかちゃん久しぶりー」
親しい旧友に向けるような人懐っこい笑顔で、國谷が手を振る。青空の下、エプロン姿で店番をしていたゆしかは、「遠江さん、國谷さん!」と笑顔で返す。
「ご結婚おめでとうございます」
あのあと本当にふたりは結婚した、と真心から聞いていた。
「まだ籍を入れただけだけどね」
遠江が笑顔で隣の國谷にプレッシャーをかける。ちなみに会社ではそのまま遠江姓を使っており、真心も呼び名は変えていない。
「は、はは。ほら、式とかは金も準備の時間もかかるからね」
「一緒に住んでないんですか?」
「俺はワンルーム暮らしだし、あーちゃんは実家だからね。引っ越さないと一緒に住むのは無理なんだ。物件は探してるんだけど……」
「見に行くと、なんかわざと引き延ばしてるのかなって思うくらい文句ばっかりなんだよね」
「そ、そんなことないよ! 大事なことだから、こだわりたいんだ!」
「こだわるのはいいけど、大事なのは一緒に暮らし始めることじゃないの?」
「それも大事だよ? けどどっちも」
言い合いになりかけたのを、真心が溜息をつきながら制する。
「やめろって。今度聞いてやるから」
『ご、ごめん……』ハモりながら國谷と遠江が我に返る。
気まずさを誤魔化すように商品を見始めたふたりの背を見つつ、ゆしかは真心に耳打ちした。
「相変わらず、すぐふたりだけの世界を作るねえ」
「まあ、良くも悪くも互いだけに意識が集中しやすいんだろ」
それから真心はふたりと学園祭を周った。店番を交代してから、ゆしかも合流した。
「そういえばさ、ゆしかちゃんたちのフリマは、なんかのサークルなの?」
ハーブティー専門のティールームをやってる教室で休憩していたとき、遠江が言った。
「あ、はい。写真サークルです。けど、あんまり本格的に撮りたいってひとばっかりじゃなくて、友達づくりのために入ってるひとも多い感じですね」
「ああ! 出会い系ヤリサー」
「ではないです」
國谷の呟きにゆしかは軽蔑の視線で睨む。すかさず遠江が國谷の頭を叩いた。
「ま、別に気軽に入れるってのも悪いことじゃねえだろ。交友関係を広げるって意味じゃ、ガチの奴しかいられないサークルだけだとちょっとな」
「おや? 岩重はどっちかというと軽めのサークルには入らないタイプじゃないの?」
「まあ、特に学生のころはそうだったかもな。けど社会人になって、広く付き合うってのも大事なことだと思うようになったんだよ」
國谷と真心のやりとりに、遠江もコメントする。
「岩重君、入社当時はガッチガチのコミュ障だったもんね。冷たい感じ、したもん」
「それは今もじゃないですか?」
ゆしかがからかうつもりもなく真顔で言うと、國谷と遠江は笑って首を横に振った。
「あのころの岩重に比べたら、今は全然。ちゃんと人間に思えるし」
「会話が一問一答で終わってた。今はキャッチボールできるようになったもん。成長したねえ」
「やかましいわ」
真心はばつが悪そうに歪んだ顔を背ける。
「ここまで言われるなんて……どんなんだったんだよ、真心」
ゆしかは呆れて苦笑しながら、ちょっと見てみたい、と思った。
「そういえばさ、フリマに話戻すけど」遠江が質問する。「だから写真売ってたんだ?」
「あ、はい」
フリマのテントの柱、または木枠のパネルへ、小さいもので2L、大きければA3相当の大きさにプリントされた写真を額に入れて展示し、プライスを表示していた。他にも『写真コーナー』と題し、ファイリングされた写真をばら売りしたり、一点もののフォトブックにした作品集を積んだりしていたのだが、遠江はそれに気付いたのだろう。
「本当は最初、それだけやろうとしたんですけど、そこまで大層な作品なんて撮れないでしょ、って話になって、フリマメインで、写真はおまけになりました」
「ゆしかちゃんの写真も売ってるの?」訊いたのは國谷だ。
「ええ……まあ」
「へえ! どんなの撮ってるの? 後でもう一度見に行こうよ」
「い、いいですよそんな。大したものじゃないですから」
「えー、気になるなー」
「本当にいいんです。それに、わたしが撮ったから、っていう入り方じゃなくて、その写真自体を気に入ってくれるひとに見てもらえれば、と思ってるので……だから名前も入れてません」
「ふうん……そうなんだ」いまいち納得いってなさそうな顔で、國谷が頷く。
「かるぅーいあんたには解らない話かもね」
「失礼だな! 俺ほど真面目で誠実な男もいないぜ?」
からかうような遠江に、國谷はなんの根拠もなく胸を張る。
じゃれ合うようなやりとりをするふたりは放っておこう、と思ってゆしかが真心を見ると、考え事をするように窓の外を見ていた。
「……真心?」
「ん?」特にタイムラグもなく、真心は振り向く。「どうかしたか?」
こっちの台詞だと思ったが、なんとなくタイミングを逃してゆしかは「ううん」と静かに首を振り、とっさに思いついたことを言う。
「真心は大学のころ、どんな学生だった?」
「あー」一瞬だけ考える仕草をして、すぐ答える。「奇遇にも、写真ばっか撮ってたな」
「へぇ……主になにを撮ってたの?」
何気なく訊いただけだったが、真心はゆしかの声が聞こえなかったかのように喋った。
「写真って、写るのは撮られたほうだけど、撮ったほうも出るよな。そいつが被写体をどう見てるのかが写り込む。だからその写真が好きだって思った場合、撮った人間の世界の見方が好きってことになるんだよな」
ゆしかはもう一度「なにを撮ってたの?」と訊こうとしたが、真心の薄く笑った表情がそれを拒んでいるような感じがして、かじかんだ指のように唇が動かなかった。
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