第36話 破滅の美貌

 側近候補の3人を紹介された後。

 明らかに敬語を使い慣れていないルードルフが非常に話しにくそうだったので、普段通りに話してもらうことにした。

 聞けば、他に人がいない時には、3人とレオンは敬語無しで話をしているらしいし。


「しかし、ツェツィーリエ様がここまでの美貌の持ち主だとは思いもしませんでした」


「そうだねぇ、ぼくもそれなりに人を見てきたと思うけど、この美は圧倒的だ」


「姫さんが美人なのは間違いないな」


 代わる代わる褒めてくれる、リーフェルト、クローヴィア、ルードルフの3人。

 3人の名前に様付けをしようとする私に、それだけは勘弁してくれ、と必死に止めてきた彼ら。結局、私は3人を呼び捨て、3人は私を名前に様付けで呼ぶことで落ち着いた。


 そして今、私は3人に褒め殺しされている。嬉しいけど、とんだ羞恥プレイ!

 しかし、美しいと褒めてはくれるものの、3人の目に熱を帯びた感情はない。レオンの目に宿るような、ハチミツのようなどろっとしたあまい感情は。

 私は密かにホッとした。美人だという自覚は薄いが、私の顔は人を狂わせることがあるというのを、確かに知っているから。


 1年前、お義父さまに詳細に語られた、私のこの顔のせいで、身を破滅させた人たちのこと。

 庭師のお爺さんのお弟子さん、屋敷に出入りしていた宝石商、護衛として雇われた青年……。

 私を手に入れようと、犯罪に手を染めてしまった人たち。私に出会わなければ、きっと真っ当に生きていけた人たち。


「ツェツィ、お前は悪くない。その事に間違いはない。だがその美貌が、人の理性を破壊する危うさを持っていることもまた、事実だ。彼らが犯罪に手を染めたのは、弱かったからだ。己の欲に負けたからだ。ツェツィのせいでは決してない。ただ、ツェツィには覚えておいて欲しい。犯罪に手を染めてでも、ツェツィが欲しいという人間がいることを。ツェツィが顔を見せることで、ツェツィに危険が及ぶ可能性が増えることを」


 涙を流す私を慰めながらも、ベールを上げることの危険性について説いたお義父さま。

 私は、犯罪に手を染めた彼らの顔すら覚えていなかった。

 自分の顔に無自覚で不注意だった私。うっかりベールを付けるのを忘れていたとか、暑かったからベールを上げていたとか、きっとそんな些細な理由で顔を隠していなかった。

 たまたまその時に、私の素顔を見た彼らは、道を踏み外してしまったのだろう。

 全ての人がそうなる訳ではないと知っている。でも、私が顔を隠してさえいれば、彼らを犯罪者にはしなかった。

 深い後悔と共に、私は、お義父さまとレオンに許可される時以外、ベールを外さないことを固く胸に誓った。


 だから正直、側近候補の3人を紹介される時、ベールを上げろと言われ、内心怖かった。でも、レオンが信じた人たちだし、私も信じようと思ったのだ。

 私の判断は、間違っていなかったようだ。和やかにお茶を楽しむ4人の姿を見て、思った。

 安堵する私の耳に、直後レオンの思わぬ言葉が飛び込んでくる。


「しかし、お前たちがツェリに惚れなくて本当に良かった。信じてはいたが、内心ヒヤヒヤしていたぞ」


「そうですね、確かに。ツェツィーリエ様の美しさは、うっかり道を踏み外しかねない程ですから。ですが、私にはクローヴの方がよっぽど魅力的に感じますので!」


「え”」


 レオンも不安に思ってたんだ、と知った直後、リーフェルトさんのとんでも発言に変な声が出た。


「ちょっと、リーフ!誤解を招くような発言やめてよ!君が魅力を感じてるのはぼくの持つ知識にだけだろ!?」


「何を言っているのですか、クローヴ!貴方は私の知らない知識をこれでもかと持っているのです、素晴らしいじゃないですか!」


 え、何これ?

『どうせ知識目当てなんでしょ』と拗ねる彼女に『知識が好きで何が悪い!』と開き直る彼氏の痴話喧嘩に見えてきたぞ?あ、え、2人ってそういう関係なの?


「安心しろ、アイツらは書庫とその利用者、それだけの関係だ」


 レオンの言葉に、益々謎が深まった。書庫?利用者?


「姫さん、リーフとクローヴはただ仲がいいだけだ……です。他とちょっと違ぇのは、リーフが知識欲の変態で、クローヴがその知識欲を満足させられるってだけで」


「分かりやすい説明ありがとう、ルードルフ。理解したわ」


「役に立てたならいい……です」


 ルードルフの説明のおかげで、私はなんとか少し理解できた。

 普段通りでいいと言っているのに『姫さんみたいな綺麗な人に、汚ぇ言葉遣いで話し続けんのは俺にはやっぱ無理だ…です。』と謎の遠慮を見せ、彼なりの最大限の敬語を使って話してくれているルードルフ。なんだかちょっといじらしい。


 普段通りの言葉遣いでいいと言った途端にアッサリと『あ、じゃあそうさせてもらうー!』と言い放ったクローヴィアや『敬語は癖ですので…』と敬語自体は使っているのに、リラックスしている雰囲気のリーフェルト。

 心臓に毛が生えているのは、粗野な雰囲気のルードルフではなく、きっと2人の方だろう。


 そういえば。


「3人は、どうしてレオンの側近候補に名乗りを挙げたのですか?」

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