第48話 心 side レオナード
デビュタントの会場にいた筈なのに、気がつくと離宮にあるいつものソファーで、ツェリに膝枕をされていた。
「ツェリ……?」
「あら、ようやくお戻りですか?」
クスクスと笑うツェリに、あれは夢じゃなかったのか……と、ぼんやりと思う。
間近に迫ったツェリの美しい顔、触れた唇。
「何故、あんな事を……?貴族の世界では貞淑が尊ばれる。公の場であんな事をしてしまったからには、もう僕としか結婚できないぞ?」
「望む所ですわ。私はレオンとしか結婚するつもりがありませんから、都合が良いのです」
「僕を、思ってだろう……?僕が、傷ついたのを感じたからだろう?」
ツェリは少しの間考えると。
「レオンが傷ついたことが関係ないと言うと、嘘になります。でもそれは、哀れんだからとかではなくて。逆に私、少し怒ってるんですよ?傷つくことを言われたので、仕方がないとはいえ、私の愛を疑うのですか!と」
「そんなつもりは全くないが……」
「知っています。でも、私のレオンへの愛を、周囲の人に見せつけたくなる衝動に駆られてしまったのです。そして私は、それを抑えることをしませんでした」
「僕は、凄く愛されているのだな……」
「今頃お気付きになったのですか?でも、もう返品は不可能ですからね!嫌だと言われても、付きまとって最後までお傍にいますわ!」
そんな事を言う彼女だが、僕と違って、きっと彼女はそんな事になったなら、僕の幸せを願って身を引くのだろう。
「ツェリこそ、覚悟はしているのか?僕は最後まで、なんて甘いことは言わない。死んだ後もずっと離さないつもりでいるからな」
「死んだ後でも、ですか?」
キョトンとした顔をするツェリに、一瞬この重い愛を告げていいものか悩むが、ツェリなら応えてくれる気がした。
「あぁ、そこが天国でも地獄でも、違う世界だったとしても関係ない。永遠に一緒だ。」
「違う世界でも……。ふふっ、私、魂の伴侶を得たのですね」
「魂の伴侶か、いい言葉だな」
やはり、受け入れてくれた。
それから少しの沈黙がおりて。
「ツェリ、今夜のことでアルバートに目を付けられたのは間違いないだろう」
「えぇ、そうですね」
「学園には、私も通う。とは言っても、行き帰りと昼食しか共にできないが」
「レオンと学園生活気分を味わえるのは素敵ですわね!」
「そうだな」
「……早く結婚したいですね」
「驚いた。同じことを言おうとしていたから、心を読まれたのかと思ったぞ」
僕は体を起こすと、素早くツェリを膝の上に抱え込んだ。甘やかされるのも好きだが、ツェリを甘やかすことも好きだ。
サラサラとした黒髪を手で梳く。手のひらに触れる、艶やかで軽い感触が心地良い。
「ツェリ」
「なんですか?レオン」
「ありがとう。君は、僕の心を救ってくれた」
「どういたしまして。私が救ったというレオンの心は、きっと美しいのでしょうね……」
僕のことを美しいと言うのは、言葉を紡ぐその唇の形まで、計算され尽くしたかのような圧倒的な美貌の持ち主。
今なら、聞けるかもしれない。
「ツェリ。ずっと、聞きたいことがあったんだ。僕の目に君はこの上なく美しく映っている。でも【悪食】の君の目には?自分の姿はどう映っている?」
僕の問いに、ツェリが目を見開いていくいつもは僅かにしか見えない黒色が、ハッキリと分かる程。思わず、魅入られてしまいそうになる。
ツェリは、驚きの表情でしばらく固まると、ふっ、と息を吐き出し、笑った。
「先程、レオンは私に心を救われたと言ったでしょう?でもそれは、私も同じ。私の心も、同じようにレオンに救われているのよ。私の目には、美しいものは醜く、醜いものは美しく見えるの、あべこべね。だから私は、自分の姿を美しいと思えない」
「ツェリは美しい、それもこの上なく」
「ありがとう、レオン。でも、やっぱり私の目には美しく見えなかったのよ、今日までは」
「どういうことだ?」
「自分の姿、あまり好きでは無かったから、今日久しぶりに鏡を見たの。やっぱりまだ美しいとは思えないのだけど、悪くないって、初めてそう思えたのよ。何でだと思う?」
「段々と【悪食】が治ってきている……?」
自身の恐ろしい想像に、きっと今僕の顔は真っ青だ。
「違うわ。【悪食】はきっと一生治らない。悪くないって思えた理由はね、貴方よ、レオン」
「僕……?」
「えぇ。ここからは、私の想像になるのだけれど、私は自分の姿が好きではなかったから、きっと自信がなかったの。でもね、レオンに身も心も丸々全部愛されて、愛されていると実感して、きっと知らず知らずのうちに自信がついたのね。だから、自分のこの姿も、悪くないって思えた」
そう語るツェリがあまりに愛おしくて、僕はツェリを離さないとばかりに抱きしめた。
「レオン、貴方の愛が私の心を救ったのよ。私たち、お互いに救い合ったのね、素敵なことだと思わない?」
「思う…………早く結婚したい」
そう言って唸る僕に、ツェリはまた綺麗に笑うから、僕はまた、彼女に捧げる愛を深めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます