第86話 戴冠式

 3日後。レオンは、国王夫妻と第二王子殿下の罪を全て明らかにし、第一王子である自分が次代の国王になる旨を、国内に大々的に発表した。

 先代国王、レオンのお祖父様が次代国王にレオンを指名していた事と、リュグナー宰相を筆頭にした優秀な官僚達、シェルム騎士団長を筆頭とした優秀な騎士達がレオンの味方をしてくれた事もあり、目に見える程の大規模な混乱はなく、受け入れられたように見えた。

 だけど、私の目から見ても分かる。レオンに反感を持っている者があちらこちらにいるのが。


 今、私とレオンはこの国の貴族達と会議をしている。出席はしているが、私に出来る事は無い。この国では男尊女卑がまだ根深く、まつりごとに女性が口を挟む事など以ての外だからだ。

 では何故ここにいるのか。ぶっちゃけてしまうと、この場の空気を和ませるマスコットの役割を果たす為だ。

『美人に微笑まれて不快になる男などいない』お義父さまがそう断言した通り、私がニコニコと微笑むだけで、貴族の方々はデレッと鼻の下を伸ばしている。


 だけど貴族の方々の反応は真っ二つに割れ、会議は紛糾した。レオンは根気強く言葉を重ね、彼らを説得した。その顔に、次第に疲れが見えていく。私は隣に座るレオンの手を、机の下で握った。痛いくらい握り返されたその手から、諦めは感じられなかった。


 その会議は日を変えて何日も行われ、次第に反対派に属していた貴族の方々も根負けしたといった様子ではあるが、レオンの事を認め始めた。だけどただ1人、レオンの事をただひたすら憎々しげに睨みつけ、最後まで認めようとしない男性がいた。彼の名は、ラインハルト・フォン・ヴォルフ公爵。


 彼とレオンは最後の最後まで、バチバチとやり合っていた。そしてある日、すっかり人がいなくなった会議室にて、レオンが大きなため息と共に呟いた。


「私は、ヴォルフ公爵、其方に認められようと言葉を重ねてきたが、それは間違いだと気が付いた」


「何ですと?」


 ヴォルフ公爵は、その瞳の憎しみをさらに深めてレオンを睨みつける。


「其方が私を認めないのが、私怨によるものだからだよ」


「私怨!今私怨とおっしゃいましたか貴方様は!」


「言ったな。悪いが少し調べさせてもらった。其方の娘の事について」


「おやめ下さい!!」


 今まで、憎しみ込めた目をしながらも、決して感情的になる事なく、ただ冷静にレオンが王になる事のデメリットをあげ、反対していたヴォルフ公爵。彼の内に秘めた激情を見たのは、これが初めてだった。


「安心しろ。この場にいる者は、その事を吹聴したりはせん」


「レオナード殿下は、ご存知だったのですね」


「あぁ。其方の娘が、私の愚かな弟のせいで辿った結末もな」


「そうですか」


 ヴォルフ公爵は、そう言うと疲れた顔を見せた。


「レオナード殿下の仰る通り、私が貴方様を次代国王陛下にしたくないのは、私怨なのでしょう。けれど私は、娘のあの最期の顔を思い出す度、どうしようも無い気持ちになるのですよ。そして私は誓いました、王族を決して許すものか、と」


 明らかに不敬ととれるヴォルフ公爵のその発言に、周りがザワつく。レオンはそのざわめきを片手で制すると、ヴォルフ公爵に告げた。


「許さなくてよい」


「は?」


「ヴォルフ公爵、其方は王族を、私を許すな。そして常に監視するが良い、私が道を踏み外していないかどうか。そして私が道を誤った時、迷う事なく切り捨てよ。この私、レオナード・フォン・ギースベルトが許す」


「貴方様を殺す許可がいただけるのですか?」


「あぁ、私が道を誤った時に限るがな」


「充分です」


「だが忘れるでないぞ。其方が道を誤った時、その権利は永久に剥奪する。私の為でなくとも良い、民の為国の為に励め」


「そのご命令、謹んでお受けいたします。レオナード


 ヴォルフ公爵のその言葉が決め手だった。レオンは貴族達からの承認も得て、正式に国王となった。



 レオンの戴冠式は、先代国王夫妻、そして第二王子殿下の暗いニュースを払拭する意味もあり、盛大に執り行われた。


 王太后陛下に王冠をいただいたレオンは、こうしてギースベルト王国の国王になった。


 伝統的で堅苦しい儀式を終えると、レオンは私をひょいとお姫様抱っこし、これから城下街をパレードのように進む、オープンカーのように上が開いているタイプの馬車まで向かう。


「ちょ、レオン!重いでしょう?降ろしてちょうだい!」


「何度も言っているだろう?この重さが君のいる証だと。だから気にするな」



 馬車に乗り込んでからも凄かった。蕩けるような甘い笑顔で、民衆に注目されているにも関わらず、私に構うことをやめない。

 だけど呪縛から解き放たれたように、晴れやかに笑うレオンを見ると、色々な事がどうでも良くなってくる。


 私達は、互いに繋いだ手をしっかりと握り締めながら、繋いでいない反対の手で、集まる民衆に手を振る。その合間にも、レオンは私の顔中にキスの雨を降らせてくる。ポカンとした民衆の顔が面白くて、私はクスクスと笑いながら、お返しとばかりにレオンにキスを仕掛ける。




 雲ひとつない青空、舞い散る祝福の花びら、驚いた顔をしながらも歓声を上げる民衆、そして隣を見れば愛する人がいて。

 私の思い描く最高の幸せの形が、今ここにある。



「ねぇ、レオン」


「なんだ、ツェリ」


「私、今貴方に伝えたいことがあるのよ」


「奇遇だな、私もだ」


「なら、一緒に言いましょ?いっせーのーで」


「「愛してる」」



 見事にそろったその言葉に、私達は声を上げて笑った。

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