第3話 弟ができた!
早いもので、産まれてから2年が経ち。
私は、【ツェツィーリエ】という、ちょっと前世の日本人での感覚から言うと恥ずかしいくらい立派で素敵な名前を両親からもらい、愛情もめいっぱい受けて、すくすくと育っている。
すくすく育ちすぎて、視界に入る腕のぷくぷくさ加減に不安になってしまう程。いや、でも、きっと子どもなんてこんなもんよ……うん。
そして、2年過ごしてきた中で、不思議なことはいくつかある。
お仕事に出かける父は、いつも外套のフードを目深に被ってから出かける。たまに外に買い物に出かける母も同様だ。
ちなみに私は、外に出るどころか、窓から外の景色を見ることすら禁止されているので、外の世界は未知だ。
でもなんとなく、この世界は日本という国があった地球ではないんじゃないかと思っている。
「まま、ツィーもおてつだいする。」
「ツェツィ、ありがとう。でも遊んでていいのよ?」
リビングのテーブルで、スナップえんどうっぽい豆のスジを取っている母のお手伝いを申し出ると、母は苦笑する。
「やだ、これがいい」
わざとぷぅ…とふくれて我儘を言ってみせると、母はもうデロデロに笑み崩れた。そしてそんな母の姿を見て、あることに気付く。
「あ!まま!おなかあったかくしてっていったのに!」
先日、第2子の妊娠が分かった母に、私は口うるさくお腹を冷やしてはダメだと訴えているのに、母はあまり頓着しない。
「めっ!なのよ、ままってば!」
私は真剣にお説教しているのに、母は相変わらずデロデロと緩んだ顔のままだ。
「クリス、ツェツィ、ただいま」
「おかえり、ぱぱ!」
「おかえりなさい、あなた」
「ぱぱもままにいって!ひえるのはだめだって!」
「ツェツィはお怒りのようだね、クリス」
「えぇ」
私は本当に心配しているというのに、当の本人たちはのほほんとしている。悔しくなって地団駄を踏むと、父が崩れ落ちた。
床に突っ伏したまま、肩がプルプルしている。
「ぱぱ!」
私はびっくりして父に駆け寄り、背中をさする。こんな急に倒れるなんて、どこか悪いのでは?と焦る。
「だいじょうぶ?いたい?」
父がさらに激しく震え出したのでビクッとすると、母に後ろから抱っこされる。
「まま!ぱぱがたいへんなの!」
「そうね、でもすぐに治まるから大丈夫よ」
良かった。母は父がこうなった原因を知っているらしい。
心配だけど、まだ幼児の私に出来ることなんて知れてるし、ここは母に任せよう。
母の言った通り、すぐに父は回復した。それから3人で晩ご飯を食べて、川の字になって眠る。
幸せな毎日だ。
おぎゃあ!おぎゃあ!
遠くで赤ん坊の声が聞こえる。産まれたのだ、私の弟か妹が。
私は、母が出産をするお手伝いをしたかったのだけど、断られた。それは仕方ない、逆に足でまといかも知れないから。
でも、断られただけじゃなく、2つの約束事までさせられてしまった。
1つ、産婆さんが家に来るけど、その間私は部屋の中から出てきてはいけない。
2つ、父が扉の前で合言葉を言うまで、部屋の鍵は開けてはいけない。
そんなに出産の邪魔をすると思われているのか、と最初はプンプン怒ったが、まだ私2歳だし仕方ないか、と思い直した。
約束事を伝える両親の顔が悲しそうだったのもあって、『ツィーは、おやくそくまもれるもん!』と胸を張って宣言した。
「ツェツィ!」
扉の外から、父の弾んだ声がして部屋の鍵を開けそうになるが、思いとどまる。
「ままのすーぷは?」
「少し薄い!」
合言葉を確認したので、部屋の鍵をカチャッと開ける。すると父に高く抱き上げられ、わぁっ!と思わず声が出る。
「ツェツィ、寂しい思いさせてごめんね」
そうして、私のお腹にグリグリと顔を寄せてくるので、父の頭をペチンと叩き。
「ままは!あかちゃんは!」
気になっていたことを尋ねる。
「2人とも無事だし健康だ。ツェツィに弟ができたよ」
「おとうと!」
嬉しくて手足をバタバタさせてしまう。
産着に包まれた私の弟は、控えめに表現しても天使でしかなかった。
疲れが残る母の頭を、お疲れ様の意味も込めてヨシヨシしたあと、弟の顔を覗き込む。
「かわいー……」
私が呟いた言葉に、両親は何故か泣き出しそうな顔をした。
僕の娘、ツェツィーリエは歳を重ねる度に綺麗になっていった。2歳の女の子に言うには早すぎる言葉だと思ってはいるが、その通りなのだから仕方がない。
ツェツィは、外見だけでなく、内面までも美しい子どもだった。
妻のクリスの手伝いを積極的にして、妊娠が分かると身体の心配もして。出産のお手伝いをしたいと言ったツェツィに、部屋に閉じこもってじっとしていて、と伝えるのは、とても辛かった。
ツェツィは聡い子だから、僕たちが辛そうだと見るや、約束を守ると言ってくれた。
ごめんね、ツェツィ。
産まれたばかりの弟を、可愛い可愛いと愛でる、その輝かんばりの美しさを持つツェツィを見て、僕たち夫婦は覚悟を決めた。
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