第54話 好みのタイプ

 お義父さまが完全に立ち去ると、3人は揃って深いため息を吐き、崩れ落ちるようにソファーに腰掛けた。


「皆様、大丈夫ですか?」


「えぇ何とか大丈夫……ではないですね。もの凄い美貌でした。暫く目に焼き付いて離れなさそう……」


「分かりますわ、トリシャ様。あの美貌に加えて大人の色気もあって…。正直、同じ場に長時間居るのは危険ですわね」


「ナディアの言うこと分かりますわぁ、何だか頭がポーってなりましたもの〜。それにしても何でツェツィーリエ様は平然としていられますの〜?」


「確かに」


「言われてみればそうですわね」


「……お義父さまですから」


「いいえ〜、違いますわねぇ。私の勘が言っておりますのぉ、それ以外の何かがあると〜!」


 私の言い訳は、レイチェル様にあっさりと見破られた。


「吐いてしまった方が楽でしてよ!ツェツィーリエ様」


「そうですね、私もそう思います」


「いいですわ、折角お友達になったんですもの。言いますわ」


 どんな理由があるのか、期待している3人。

 大した理由ではないんだけどな…内心苦笑しながら言う。


「私【悪食】なのですわ」


「まぁ!」


「驚きました……」


「凄い偶然だわぁ〜」


 ちょっと思ってた反応と違った。

『なんだそんな理由か〜』というガッカリ待ちだったのに、なんか微妙に驚かれている。

 そして…偶然?

 もしかして、3人も【悪食】とか?


「レイチェル様、偶然というのは?」


「実は私たち3人〜、悪食とは少し違うのですけどぉ、殿方の顔はどうでもいいのですわぁ」


「レイチェル、貴女それでは説明不足過ぎましてよ!」


「レイチェル様の説明に補足しますと、私たちは美醜の感覚は普通なのですが、顔の善し悪しは二の次なのです」


 なるほど、顔の善し悪しを重要視していないということね。


「では、3人は何を大切にしていますの?」


「筋肉ですわ〜」


「頭の良さですね」


「私の言葉に腹を立てない寛容さですわね」


 迷いなく答える3人に、私はレオンのデビュタントと同時に候補の文字が取れ、晴れて側近となった3人が思い浮かんだ、いや、でもそれは安易に考えすぎよね。


「でも、いないんです。頭の良い人を見つけても大抵、女は出しゃばるな、小賢しい真似をするな……といった偏見に凝り固まっていますし」


「そうなのよぉ、顔は正直どうでもいいから素敵な筋肉をお持ちの殿方と巡り会いたいのだけど〜、中々これぞ!って方とは会えないのよねぇ」


「私もですわ。貴族のご子息の方は、皆様プライドが高くていらっしゃるから、私の正直な言葉には耐えられないみたいですの」


 そして大きなため息。

 これは、やはりダメ元であの3人の側近たちを紹介するべきなのかもしれない。


「もう本当にぃ、何のためにこの馬鹿みたいな話し方をしているのか分かりませんわぁ〜」


「えっ?その話し方は素ではないのですか?」


 頭の中でどうやって3人と合わせるか、という算段をつけていた私の耳に、衝撃の言葉が入ってきた。


「まさかぁ!こ〜んなワザとらしい話し方ぁ、よっぽどのお馬鹿さんか狙わないとできませんわよぉ?」


「でも、レイチェル。もうその癖抜けなくなってきてるわよね?もうほぼ素じゃなくって?」


「そうなのよぉ、困ったわねぇ」


「……ちょっと待ってくだいまし。レイチェル様は、何故そのように語尾を伸ばす話し方をし始めたのでしょう?」


 何かとんでもない事実が判明した。

 天然だと思っていたのに、まさかの養殖だった!?


「ん〜とぉ、私が筋肉が立派な殿方との婚約を望んでいることはぁ、さっきお話しましたわね〜?」


「えぇ、勿論聞いておりましたわ」


「ツェツィーリエ様はぁ、悪食なのでご存知無いかもしれませんけどぉ、この世界で筋肉は好まれないものなんですの〜」


「そうですわね、初めは驚いたものですわ」


「それでぇ、私ってばぁ、そのぉ……。自分で言うのってやっぱり恥ずかしいわぁ!ナディアちゃ〜ん、後お願いできるぅ?」


「もう、レイチェルったら。仕方ないわね」


 どうやら、レイチェル様からナディア様にバトンタッチするらしい。


「ツェツィーリエ様の前で言うのも何でしょうけど、レイチェルは昔から、凄い美人で通ってきたのですわ。だから、当然自分の家の息子を婚約者に……って声が絶えなかった訳なのです。昔のレイチェルは、今みたいな話し方ではなくて、もっとハキハキとした溌剌とした感じだったのも、好印象だったようですの」


「それは……想像できませんね」


 トリシャ様の呟きに首肯する。


「そうしたら、何を思ったのかある日突然【私は皆から嫌われる女になるわ!】って宣言したと思ったら、今のように語尾を伸ばす話し方を始めたのですわ」


「だってぇ、こんな話し方見るからに馬鹿みたいじゃない〜?目論見通りぃ、ご令嬢たちからは嫌われてぇ、なら殿方もって思ったらぁ〜……」


「更に好かれて求婚ラッシュになったのよね」


 言いにくそうに言葉を切ったレイチェル様を、ナディア様がバッサリと切り捨てる。


「なんでぇ!?って思ったの〜、だってこんな馬鹿みたいな女なのよぉ?私だったら絶対にこんな女とは結婚したくないものぉ」


「まぁ、男は往々にして馬鹿ですからね」


 トリシャ様の発言に、場が少し凍る。

 私は空気を変えようと、質問をレイチェル様にぶつける。


「でも、何で嫌われようと思ったんですの?」


「我儘だとはわかっているのよぉ?でもぉ、好きな殿方と結ばれたいじゃない〜?だから求婚相手から嫌われてぇ、誰ももらってくれる人がいなくなってからぁ、好きな人を探そうと思ったのぉ」


「計画が上手くいって、嫌われてるレイチェルのことを、好きになった人はもらってくれると思うの?って聞いたことはあるんですのよ。そうしたら【この顔で落とすのよぉ】って自信満々に言うのよね、レイチェルってば」


「ちょっとナディアちゃ〜ん!?ツェツィーリエ様の前でぇ、そういうこと言わないでくれるぅ?」


「レイチェル様、ご心配には及びませんわ。私、レオン一筋ですので!」


 邪魔はしないから安心してくれ!の気持ちを込めて微笑むと。


「えぇ〜とぉ?そういうことではないのですぅ〜」


 レイチェル様は乾いた笑みを私に向けた。

 …あれ?


「レイチェル様が言いたいのは、ツェツィーリエ様の前で、以前顔で勝負すると言い放った事を言わないで欲しいということでは?」


「やめてぇ!冷静に分析しないで〜」


「まぁそうよね、どんな美貌を持ってきても、ツェツィーリエ様の前では意味ないわね」


「え、私、そんなにですの……?」


 そこまでとは思わなかった、驚き。

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