第52話 深い愛情
昼休みに迎えに来てくれたレオンは、すっかり仲良くなっている私たちの様子を見て、驚いたようだった。
「ツェリ、僕の言った通り大丈夫だっただろ?」
「悔しいですけど、そうですわね」
3人に生ぬるい目で見送られながら、2人で過ごす昼休み。
レオンは、からかう様な表情を浮かべて、なんだか楽しげだ。
「でもツェリが、弱みを見せてくれたのは嬉しかった。頼られてるのだと、感じた。僕はいつも君に助けられてばかりで、格好良い所なんて見せてないのに」
反論しようとした唇を、人差し指で塞がれた。
「ツェリ、僕の前では弱くたっていい、完璧じゃなくていい。でも、その弱さを他では見せないでくれ」
その切ない瞳の奥に揺らいだ感情を、私は逃さなかった。
「レオン、貴方彼女たちに嫉妬してるのね?」
言い切ると、図星を突かれた時の、レオンの気まずげな顔が。
「あー……、なんでツェリには分かってしまうんだ」
「レオンのこと、ずっと見ていますもの」
「その言葉は狡いぞ。それに、1番格好付けたい人には格好が付かないとか、おかしい!異議を申し立てる」
「私は、レオンのこと充分格好良いと思ってますよ?」
そして、不意打ちのキスを送る。
「やっぱりツェリは反則だと思う、僕は」
「あら、そうですか?」
「もう1回だ」
「え?」
「未来の旦那の言うことだ、聞けるだろう?」
そうやってニヤリと笑うレオン。
む、無理!
平静を装ってるけど、今の1回だけでも大分心臓壊れそうに拍動してるのに、これ以上とか死ぬ!
動揺してアワアワとしている私に、溜飲を下げたのか、レオンは満足そうだ。
「仕方がない、恥ずかしがり屋の未来の奥さんには、僕からしてあげよう」
「え、あの……」
無駄な抵抗と分かっているが、レオンの胸に手を当て突っ張ってみるが、易々と抱き込まれ、私は口付けの嵐にあった。
顔を真っ赤にして帰ってきた私を見た3人の目は、孫をみる祖母のそれだった。
穴があったら入りたい、いや、もう既にある穴探すより、穴掘りたい。
帰りの馬車で、流石にやり過ぎだとレオンに文句を言うと、謝罪とともに見えない耳と尻尾が垂れ下がるのが見えて、あっさり許してしまった。
そして、気付く。
私、チョロくない?
そして帰宅後、お義父さまは私の顔を見るなり。
「俺の言った通りだっただろう?」
「お義父さままで……」
「レオナード殿下にも言われたか?何をそんなに不安がってたのかは知らんが、ご令嬢方の噂は事実とは異なるよ」
「えぇ!お義父さまったら、噂の真相を知っていらしたの?」
「可愛い娘がどんなご令嬢方と一緒になるのか、気になるのは当然の親心だ。調べて当然だろ?」
責めるような目をした私に、お義父さまは悪びれずに言う。
「酷いわ、お義父さまってば。教えて下さってもいいじゃない」
「では、聞くが。ツェツィはあの場で俺が否定したとして、不安が完全に無くなったと思うか?」
「思いませんわ……」
「だろう?それに、噂に惑わされないことは大事だ。ツェツィにはそれを身をもって知って欲しかった」
「お義父さまはいつも正しいですわね」
正論にぐうの音も出ない。
悔しくて、憎まれ口を叩くと。
「そうでもないさ。俺は、1番愛する人に対しては、間違ってばかりだったしな」
瞳に深い愛情を灯して、お義父さまは言うのだ。
「あの、お義父さま。私、噂のご令嬢方とお友達になったんですの。我が家へご招待してもいいかしら?」
「ん?あぁ、構わない。日程が決まったら教えてくれ」
憎まれ口を叩いたことで、お義父さまに言わなくてもいいことを言わせてしまった罪悪感から、私は話題を変える。
まぁ、3人を招待するのは実際に考えていたことでもあるし。
謝っても、お義父さまは『何がだ?』とはぐらかして謝罪を受け入れてはくれない。
お義父さまは私の問いかけに、さっきまで灯していた愛情を幻のように消し去ると、爽やかな笑顔で了承してくれた。
お義父さまは、時に酷く危うい。
その事に気がついたのは、養女になって2年が過ぎた、秋の初めの頃だった。
最初の1年は、お屋敷にきた緊張感とお義父さまとまだ打ち解けられていなかったから気が付かなかったけど。
明らかに、お義父さまがボーっと意識をどこかへ飛ばす事が増えた。
私は心配になって、でもお義父さま本人には直接聞いてはいけない気がして、セバスチャンさんに理由を訊ねてみた。
セバスチャンさんは、簡潔に伝えてくれた。
「この時期は、旦那様が大切な人を亡くされた季節なのです」
脳裏に浮かんだのは、屋敷に着いたその日、案内された部屋で見た美しい女性、クラウディアお養母さま。
そうか、お義父さまの心には、まだお養母さまが色濃く生きているのか。
そして今、お義父さまはもういないお養母さまの姿を探して、思い出と現実世界をさ迷っている、まるで亡者のように。
お義父さまは、1ヶ月ほどぼんやりと過ごし、そしてある日、1日中部屋に籠りっきりになった。
お養母様の命日の日。
外では、紅葉が見事な赤を見せていた。
翌日、お義父さまは今までの事が嘘だったかのように、溌剌とした姿を見せていた。
私は、1ヶ月のことを何も言わなかった、いや違う、何も言えなかった。
お義父さまは、毎年それを繰り返す。
でもそれはきっと、お義父さまがこの世界に生き続けるために必要な儀式のようなもの。
私はただ、見守るしかない。
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