第85話 隣に立つのは私

 レオンが、半月ぶりに我が家に来た。私が誘拐された後、レオンは2度とこんな事態が起こらないようにと、方々に手を回し色々と対策をしてくれているらしい。そして、レオンがその為に何をしたのか、お義父さまからぼんやりとだけ聞いている。

 だが、私はその話を聞いて少し怒っていたし、レオンに会ったらガツンと言ってやらなくては!と意気込んでもいた。


 だけど、部屋に入ってきたレオンの姿を見ると、その気持ちがしゅるしゅると萎えていくのが分かった。

 いつも通りにレオン。クマやくすみ1つなく肌ツヤも良い、髪も絹糸のようにサラサラで至って健康そう。だけど、その目が。瞳の奥に見えるその陰りが、レオンに何かあったことを雄弁に物語っていた。『目は口ほどに物を言う』正にその通りだ。


「レオン、何があったの?」


「ツェリ?特に何も無いが、いきなりどうした?」


 綺麗な笑みを浮かべて、誤魔化そうとするレオン。だから私は切り札を使う。


「約束したの、覚えてるでしょう?破ったら、しばらく口はきかないわ」


 レオンは、大きくため息をついた。


「本当、ツェリには敵わないな」


「僕は、家族を見捨て、切り捨てた。その判断を後悔はしていない。犯した罪を自らが償うのは当然の事だし、あの人達の存在は、この国にとって害でしかなかった」


「でも、レオンは何かを後悔しているわね?」


「罪を犯す前に、僕に出来ることは無かったのかを、どうしても考えてしまうんだ。アルバートの事に関して特に」


 私は無言でレオンの頬っぺを引っ張る。この間やってから、その柔らかさが少し癖になった。


「レオン、貴方意外とお馬鹿さんなのね?」


 レオンは、私に両頬を引っ張られた間抜けな顔のまま、目を見開く。


「レオン、貴方自分の事、神様か何かだと勘違いしていない?いい?貴方は人間なの。万能の存在ではないのよ。全てを救おうだなんて、烏滸がましいにも程があるわ」


 敢えて少し厳しい言葉で伝える。


「身内を裁かなければいけないのって、辛い事だと思うわ、苦しい事だと思うわ。そして私は怒っています」


 レオンの顔を見て萎えたと思っていた怒りが再燃する。レオンは急な話題変換に目を瞬かせている。


「どうして、その場に私を呼ばなかったの。私達、夫婦になるんじゃないの?どうして貴方の抱える荷物を一緒に持たせてくれないの!」


 涙が出そうになって、慌てて引っ張っていた頬を離し、レオンから顔が見えないようにしようとする。だけど、それは私の両頬に触れる大きくて優しい手に阻まれた。


「ごめん」


 小さく一言、レオンが謝る。


「ツェリには、僕が両親を裁く所を見て欲しくなかった、冷たい人間と誤解されるんじゃないかって、不安だった。そして何より、両親から愛されない僕を見て欲しくなかった。僕は望まれない子どもだったから。要らないと、化け物だと罵られる惨めな姿を、ツェリに見て欲しくなかったんだ。でも、違ったんだな。ツェリは、そんな僕を隣で支えたかった、そうだろう?」


 コクリ、と頷く。


「僕は、父上を【東の鉱山】、母上を【白の修道院】、アルバートを【雪の一族】の元に向かわせる事に決めた。そして3日後、その事を発表する予定だ。ツェリ、君を連れて行くか悩んでいたのだが、僕の隣にいてくれるか?」


「勿論。そんな大事な場に連れていかなかったら、レオンとの結婚を少し考えていた所ですわ」


「そ、それは危ない所だったな……」


 レオンが少し青ざめた顔で呟く。その後レオンはポツポツと少し言葉に詰まりながらも、国王夫妻と第二王子殿下が犯した罪と、苦しい胸の内を晒してくれた。

 第二王子殿下が今回の私の誘拐事件以外に、女性を強姦していた事を知った時には、恐怖と怒りで身体が震えた。

 人の恋人や婚約者が自分になびくのか、遊びで行っていたという第二王子殿下。最後までなびかなかった女性の事を、無理矢理ものにしたと聞いた時には、あんまりだと思った。第二王子殿下は、最低のクズ野郎だった。


【雪の一族】の事は、非常に興味深かった。レオンが【氷の王】だというのには少し驚いたが、レオンは見た目クールイケメンだから、似合っているかもと思った。


「1度お会いしてみたいわね」


「彼らも喜んでくれると思うぞ。今度会う機会を設けよう」


 レオンはその見た目から味方になってくれる人が少ない。だから、忠誠を誓ってくれるという人の存在は、とても有難い。私以上にそれを思い知っているレオンは【雪の一族】の話をする時の目が、どこか優しい。



「レオン。3日後、私は貴方の隣で、きっと役に立ってみせる」


 屋敷を出ようとするレオンに、私は宣言する。レオンはふわり、と優しく微笑むと。


「頼りにしてる、ツェリ」


 私のおでこにキスを1つ落とし、去っていった。何でだろう、何だか負けた気分だわ。


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