第17話 婚約者。
レオナード殿下との衝立越しの奇妙なお茶会は、その後も定期的に続いていた。
殿下は、豊富な知識もそれを生かすための頭脳もあるのに、人の感情の機微に疎いところがあった。それは、彼が今まで顧みられなかった証のように感じて、私の心に暗い影を落とした。
殿下は、寂しいと言うことを知らない人だった。いや、ずっと寂しかったのに、それを寂しいという感情だと知らなかったのだ。
それが、彼にとっての当たり前だったから。
「そうか、私は寂しいのか……」
ポツリとそう零した彼を、迷子になった幼子のように感じた私。
抱き締めて、もう大丈夫だよ、と言ってあげたい。そんな思いを抱いてからは、もう駄目だった。
坂を転がるかのように、恋に落ちた。
恋を自覚してからは、彼をより感じたいと、衝立の向こうに意識を集中させた。
喉を鳴らすようにクツクツと笑う笑い方、理解できない時に言われた言葉を繰り返す癖、考えに没頭すると唐突に無言になるところ、そして、綺麗なソプラノの声が、私の名前を呼ぶ時にほんの少しだけ、震えること。
その全てが愛しく感じた。
特に私の名前を呼ぶ時の、少しの震えに甘さを感じるような気がして、殿下に名前を呼ばれることが大好きになった。目を瞑ると、甘く震えるその声が一層近く感じられ、まるで耳元で囁かれているような気分になった。
そんな、もどかしい様な、でも幸せな衝立越しのお茶会を始めてから、1年が経つ頃。
お義父さまが、朝食の席で私に訊ねた。
「ツェツィ、レオナード殿下の婚約者になるつもりはないか?」
「……え?」
最初、私の密かに暖めてきた気持ちがバレたのかと思った。だが、お義父さまの苦渋に満ちた表情から、どうもそうではなさそうだと察する。
「レオナード殿下は、王がなんたるかを理解した上で、それでも覚悟を持ってその道を歩まんとする、高潔なお方だ。ツェツィも知ってるな?」
「えぇ」
「俺は、この国の王に相応しいお方は、レオナード殿下を置いて、他にいないと思っている」
「第二王子殿下を存じ上げないので明言は避けますが、レオナード殿下よりも王に相応しい資質をお持ちである、というのは中々難しいことだというのは充分承知しております」
「第二王子殿下は論外だ」
「まぁ……」
お義父さまは、自分にも他人にも厳しいが、突き放すようなことは滅多にしないので、第二王子殿下がどれだけ酷いのかが窺えて少し顔が引き攣る。
「だが、第一王子殿下が廃嫡される可能性が出てきた」
「なんですって!」
「落ち着け、ツェツィ」
思わず立ち上がって大声を上げた私を、お義父さまが手で制す。
「申し訳ありません」
「いや、動揺するのも分かる。第一王子殿下の婚約者が見つからないから廃嫡なんてな……」
「私、レオナード殿下の婚約者になってみせますわ!」
婚約者が見つからないことを理由に、彼の王になる夢を遮らせはしない。
強い決意を込めて宣言する。
「それでこそ俺の娘だ、ありがとう、ツェツィ」
私は力強く頷き返した。
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