秋・第16話 初めてのお泊まり②とんでもなく真っ直ぐで、奇跡のように美しい
「とにかく!」
真心は勢いよく立ち上がり、プレゼンテーションをするように手振りを付ける。
「さあ行こうゆしか。ホテルは隣駅だから、終電がなくなる前に」
「えー、やだよめんどくさい。だったら真心がそっち泊まればいいじゃん」
「それ最悪パターンじゃねーか!」
真心は血の気が引いて、立ちくらみがした。
真心不在で北地とゆしか、となれば、どんな悪意ある情報交換が行われるか。
「最悪パターン?」
「いやなんでもない。そんな、初対面の男女がひと部屋でふたりきりとか、友人として許せん」
「なんだよこんなときだけ女扱いして。やーだよ、わたし行かないもん」
ゆしかはテーブルに頬杖をついて、膨れ面でそっぽを向く。
「くっ……ならば、勝負だ!」
真心の宣言に、ゆしかと北地がハモる。
『勝負?』
「内容は酒の飲み比べでもクイズでもしりとりでも古今東西でもバックギャモンでもなんでもいい。三人で勝負し、負けた奴がホテルへ泊まりに行く。これなら公平だろう!」
三人で勝負すれば、三分の二の確率で真心は危機を回避できる。そう考えての策だった。
「ちょっと待て。どうして俺まで!? ここ俺の家だけど!?」
「……勝負はなんでもいい、って言ったね? わたしが決めていいんだね?」
とばっちりを受けそうになった北地は慌て出すが、ゆしかは冷静になって真心に視線を戻す。
「ああ。男に二言はない」
「なら、『真心クイズ』にしよう」
「ああ、解った。『真心クイズ』だな」
頷いて復唱してから、真心は間の抜けた変顔になる。
「なんだそりゃ?」
「真心に関するクイズをひとり十問ずつ出題し合って、正解数が一番少ないひとがホテルに泊まる、というクイズだよ」
「なんだそりゃ!」
同じ言葉をイントネーションを変えて真心は叫んだ。
(それ公開暴露じゃん! 本末転倒じゃん!)
「はあ? 男に二言はないんでしょ?」
座って見上げているはずなのに、真心はゆしかに見下ろされている気分になる。
「ぐ……わ、解った」
と言ってしまった瞬間、真心の負けは確定した。
結論を言えば、クイズ自体に負けたのはゆしかである。
これはゆしかの狙いどおりであり、当然の話だ。
北地が出題する真心のことをゆしかは知らないので、必然的に真心が答える羽目になる。
ゆしかが出題する真心のことを北地は知らないので、これもまた真心が答える羽目になる。
真心はゆしかをホテルに送ると宣言した手前、答えず負けるわけにもいかない。
そして真心はゆしかをホテルに送るのが一番の目的なので、自分が出題する問題は北地が答えられるものにする。
かくしてゆしかは一問も答えられない代わりに、知らなかった真心の情報を二十問分手に入れることになった。試合に負けて勝負に勝つとは、正にこのことであろう。
すっかり機嫌を直したゆしかは、
「やー、まさか真心の高校時代があんな感じとはね」
「初恋って実らないって言うよね。ドンマイ!」
などとクイズの途中で、早速仕入れたネタを使って真心をいじり倒した。そして真心が赤面したり渋面を向ける度に、その顔をスマホで撮った。
しかもさらに、ゆしかは結局ホテルには行かなかった。
クイズをやりながら半ば確信犯的に酒を飲み過ぎて、終わった途端眠ってしまったのである。
「おいゆしか起きろ! ホテルへ行くぞ!」
真心が肩を揺さぶっても瞼を開けない。
「なんのために俺は過去を暴露したんだ! 負け逃げなんて許さねえ。ホテル行くぞホテル!」
「真心。寝てる女の子を揺すりながら『ホテル行くぞ』って……ちょっと絵面が……」
「うぉおっ!?」
北地に指摘されてヤバさに気付き、手を離す。
「しょうがないよ、無理に起こしたらかわいそうだし、毛布掛けてあげよう」
「くっ……」
まあ、確かに考えてみれば、過去の暴露を防ぐためにゆしかをホテルに送りたかったのであり、既に暴露は成された。さらにゆしかが眠った状態ならこれ以上の暴露はない。
やや冷静になった真心は深く溜息をつき、北地から毛布を受け取ってゆしかに掛けてやる。
「……パーフェクト負けだ」
テーブルの前に座り直し、グラスに残った日本酒を軽く舐めた。
「お前が一方的に振り回されるのを見るなんて、随分久しぶりだね」
愉快そうな口調と共に、北地が忍び笑いを漏らす。
「こいつはとんでもねえ女なんだ」
言葉と裏腹に、真心の目は常にないほど優しい。北地が言葉を引き継ぐように言う。
「『とんでもなく真っ直ぐで、奇跡のように美しい奴に出会った。生きるってのもまだ捨てたもんじゃねえな』……だっけ? お前のあんな高揚した声は、いつぶりだ」
真心はしかめ面をする。目視でゆしかが確実に眠っていることを確認し、
「お前それだけは絶対こいつに言うなよ。つか忘れろ。ありゃあ……口を滑らせたんだ」
睨みをきかせ、強い語調で言い切る。北地が真顔に微かな優しさを浮かべて言った。
「まあ、伝えるなら、お前が直接伝えるべきだろうね」
「……それはない。絶対に」
拒絶するように目を伏せた真心に、北地の表情が僅かに曇る。
「真心」
「……なんだよ」
「俺は今日、とても安心したよ。この子が……こんな子が、お前の前に現れてくれて、お前の傍にいてくれるなんて。この子なら、いつか」
「やめろ」
その三文字に、おどける響きは欠片もなかった。
圧倒的な、絶対的な、拒否だった。
問答無用で会話を打ち切る意思だけが明確な音に、北地はしばしの沈黙の後、
「すまん」
とやはり三文字で返した。
「……こいつは、そんなんじゃないんだ」
真心は独り言のように呟き、ゆしかの寝顔を酷く悲しげな目で見た。
「本当は俺のためなんかに、ひとかけらだって費やしちゃいけない」
北地は無言でその横顔を見ていた。
声には出さず、目だけで語る。
だったらどうしてお前は、彼女をさっさと突き放さないんだ?
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