秋・第18話 ハメて撮る②はい、ハメました!
その夜ゆしかはサークルの打ち上げに、真心たちを強引に引っ張った。
学生向けの「アルコールは薄いけど安くて飲み放題」「味はともかく量は多い揚げ物と炭水化物メインの料理」という特徴の居酒屋に、総勢二十名ほどで入り、労い合った。
美男美女の國谷と遠江はそれぞれサークルのメンバーに囲まれた。「こんな綺麗なひとを落とすコツを教えてください!」とか「えっ、アラサーなんですか? 全然見えないっす!」みたいな声を掛けられ、まんざらでもない顔をしている。
美男どころか犯罪者面の真心はというと、取り囲まれることなどなく、むしろ大勢の中で話し相手がいない孤立っぷりを見せていた。だが途中で、隣にひとりの男が腰掛け、乾杯を促す。
「どーも。あの、如月が連れてきた『マゴコロ』さんですよね?」
「……あ、ええ」
真心は面食らいつつ、チューハイの大ジョッキを打ち鳴らす。
「僕、
「な、なに?」
大学生相手に割とひと見知りな感じで応じる。設楽は服装といい髪型といい今時の大学生そのもので、顔立ちもすっきりしている。
「如月って、可愛くないすか?」
「……はあ?」
「美人てわけじゃないし、解りやすい女っぽさはないけど、むしろそこがいいっつーか……あの全力な感じで罵られて、蹴られたいっつーか……」
口調はややろれつが回っておらず、既に目が据わっている。
「こらー設楽さん。なに絡んでんの」
真心が反応できずにいると、設楽の後ろにもうひとり現れ、腰掛けた。
「すいませんあの、『マゴコロ』さんですよね? ゆっかからいつも聞いてます」
今度は今時の女子大生、という感じの茶髪ロング、ゆるふわ系スタイルの女の子だった。
「あたし、
「はあ……そうすか」
「おお、なになに? 『マゴコロ』さんを囲む会? 俺も混ぜてよー」
さらにもうひとり、今度は設楽、猿渡の逆側にガタイのいい坊主頭が座る。
「俺、
「な、なんの話……?」
若者のテンションに圧倒され、真心は声を上擦らせる。
「え? 聞いてないすか? 如月ってたまにコアな好みの男に言い寄られるんすけど、ふた言目には『マゴコロが、マゴコロが』って理由で断るんすよ。遊びに行こうって誘いも、半分くらいは同じ理由で来ないです。初めは人名だと思わなくて、優しい心? みたいにみんな不思議がってたんすけどね。今は如月の周囲で、『マゴコロ』さんを知らない奴はいねーっすよ。だから今日実物が来て、本当はみんな興味津々、でもちょっと見た目怖いし、誰か話しかけねーかな、ってさっきから様子を窺ってたんす。そしたら設楽さんが……あ、この人、如月の入学当時から狙ってるんすけど、全然相手にされてないっつーか」
「うるさいな!」
酔っ払っている設楽が真心ごしに大竹に怒鳴る。
「なんで僕じゃ駄目なんだぁ! このひとより僕のほうが若いし、顔だっていいはずだぁ!」
「だって設楽さん、気持ち悪いもん。わたしをSキャラだと勘違いしてるし」
そう言いながら狙ったようなタイミングで真心の正面に座ったのは、当のゆしかである。
「だとしても、この悪人顔のおっさんのどこがいいんだぁ!」
「え、語っていいの? 朝までかかるけど、聞く?」
ぷしぃーっ、と空気が漏れたタイヤのような音を出して設楽が黙り込む。
「ねえねえ、あたしそれ聞きたーい」
さらに他の女子が便乗し、ゆしかの隣に座る。
「『マゴコロ』さん、ゆっかにここまで想われて、実際どうなんです?」
猿渡が訊いてくる。
他にもさっきまでのぼっちぶりが嘘のように、次々と真心とゆしかの周囲にひとが集まり、口々に質問を浴びせかけてくる。しまいには遠江まで来て
「ほら岩重君、今日こそはっきりしなさいよ」
とかほざきだし、國谷も
「岩重! 覚悟を決めろ、俺のように!」
などとドヤ顔を向けてくる。
ゆしかが上機嫌で、普段大学では見せないような百二十パーセントの笑顔を浮かべているのとは裏腹に、真心は充血した目でゆしかを睨んでいる。
その目はこう語っていた。
(ハメやがったな、てめえぇええっ!)
(はい、ハメました!)
アイコンタクトで答え、ゆしかはスマホでその様子を撮影し、勝ち誇る。
まさかこの打ち上げに参加させるのが、当初からの目的だとは読み切れなかったでしょ、と。
その日、空が白み始めるまで真心はその好奇心の塊のような若い集団に捕らえられ、尋問に等しい時間を過ごすことになった。
それから一週間ほど、ゆしかは結構本気で怒った真心からガン無視され、容赦なく避けられ続けることになるのだが……。
それでもゆしかは後に
「後悔も反省もしてないもん」
と、満足げな笑顔で語るのである。
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