第46話 脳みそフル回転

 レオンのエスコートで馬車を降りると、何故か周囲は静かだった。

 え、場所間違えた?ひょっとしてレオンへの嫌がらせ!?

 悟られないように目線だけで周囲を窺うが、あれ、ちゃんといるな…。でも何か、皆目がギラギラしてて、全身にゾワゾワした物が走る。えぇー、なにこれ、意味無く気持ち悪い。


「ツェツィ、大丈夫か?」


「大丈夫ですわ」


 レオンが私を気遣う言葉をくれる。顔には出さないように気をつけていたのに。

 それだけで、周囲の目や謎の気持ち悪さは霧散した。

 そして多分、無意識に微笑んでいた。しばらくして、ザワザワとした喧騒が戻ってくる。


「無理はするなよ?無理だと思った瞬間に言ってくれ、すぐ帰ろう」


「分かりました。心配性ですわね、レオン様は」


 お互いの呼び名が【ツェツィ】【レオン様】になっているのは、レオンが『他の男にツェリと呼ばせるのが嫌だから、デビュタントの時にはツェツィと呼ぶ』と独占欲を見せ、その癖『私の名前を愛称で呼びたがる奴などいないし、仲の良さアピールの為にもツェリはそのままでいい』と言い張ったからだ。

 流石に大勢の前で王族を呼び捨てにはできないので、様付けは許してもらった。


「では行こうか、ツェツィ」


「はい、レオン様」


 そうして足を踏み入れたパーティー会場。

 うわー、すっごい華やか!

 キョロキョロと当たりを見回したい気持ちをグッと押え、目線だけで周囲を探る。

 何故か、レオンと私の周りだけ、一定範囲ポッカリと人が居なかった。すっごい遠巻きにされている。


 しばらくして、国王夫妻の登場を知らせるトランペットが鳴り響く。

 頭を垂れ、静かに訪れを待つ。


「面をあげよ」


 威厳ある陛下の声にゆっくりと顔を上げていく…と。ハンプティダンプティのような陛下と目が合ってしまった。

 会場にはこんなに人がいるのに何故?

 あ、そういえば、私の顔に傷があると思ってるのにベールを外して来いって命令したの陛下だ。なるほど、傷がある顔を見てやろうってか。

 これ、顔に傷のない私だからいいけど、本当に顔に傷があるご令嬢だとトラウマになったんじゃないだろうか。最低だな。


 最低の評価を私の中で付けられた陛下は、私の顔を見ると、ニヤニヤしたような顔から、驚きの顔、そして怒りを抑えた顔に変わっていった。

 ざまぁみろ。

 隣に座る正妃陛下は、顔を扇子で隠しながら、こちらを鋭い眼光で睨めつけている。笑顔忘れるのは正妃として失格でしょうと、私は先程から挑発するかのように、薄く笑みを顔にのせている。


 そんな静かな闘いを終え、いざパーティーが始まることになった瞬間、その場に馬鹿みたいに大きな声が響き渡った。


「兄上!!!」


「なんだ、アルバート」


「なんだ、ではありません!そのご令嬢は誰ですか!!」


 ちょっと声のボリューム抑えてくれないかな?五月蝿すぎて、耳がキーンとする。


「誰、とは不思議なことを聞く。彼女は私の婚約者のシュタイン公爵家のご令嬢、ツェツィーリエだ」


「嘘です!!!」


「嘘なものか。それよりアルバート、声を少し落とせ。王族として恥ずかしい振る舞いだぞ」


「兄上にそんな事を言われる筋合いはありませんね!!!」


 この人が第二王子殿下かぁ。初めてお会いしたけど、想像の3倍は酷いな。

 薄墨の髪を短く刈り上げて、小さな目の色は深い緑、ぺちゃんと潰れた鼻に、目を押し潰す程の頬。体型は、転がった方が早いのではないかと思うくらいの丸さを帯びた体型。

 なるほど、この世界では確かにイケメンなのかも?だが、挨拶もなしに大声で一方的に実の兄を責めるその姿は、はっきり言ってナシだ。

 しかも、15歳未満がパートナーの役割以外で参加する場合、面倒な手続きをいくつもしなくてはならないのだけど、この人はしたのね…呆れる。


「アルバート、彼女は私の婚約者で間違いない。第一、違ったとしてそれがお前に何の関係がある?」


「関係ありますとも!兄上は王族の恥さらしですからね!!これ以上王族の名を汚さないで欲しいのですよ!!!」


 私この人、生理的に無理だ。まぁでも、人と思うから許せないだけ。

 ミドリムシ、そうこの人はちょっと話せるミドリムシ。単細胞だから考えが足りなくても仕方ないわね。

 よし行こう。


 私は、レオンの影に隠れるように後ろにいたのを横に移動して、第二王子殿下からもよく見えるようにした。手は、しっかりとレオンの腕に絡めて。

 そして、ニッコリと微笑んで見せる。


「やはり!やはりこのご令嬢は婚約者ではないのですね!!」


「何故だ」


「兄上の婚約者のご令嬢は、顔に傷のある瞳の色が薄い不細工だからですよ!兄上にお似合いのね!!間違っても、こんな美しい人じゃない!」


 一通り叫んだ後、私に向かって。


「あぁ、繊細なぬばたまの黒髪に、夜闇を閉じ込めたような瞳、白雪の肌の美しい人。怖かったでしょう、ですがもう大丈夫ですよ、私がついておりますからね」


 甘い声でそう囁かれた。普通の声量出せるなら、最初から出せや。

 褒め言葉のレパートリーが多くて、なんか熟れてる感じがちょっと気持ち悪いけど、隣で私を褒める言葉の手数が負けたと感じて、少し悔しそうな顔をしているレオンが見れたから、プラマイゼロとする。

 まぁ、流石の私も単細胞生物のミドリムシにはときめく事はできないので。


 しかし、私があまりにも無を出しすぎたのか、第二王子殿下は狼狽えている。きっと、今まで口説いた女性で落とせなかった人はいないのだろう、賭けてもいい。

 あー、でもそうなると対応しくじってしまったかも。こういう場合、大抵つれない反応をする女性を落とそうと、躍起になって男の方が恋に落ちるのが王道パターンだから。

 キーワードは【面白い女】この言葉、またはそれに准ずる言葉を言われたらアウトだぞ、私。否応なく関わりたくもない恋愛模様に巻き込まれるに違いない。

 少女漫画の読みすぎって?

 …知ってる。


「兄上!どうやってこの美しい人を洗脳したのですか!!言っておきますが、犯罪ですよ!?」


 違ったわー。

 思ってたのとは違う感じできたけど、危険度レベルは上がった。自分の見たいもの信じたいものしか理解出来ずに、こっちからの言葉は通じない系のヤバい奴だってことが判明したからね。

 そして、私も限界。

 ミドリムシだとしてもこれは酷い!いや、ミドリムシ何だかんだ栄養価高いし、光合成出来るし。

 それに比べて第二王子殿下は…。

 一瞬でも例えてしまってごめんね、ミドリムシ!

 さてさて、どうしたものか。

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