第27話 愛称。

 殿下に私のことを信じてもらってからの私の行動はというと。気が変わらないうちに……!と、急いで婚約に関する書類を殿下に書かせ、当然私も書いた。


 そして、会話をしていて気がついた。殿下ってば、一人称【僕】になってる!

 え、可愛くない?筋肉はついているものの、まだ線の細い美少年が【僕】って!そしてなにより【私】よりも【僕】の方が、殿下の素に近い気がする!

 そのことを指摘すると、頬を真っ赤にする彼を見て、私は思った。


 今なら私のお願いを聞いてくれるのでは?


 愛称呼びをしたいという私のお願いを!

 いや、だってレオナード殿下って他人行儀だし、長いのよ。こう、呼び名も距離もグッと近づけたい私の乙女心を、どうかわかって欲しい。


 ツェツィと呼んで欲しい、という私のお願いを突っぱねた殿下に、浮かれすぎてバチが当たったのだと、悲しくなる私。だが、次の『僕だけの愛称が欲しい』という言葉に、心臓を撃ち抜かれて殺されそうになった。

 トキメキ過剰注意報発令です!!!


 そして、私はツェリと呼ばれることになった。

 以前よりも甘さを増した声音とか、独占欲を感じさせる言葉に、私はキュンキュンしっぱなしだった。


「レオナード殿下は、皆様から何と呼ばれていますの?」


「僕のことを愛称で呼ぶ者などいないが、レオ、だと在り来りだな……」


「では、レオン様、などどうでしょう?」


「レオン…か。分かった、ではそれが僕が君だけに許す呼び名だ」


 悲しい境遇を仄めかしながら、レオン様の呼び名も決まった。

 嬉しくなって、早速呼びかけてみる。


「レオン様」


「レオン、だ。敬称は要らない」


 まさかの呼び捨て希望だった。


「ですが、王族の方にそんな真似は……」


「王族の前に、僕は君の婚約者だろう?結婚して家族になってくれるというのは、嘘だったのか?」


 はい、私の負けー!切なそうにまつ毛を震わせながらそんなこと言われたら、白旗上げての全面降伏です!


「分かりましたわ、レオン」


「愛称で呼び合うのは、特別な感じがして良いものだな」


 そう言って微笑みあった。



 コンコン



 ノックの音と同時に、お義父さまが名乗る。入室してきたお義父さまは、私たち2人の姿を見るなり、ふぅん、と片方の口の端を釣り上げて笑った。


 あぁぁぁ、恥ずかしい!身内にこの姿を見られるのって、死ぬほど恥ずかしい!


 私は、『夢じゃないと思わせて欲しい』というレオンの甘えるような言葉に逆らえずに、今、彼の膝の上に乗っている。

『重いですよね?』と膝に乗ってすぐに降りようとする私に『存在を実感できてとても良い』と頑なに膝の上から私を降ろそうとしないレオン。重いのを否定されなかった事にちょっと傷付いたが、この世界で重いことはむしろ好まれるということを思い出して、自分を宥める。


「娘と上手くいったようで、何よりです。レオナード殿下」


「あぁ。フィリップスとツェリには感謝する」


 ツェリ…?と不思議そうな顔をするお義父さまだが、空気の読めるお義父さまは、突っ込んで聞いたりはしなかった。


「婚約に関する書類ですが、私の方で出しておきましょう」


「いいのか?父上に何か言われるかも知れないぞ?」


「えぇ、そこはいくらでもやりようがありますから」



 そうして、黒い笑みを浮かべるお義父さまに、私たちは書類を託すことにするのだった。

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