第18話 こい side レオナード

「婚約者が見つからないらしいな、レオナード」



 父である国王に呼ばれ、執務室にいくなり開口一番にそう言われる。


「はい、ですが……「御託はいい。来月の誕生日までに婚約者を見つけなければ、レオナード、お前を廃嫡とする」


 頭が真っ白になった。

 来月の誕生日までに?そんな短期間で婚約者が見つかる訳が無い。

 つまり、これは実質的な廃嫡宣言。足元がガラガラと崩れていくような感覚だった。


 自室までどうやって帰ったのか記憶にない。

 今まで生きてきたのは、王になるという夢に支えられてのこと。それを奪われるのだ、どれ程の苦しみになるか分からない。


「くそっ!」


 ダンッ!とテーブルを拳で叩く。苛立つ気持ちが抑えられない。


 ……あぁ、ツェツィーリエ嬢に会いたい。



 衝立越しの会話は、僕に様々な事を教えてくれた。

 人の感情どころか、自分の感情にさえ鈍感な僕のことを呆れることなく、優しく包み込んでくれるツェツィーリエ嬢。


 ツェツィーリエ嬢が帰った後、胸の中にポッカリと穴が空いたみたいになると相談した事があった。


「それは、寂しい……ということなのではないでしょうか?」


「寂しい?でも私はいつもこの穴を抱えているぞ。ツェツィーリエ嬢と別れたあとは特に大きくなるが……」


「では、いつも寂しいのではないですか?」


「いつも寂しい……そんなことがあるのか?」


「さぁ……でも、そういうこともあるのではないですか?」


「そうか、私は寂しいのか……」


 ツェツィーリエ嬢は、泣きたくなる程優しい。多分、いや絶対常識を外している僕の言葉も、呆れることなく、バカにすることなく真摯に向き合ってくれる彼女に、僕はいつしか恋をしていた。


 恋というものも良く知らなかった僕にそれと気付かせてくれたのは、昔からこっそりと世話を焼いてくれていた唯一の人である、執事のバルウィンだった。



「今日は楽しそうですね、レオナード殿下」


「分かるか?今日はツェツィーリエ嬢が来るのだ」


「おや、惚気でしたか」


「惚気?私たちはお茶を飲みながら会話をするだけだぞ?」


「でも、レオナード殿下はツェツィーリエ嬢のことがお好きなのでしょう?」


「そうなのか?」


 バルウィンは、コメカミを揉みながら続ける。


「レオナード殿下は、ツェツィーリエ嬢と会う時はどうなりますか?」


「そうだな…、会う前はソワソワして、会えたらドキドキする。それで、別れる時は胸にポッカリ穴が空いたみたいになる。この感情を、寂しいと言うのだと、ツェツィーリエ嬢に教えてもらった」


「では友人だと思っていると?」


「あぁ、ツェツィーリエ嬢がそう思ってくれているかは分からないが」


「では、例えばの話なので、気分を悪くしないでいただきたいのですが、ツェツィーリエ嬢がレオナード殿下以外の方とご結婚されるとしたら、どのような気持ちになりますか?」


「不愉快だ、この上なく不愉快だ」


 ツェツィーリエ嬢の隣に私以外の男が。お互いに姿を見たこともないというのに滑稽なことだが、想像しただけで胸を掻きむしって大声で叫び走り回りたいほどの不快さが駆け巡る。

 バルウィンは、生暖かい目で僕を見て。


「恐らくですが、レオナード殿下はツェツィーリエ嬢に恋をしているのではないかと」


「こい」


 僕はまた、言われた言葉の意味が一瞬理解できずに繰り返した。


「ええ。ただの友人と思っているのであれば、結婚することを寂しくこそ思いはすれ、不愉快に思ったりはしないものですよ?」


「そうなのか……」


 ツェツィーリエ嬢に恋をしていると気付かされたその日は、今まで気にならなかった衝立越しの息遣いだとか、仄かに香ってくる花のようないい匂いだとかに気を取られ、心臓が暴れだしそうに痛くて、上手く受け答えが出来なかった。

 そのせいで、僕のことを心配したツェツィーリエ嬢が普段より早く帰ってしまったのは失敗だった。



「婚約者……か」


 ベッドに仰向けになりながら、嘆くように呟く。

 僕のこの外見は、あまりにも醜く。下町で平民として育った使用人にすら、嫌悪感を抱かれるというのに、正妃の条件である伯爵家以上のご令嬢、普段美しい者しか見ていないご令嬢にとっては、私の姿は鬼か悪魔にでも見えるらしい。

 百発百中で、会うと失神された。繰り返すこと数回、僕は王になっても妃を持つことを諦めたのに。婚約者を持てないと、そもそも王になれないだなんて。


 ふぅ……と大きく息を吐き。

 今度ツェツィーリエ嬢と会う時には、衝立越しではなく、直接お会いしようと。

 例え、僕の姿を見て失神されたとしても、優しくされた記憶は残るから、大丈夫。そして、ツェツィーリエ嬢の姿を一目見たなら、僕は思い残すことなくこの地を去ろう。

 そう、決めた。

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