第50話 初登校。

「おはよう、ツェリ。おや、緊張しているのか?」


 朝迎えに来てくれたレオンにすぐ見破られるくらい、私の顔は緊張で強ばっているらしい。


「だって、初めての登校ですのよ?女性同士ちゃんと上手くやっていけるのか不安で不安で……」


「ツェリなら心配ないと思うのだが……」


「お義父さまにも同じことを言われました。でも、不安なものは不安なのです」


 最近王城での仕事が忙しいらしく、朝早く家を出ていったお義父さまにも、『ツェツィ、噂を真に受けるな。ツェツィなら大丈夫、心配ない』と頭を撫でられた。

 ちなみにお義父さまは、前世でいう外交官のような、外国との交流を専門とする仕事に就いている。

 その仕事は、繁忙期と閑散期のように、忙しい時期とそうではない時期が激しいらしく、今は繁忙期にあたる。

『この外見は、外交する上での武器になる。交渉する上で、相手に好感を持たれる方が良いに決まっているからな』

 そう言って悪どい笑みを浮かべた父は、恐らく優秀な外交官なのだと思う。そして、その外交官の仕事と並行して、公爵家の雑務もこなしているのだから、凄いと言わざるを得ない。

 そんな凄いお義父さまにも大丈夫だと言われたのに、いまだに不安になる原因は、多分前世でのぼっちを極めた、いや、極めざるを得なかった学校生活の経験と、心に引っかかっている、とあることの2つだと思うけど、それを言う訳にもいかないし。


「ツェリは大丈夫だ、僕が保証する」


「本当ですか?」


「あぁ」


 馬車に乗ってからも、まだ緊張している私に、レオンは心強い言葉をくれた。


「では、レオンを信じますわね」


「やっと笑ったな、ツェリはやはり笑顔が美しい」


 真顔でそんな事を言うものだから、私は思わず赤面する。

 そんなピンク色の雰囲気の中、【聖ステラ学園】に到着した。

 レオンのエスコートで馬車を降り、正門を潜るとすぐに、3人の女の子が近付いてきた。

 え、何、早速のおでまし!?

 待って!私まだ心の準備が……!

 戦々恐々とする私に、女の子たちは美しいカーテシーを披露して。


「お初にお目にかかります、レオナード殿下、ツェツィーリエ・フォン・シュタイン公爵令嬢。私はナディア・フォン・ニクラスと申します」


 まず、中央にいた茶色の目と髪の女の子ーナディア・フォン・ニクラス侯爵令嬢ーが挨拶をしてくれた。

 続いて右のグレーの髪に青みがかったグレーの目の女の子ーレイチェル・フォン・マルティン伯爵令嬢ーが、最後に亜麻色髪とオレンジの目の女の子ートリシャ・フォン・ハイネ男爵令嬢ーがそれぞれ挨拶をしてくれた。


 3人ともレオンには若干強ばった表情を浮かべ、顔を見ているのかどうか不安になる、焦点の合わない目をしていたのだが、何故か私の挨拶の段になると、満面の笑みというのはこのことか、とつい思ってしまう程のニッコニコの笑顔を向けてきた。

 その落差が凄く気になるわ…。


「ニクラス侯爵令嬢、マルティン伯爵令嬢、ハイネ男爵令嬢、はじめまして。ご令嬢方は、確かツェリと同じ班だったか?仲良くしてやってくれ」


「はっ、はい!勿論ですわ!」


 呆然としていた私も、レオンの言葉にハッとなり、考え事を打ち切ると慌てて挨拶をする。


「ニクラス侯爵令嬢、マルティン伯爵令嬢、ハイネ男爵令嬢、ご機嫌よう。ツェツィーリエ・フォン・シュタインですわ。どうぞ、ツェツィーリエとお呼び下さいませ」


 最後の一言は、物凄い勇気を出して言ってみた。

 だ、大丈夫かな?

 急に馴れ馴れしいとか思われてない?

 いやでも、これから付き合っていくんだし。


「ありがとうございます!ツェツィーリエ様!私達のことも、名前でお呼びくださると嬉しいですわ!」


 良かった、大丈夫だった。

 大丈夫どころか、こちらが名前呼びをしても良いくらいの好印象らしい。

 輝かんばかりの女の子たちの笑顔を見せられて、意味もなく照れる。


「ツェリ、今は私がいる所だったから許すけど。そんな可愛い顔を私のいない所ではしないでくれ……」


 少し疲れたレオンの声と、それに激しく同意を示す3人のご令嬢。この短い間で慣れたのか、レオンの顔をしっかり見ている。順応力高いな。

 しかし可愛い顔と言われても、個人的にはまだどの表情が可愛くて、どの表情が美しいとか細かな違いは分かっていない。

 何が違うの?と正直に言えば思う。

 だが、どうやら今浮かべていた(と思われる)照れ笑いは、レオンとしては可愛い表情だったらしい、覚えておかねば。


 表情を出す度に何か言われるのなら、ずっと無表情でいれば良いと思うだろう。

 実際私もそう思って、無表情の練習をした事があるのだが『そんな凛とした美しさを見せて、どうしたのか?』と聞かれてしまい、私の計画は頓挫した。

 だから、私は自分の表情が周囲に与える影響の分析をするようにしている。

 ただ、実際分析できたとして、それが実際に活用出来るのかどうかは、私にも分からない。


「では、ツェリ。ご令嬢方も一緒にいてくれるようだし、私はここで失礼するよ。また昼に迎えに来る」


 教室だと思われる(前世の私の記憶がこんな豪華な教室はないと言っている)部屋に着いた所で、レオンはそう言って、私の額に一つキスを落とした。


「お待ちしております……」


 熱くなった頬、きっと真っ赤になっているであろう顔を、俯き気味に隠して、何とかそれだけを振り絞って、見送る。


 ちなみに『彼女たちもいるし、正門からは1人で大丈夫では?』と言った私に、レオンは『何処にアルバートがいるか分からないから、女性だけでは危ない…というのはまぁ建前で、ツェリと一緒にいる時間を少しでも長くしたいという私の我儘に付き合ってはもらえないか?』と、ズルい、の一言しか言えないような台詞で返してきた。


「あの!ツェツィーリエ様。授業が始まるまで少し時間がありますし、お話でもいかがですか?」


「えぇ、トリシャ様。是非」


 そうして私たちは、授業が始まるまでの少しの間、話をすることにした。

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