第16話 しんぱい side レオナード

 10歳になった僕は。

 何故か衝立越しにフィリップスのご息女と会話をしている。



 きっかけは、側近候補を選びたいと、募集を募ったこと。

 想像していたよりも少なかった候補者たちに、だが、そんなものか、と思い直した。ところが、第二王子が募集を募ると、瞬く間に候補者が集まり、僕の候補者だった者まで第二王子につく始末。


 それでも、僕の候補者になってくれるという者たちを大事にしようと、実際会ってみると。悲鳴こそあげられなかったものの、顔を青ざめさせ、断りの言葉を突きつけられた。

 さすがに凹んだ、僕の容姿はそこまで受け入れられないのかと。


 そんな折、フィリップスから提案された。フィリップスのご息女と話をしてみないかと。

 僕は了承したが、こんな早くことが進むとは思っていなかったので、部屋を訪ねてきたフィリップスとご息女を見る前に、思わず衝立の中に隠れてしまった。


 そんな僕の奇行に、ツェツィーリエ嬢は。


「衝立越しで構いません、どうか私とお話をして下さいませんか?」


 そう優しく声を掛けてくれたのだ。

 僕は衝立の中から出るか迷った、迷ったのだけど、折角人と話せる機会だし、衝立越しだと姿を見られることはないから逃げることもないだろう。そんなズルい考えが浮かんで、結局彼女の言葉に甘えることにした。

 なんと情けない。



「すまない。ツェツィーリエ嬢に失礼なのは重々承知の上だが、よろしく頼む。私は第一王子のレオナード・フォン・キースベルトだ」


「勿論ですわ、よろしくお願い致します、レオナード殿下」


 僕は失礼な対応をしたにも関わらず、彼女は快く返事をしてくれた。あぁでも、フィリップスの呆れた顔が目に浮かぶようだ……。


 話してみると、ツェツィーリエ嬢は驚く程に聡明だった。豊富な知識を持ちながらも、決してその知識に囚われることの無い柔軟な思考も持ち合わせていた。


 会話が一区切りついたところで、喉が渇いたのでポットから紅茶をティーカップに注ぐと。


「レオナード殿下は、ご自身で紅茶をおかわりしておられるのですか?」


「あぁ、毒が入っていることがあるからな。効かないとはいえ、気分は良くない」


 毒は効かないけど、ピリピリとした感覚を舌に感じ、それが毒だと気が付く度に、お前は要らないんだと突きつけられてる気がするから。

 僕としては、何気ない日常の話をしたつもりだったのに、それを聞いたツェツィーリエ嬢の様子は激変した。


「レオナード殿下、毒を盛られたことがおありに!?」


「急に大きな声を出してどうしたのだ、ツェツィーリエ嬢」


「大きな声も出しますわ!質問にお答えくださいまし!」


 今まで理知的で穏やかな口調だったツェツィーリエ嬢が声を荒らげたのだ。


「そうだな、最近は減ってきたが、昔はしょっちゅう盛られていたな」


「なんということ……!」


 穏やかに感じたツェツィーリエ嬢がここまで声を荒らげるとは、私は何かしてしまったのだろうか?人間関係が希薄だったせいで、人の気持ちに聡いとは言えない僕のこと、きっと知らぬ間に不愉快にさせる何かをしてしまったのだろう。


「どうしたのだ?私は、なにかツェツィーリエ嬢の気に触るようなことをしてしまったのだろうか?」


「心配しているのですわ!」


 考えても分からないので、本人に聞いてみると、衝撃の答えが返ってきた。


「しんぱい」


「今日会ったばかりとはいえ、毒を盛られていることを知らされて何も思わずにいられる程、私は薄情な女ではありません!」


 一瞬心配の意味が分からなくて、馬鹿みたいに繰り返してしまった。そんな僕に苛立ったのか、ツェツィーリエ嬢は言葉を重ねる。

 心配されている、そう感じると、なんだか胸の辺りがモゾモゾするような、ほわっとした暖かい気持ちになるのが分かる。


「いや、あの、心配など初めてされたものだから。ツェツィーリエ嬢が薄情だなんてちっとも思わない。その、心配されるというのは、くすぐったいものなのだな……」



 言い訳がましくそう返すと。



「心配などいくらでもして差し上げます。ですがレオナード殿下、あまり女性を心配させるものではありませんよ?」


「そうなのか。では今後は心配させないよう、鋭意努力しよう」


 心配させるのは良くないことなのか…。

 もうあのほわっとした暖かい気持ちになれないのは残念だが、その気持ちを悟られないように返事をする。


 でも、こんな僕の心配をしてくれる子がいるとは思わなかった。それだけで、僕は満たされたような気持ちになるのだった。

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