第49話 再会

 今日は、レオンに誘われてルードルフの剣の稽古の訓練の見学に行くことに。

 お義父さまにその事を伝えると、何故かニヤリと笑って『楽しんでこい』と言われた。

 不思議に思ったが、お義父さまが謎な事は割とよくあるので、特に気にも止めなかった。


 そして訪れた離宮。

 第二王子殿下は、この世界で醜いとされる人たちが集まる離宮の事を毛嫌いしていて、ここには寄り付かないらしいので、ここが一番の安全地帯である。

 最も、デビュタントの日からベールで顔を隠すことを止めた私は、常に危険に晒されているらしいのだけど。


 そして、リュグナー宰相やレイヤード侯爵の協力もあり、今のところ第二王子殿下との接触は避けられている。

 レオンに『あの2人が守っているんだ、彼らの支配下である王城でアルバートと会うことはまずないと考えていい。ただ、学園にまではその手は及ばない。くれぐれも気をつけてくれ』と注意もされた。


 離宮でレオンと合流した後、訓練場に一緒に向かった。

 訓練場に着く前に、既に鉄と鉄の反発し合うような、キィン、という澄んだ高い音が聞こえてくる。

 十数人の人たちが、次から次へと、1人の背の高い明るい金髪の男の人に剣で叩きのめされていく。

 その男の人は、圧倒的なまでに強かった。

 でも、何だろう、どこかで見た事のある背中、懐かしいような、背中。


 ……嘘でしょ?

 そんな、まさか………。

 信じられない思いで隣にいるレオンを見つめると、笑顔で頷くから。

 私は泣きそうな声で、向こうに見える背の高い男の人を呼ぶ。


「ぱぱ……」


 バッ!


 小さな声だったのに、父は気付いてくれた。

 目を大きく見開いて、口までポカンと開けて、驚いている父。

 だけど瞬時に表情を真面目な物に切り替えると。


「休憩だ!1時間休憩!各自何故自分が負けたのか、分析しておくように!」


 と声を張り上げ、こちらにダッシュで向かってきた。

 それも驚くべき速さで。


「ヴィダ、私とツェリはあそこの東屋まで行くので、護衛を頼む」


「はっ!お任せ下さい」


『ツェツィは可愛いね〜』と言うぽややんとした、家でののんびりとした姿しか知らない私は、キリリとして仕事が出来ます!といった雰囲気の父に正直驚いている。

 でも、レオンだって私の前では甘えたなのに、普段の姿はデキる男そのものだから、男の人ってそういうものなのかも知れない、と思った。


 東屋に着くと、レオンは父にも椅子に座るように言った。

 断った父だが『命令だ』とレオンに言われ、渋々といった形で席に着いた。


「さて、2人に言っておこう。今からここで話すことは、一切の他言無用とする。つまり、ここで何を話しても、他には漏れないということだ」


「ありがとうございます、レオン」


「レオナード殿下……」


 私と父は、血の繋がりはあれど、既に他人になっている。

 そして私は貴族令嬢で、父は元貴族と言えども、今は平民。

 私と父が気軽に話すには、身分が違いすぎた。

 以前のように話せば、不敬だと父が罰せられる可能性すらある。

 だからレオンは、私たち親子が親子として気兼ねなく話せる口実を作ってくれた。

 レオンには感謝の気持ちしかない。


「ぱぱ、元気にしてた?」


 父を前に、自然と幼くなる口調。


「そうだね……ツェツィが僕たちの元を去ってしばらくは、僕もクリスも沈んでいたんだけど。ある日フィルから、ツェツィが書いたっていう手紙が届いてね。『ツィーは元気なので、ぱぱとままとヨシュアも元気でいなきゃだめ!』っていう、僕たちの状況を見ているかのような手紙だった。習い立ての文字で、一生懸命書いてあってね。それを見て僕たちは、しっかりしなきゃと思った。それからは、毎週必ず1通届く手紙を大切にしながら、元気にやってきたよ」


 手紙を書いた時のこと、よく覚えている。

 まだお義父さまとも今程親しくなくて、ホームシックにかかっていた。

 でも、『帰りたい』なんて書いてしまったら、両親をただ心配させるだけだと分かっていたから、少しの嘘と両親を気遣う言葉を書いて送ったのだ。

 すぐに返ってきた手紙は、パンパンの封筒に入った驚く程の長文で、私は両親の愛情を沢山感じて、本当に元気になったのだ。

 あの時、あの手紙を出して良かった。


「いつから、ここに剣を教えに来てたの?」


「もうすぐ2ヶ月になるかな?突然フィルから手紙が届いてね。『ツェツィを守るために力を貸して欲しい』って。僕たちはすぐに決断して、王都に来たんだ」


「お義父さまは知っていたのね」


「そうだね。でも責めないでやってくれよ。僕がお願いしたんだ。『ツェツィの邪魔にはなりたくないから、色々と落ち着いてから知らせて欲しい』って」


「そうだったの……」


「また会えて嬉しいよ、ツェツィ。綺麗になったね」


「ぱぱ……」


「それに、レオナード殿下とも仲良くやっているんだろう?フィルから聞いたよ」


「ぱぱは、反対したりしないの?」


「どうして?レオナード殿下は素敵な男性だと思うよ。反対する理由がない。まぁ、父親としては複雑な気持ちだけど。でもそれは、どんな相手でも変わらないからね」


 そう言って苦笑いする父。

 反対されたらどうしようと、思っていた。

 レオンは本当にいい男だと思うけど、残念ながら外見だけはこの世界では受け入れ難い外見となっている。

 それを理由に、反対されたらどうしようって。

 父はそんな事を言わないと信じていても、一度感じた不安は中々拭えなかった。


「大丈夫だよ、ツェツィ。そんな不安そうな顔をしなくても、見た目を理由に反対なんかしない。そもそも僕だって、そんな誇れる見た目はしていないし。それに、ツェツィが昔言ったんだよ?『パパとママが幸せなら、ツィーも醜い人と結婚しても、きっと幸せ!』って。覚えてる?」


「覚えてるわ……」


 涙腺が決壊した。

 私の不安を否定してくれる父の言葉に、幼い頃の言葉をきちんと覚えていてくれるその愛に。


「ツェツィが幸せになるのを、反対する僕じゃないよ?そしてきっと、クリスもヨシュアも同じ気持ちだ」


「ありがとう、ぱぱ……」


「どういたしまして」


 私の涙を優しく拭って、父は笑った。


「あぁ、そろそろ時間なので私は行きます。レオナード殿下、どうもありがとうございました」


「今度、ツェリが来る日。私はヴィダに事前に知らせを向かわせる。そして、ツェリに会うことに緊張したヴィダは、当日弁当を忘れて、仕方なく奥方に持ってきてもらうことになるな。急な事だから、その時にご子息が一緒に来るのも仕方がないことだ」


 意図を理解した父の目が見開かれていく。

 私も、思わず声を出しそうになって、口を手で押さえる。

 父だけじゃなくて、母とヨシュアにも会わせてくれるの……?


「本当に、本当にありがとうございます。レオナード殿下」


「何の事だか分からないな、私は今後の予定を話しただけだ」


 深く頭を下げる父に、下手くそな誤魔化し方をするレオン。

 自分でも誤魔化し方がマズいと思っているのか、頬を気まずげにポリポリと掻いている。



「ねぇレオン、ありがとう。大好きよ」


 遠ざかっていく父の背中を見ながら、隣に座るレオンに呟く。


「いいや、僕の方が好きだな」


「もう、レオンったら」


 大人気なく張り合ってくるレオンに、声を上げて笑う。


 そして、これから私はレオンの計らいにより、月に数回、家族と会えることになるのだった。

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