第8話 ツェツィーリエという娘 side フィリップス

 王都にある自宅の書斎にて、その多さに辟易としながらも、手紙の処理をしていた。


 次の手紙を手に取り、差出人の名前を見ると、そこには懐かしい名前が記されていた。


 ヴィダ、元の名をヴィクドール。

 嫡男だったにも関わらず、伯爵家から勘当されてしまった友人。


 アイツが手紙だなんて、珍しいこともあるものだ…そう思いながら、封を開ける。

 ガサガサと少し手触りの悪い紙を開いていく。



【親愛なるフィルへ


 突然手紙を送ってしまったこと、申し訳ないと思う。

 フィルのことだから、差出人の名前を見て、懐かしい名前だ、手紙だなんて珍しいな…、と思ったことだろう。】



 見透かされている、フィリップスはそう思って少しおかしくなった。



【君はまどろっこしい事が嫌いだから、単刀直入に言う。


 僕の娘を、養子にもらってはくれないだろうか。】



 おや、とフィリップスは片眉を上げる。

 その容姿のせいで、諦めることが癖になってしまったヴィダ。

 そんな彼が、ようやく手に入れた愛する妻との間に出来た、可愛い娘を手放すだろうか?と。



【僕の娘、ツェツィーリエという名前なのだが、とにかく可愛い。可愛いし美人だ。


 しかも内面までも美しくて、この間はクリスのお手伝いを積極的にしていたし……】



 その後はひたすらに娘の賞賛の言葉が続いていて、なんだ、娘自慢か、とフィリップスが思いかけた時。



【そんなツェツィを、僕はきっと守りきれない。


 ツェツィはあの美貌だ、きっとこの先多くの困難がある。

 その全てから守りきろうだなんて最初から思っていないし、できないだろう。


 でも、僕はツェツィを傷つける悪意すら、きっと満足に追い払えない。

 僕は、あまりに無力だ。


 このままだと、ツェツィが傷つく未来しか見えない。

 図々しいことは充分承知している。


 でも、叶うなら、少しでも哀れに思ってくれるなら、どうかツェツィを救って欲しい。】



 書いている内に感情が溢れたのか、少し乱れた字。

 ヴィダの娘に対する愛情が伝わってくる。


 その手紙は、結びの言葉で締めくくられていた。


 フィリップスは、すぐに執事のセバスチャンを呼ぶと、養子縁組に関する書類を揃えた。


 フィリップスは、諦め癖のあるヴィダが、娘の未来を決して諦めず、自分の持てる全てでもって守ろうとしているのを感じた。


『ヴィダが男見せたんだ、俺もそれに応えなくちゃな』


 そして、いつかヴィダの娘に言ってやろう。


『お前の父親はカッコイイんだぞ、ってな』




 その娘が悪食であり、既に父親のことを心底カッコイイと思っていることを、この時のフィリップスはまだ知らない。


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