第37話「スリリングな任務」

「それにしても…」


 街中を移動しながら、イアが口を開きます。


「なんだか、私凄く見られてませんか…?」


 不思議な出来事に困惑していました。

それも当然です。

ただでさえ、夜に真っ白な服装も目立つのに加えて、着る本人も色白の絶世の美少女なのですから、それはもう目を惹かれるに決まっています。

 例え、視界の端に映っても、誰もが目を向けるでしょう。


「イアさんが綺麗だからだよ!まるでお姫様みたいだもん!」

「──そう?へへ、ありがとう!」


 暁月の褒め言葉もいつも通りです。

そこへ、ひかるが1つの問題を出します。


「イアさん、この世界の人達の容姿の特徴を1つの上げてみて」

「え?はい」


 イアは過ぎ行く人達を見渡して、気付きます。


「殆どの人が……黒い髪色ですね」

「そう、黒髪だ。あの世界だと黒髪は珍しいが、この世界は黒髪が一般的なんだ。それと同じ要領で考えてみればどうなる?」

「……私の髪色は珍しい?」

「正解。だからこそ、目が惹かれるんだ」

「それが見られている理由ですか……?」


 光は頷く。


「正直な話、こうやって街中を歩いているだけでリスクがあるんだ。どうしてだと思う?」

「え?」


 流石のイアも、そのリスクについてはすぐには分かりません。

何がリスクなのか、珍しいから狙われるのか、どういう理由でリスクとなるのかが分からないのです。


「イアさん。これは一度、君は体験しているよ。俺たちの言う『罪の炎の話』とか『魔術の話』とか『別世界の話』とか、それを聞いてどう思った?」

「えっと…自分の知らないものが存在しているのに、驚いた……?」

「驚いた…まぁそうだな。言い換えれば、怖くもなる。それがリスクなんだ。各々の世界の人間は『今の世界』が全てなんだ。だから『他世界の存在』に関して、触れさせてはいけない。『知識』も『歴史』も『力』も『技術』も『人』も他の世界の人間に教えてはならないんだ」

「他世界の存在………」


 生活の中で、火打石で火種を作り、薪に着火させて、明かりと熱を出して、それを様々な形で使う世界。

それらの経緯を省いて、スイッチ1つで明かりも火も熱も起こせる世界。

ノーネームの面々が住む世界は前者で、彼らの基準としては《過去》の世界となり、自然に囲まれて生きる事が普通の世界です。街は比較的現代に向かっていますが、まだまだ他の地域は電気が普及するどころか、電気の存在すら知りません。

 ですが、後者の今の世界は電気があるのが当たり前、不便なものをより快適に、不必要なものは数を減らしていく、沢山の人が住めるように自然を切り開くという世界です。

今の世界も歴史を見れば、同じように電気は普及しておらず、自然と共に生きる世界ではあったはずです。

 しかし、どのように発展するのか、どんな起源でこうなったのか、というのは世界毎に違うのでした。


「自分達と違う経緯を持った人間というのは怖い話だ。何せ『人で無いかもしれない』『常識が通じない』という思考を孕んでしまうからね。そんなものは探し出して排除する。『自分達が全ての世界』にしようとするんだ」

「…………」

「……まぁ、あまり考え過ぎなくていい。話したとしても笑い話やおとぎ話、妄想なんかで片付けられるからね」

「あはは…」


 途端に暗い空気が訪れましたが、暁月の会話の風によって、それらは流されていきました。

 ちなみに、その場にいる4人、誰もが気にも留めて居ませんでしたが、夜冬よるとの髪が白いのも実は周りから目立っていました。



 * * *



 街中を移動して、4人はビルに囲まれた袋小路にやって来ました。

人気もなく、明かりも非常口付近の明かりしかありません。

4人がここに来たのは、ビルの屋上に向かう為です。

非常階段が最上階まで連なっており、無理に窓やパイプに掴まらなくても、上まで安全に登れるようになっていました。

ここを見つけたのは、先に視察しに来ていた光と夜冬でした。


「さてと……」


 光はくるりと振り返り、暁月を見つめます。


「暁月、お前は階段を使うな」

「うん!分かった」

「え?」


 光の言葉に暁月は了承しましたが、イアは驚きを隠せません。


「光さん、せっかく階段があるのに、使わせないってどういう事ですか…?」


 イアの台詞には、暁月への心配と光の暁月に対する扱いに疑念を交えていました。


「今回は、暁月の調子を見る為でもある。そういう事だ」

「なら、もう少し労わるようにしませんか…!こんな高い建物を階段無しで登るなんて…!」


 徐々に怒りが宿るような声色。

 本気で暁月を心配しているからこそ、光の言うことには賛同出来ないのです。


「暁月」

「何?」

「イアさんを抱えて、やれるか?」

「問題ないよ!」


 光はイアを無視し、二人の間だけで、話が完結させると、暁月はマントを脱ぎ、それをイアに羽織らせます。


「暁月くん……」

「がんばれ~暁月~」


 夜冬の声援が離れて行く。

 光と夜冬は、暁月とイアを放置して階段を登っていました。


「イアさん、僕は大丈夫だから。さぁ、乗って」


 暁月はイアから背を向け膝を着き、構えました。






 ───それを無視することは簡単。

暁月くんが何をしようとしているかが予想は付く。

私を背負って、階段を使わず、この高さの建物を登ろうというのだ。

 ……無理がある。


「───暁月」


 4階分の階段を昇った光さんが覗き込む。


「今すぐイアさんを抱えて、行け」

「───!」


 その言葉に反応するよりも早く、暁月くんに動かれた。


「イアさん、ごめんね!行くよ!!!」

「え、ちょっ、まっ、わ──!?」


 私は体勢を崩されて、太腿には暁月くんの左腕が、背には暁月くんの右腕が回される。

不意に起きた宙に投げ出されるような感覚に、怖がって思わず暁月くんの首に腕を回してしまった。

それを合図とするように、暁月くんは壁まで走って、地面を思いっきり蹴った……!



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──!!?」



 建物と建物の間を飛んでる!?

でも屋上までは届かない。

それでも光さんと夜冬さんの階まで飛んでる!

 一度壁に張り付くと、更に上へと飛んだ…!

建物の突起に足をかけて更に飛んでる…!

暁月くんは、さも当然のように私を抱えながら、建物と建物の間を跳ねるように登っていく…!

建物から建物へ、跳躍しながら反転を繰り返して、あっという間に建物の屋上……その更に上空まで舞い上がった…!

 その間、ずっと私を抱えたまま…!


「イアさん!このまま、目的地まで行くよ!」

「ちっょ……!?まっ………!きゃぁぁぁぁ!?」


 建物が高いから、思いのほか飛んでないようにも見えるけれども、本当の地面を見れば明らかだ。

高い…!

光さんはこれらの建物は40m近くあると言っていた。

それよりも高い所に私達はいる。

足場が無くなって、落下が始まる。

落ちる感覚に、強ばって腕を締めてしまう。

 けれど、衝撃なんて何一つなかった。

それどころか、建物の屋上を走って、別の建物へ跳躍を繰り返している!


「あはは─」


 想像よりも早く通り過ぎる景色に思わず、


「あははははははははは…!!!!」


 心の底から笑ってしまった。

地面に足が着いていないから、正直物凄く怖い!

でも暁月くんが着地の衝撃を受け止めて、しっかりと抱えてくれているから、心配はない……!

私が走ったり飛んだりするよりも倍以上に速く高く飛ぶものだから、一周まわって面白く感じてしまっていた。


「イアさん?口閉じてないと舌噛んじゃうよ?」

「あははははは…!そ そんな事言われても……!あはは!」


 もう面白くて面白くて、仕方なかった。

それに凄いとしか言い様がない。

こんなに走って、跳んでを繰り返しているのに、暁月くんは息が全く乱れていない。

 それでいて、楽しんでいる私を見て、輝かしい笑顔を向けてくれていた。



 * * *



「はーっ…!はーっ…!あはは…!」


 イアは目的地に辿り着いてからも、笑いが止まりませんでした。


「もう~イアさん、笑いすぎだよ~?大丈夫?」


 笑いすぎと同時に、腰も抜けてしまったようで、ビルの屋上にペタンと座り込み、腕も本能的に締めてしまったので中々緩まず、傍から見れば暁月に抱きついたままのイアが居ました。

 逆に心配される側に、イアは移っていました。


「………やりすぎたか」

「恐怖が一周まわって、笑いに変わっちゃったんでしょ?あんなスリリングな動きされたら、そりゃそうなるよ」


 暁月とイアより遅れて着いた光と夜冬。


「暁月の調子は問題無し、とりあえず………暁月、イアさんを落ち着かせておいてくれ」

「はーい!」

「夜冬、ここからでもやれるか?」

「うん、やれるよ。通信障害を解除するだけでいいんだっけ?」

「あぁ、頼む」


 夜冬はノートパソコンを開くと、USBメモリのような付属品をノートパソコンに射し込んだ。

 すると、画面が暗転して、夜冬は分かる人にしか分からないような文字や数列を打ち続ける。

タイピング速度も早く、打つ音も静かで、見ていて慣れているのがよく分かる。

3分もしない内に、その行為も終わった。


「……」

「どうした?何かあったか?」

「どうせなら、イアさんに押させてみようか?」

「……そうだな」


 もうイアもまだ息こそ荒いですが、笑いは治まって、呼吸も落ち着きも取り戻し始めていました。


「──イアさん。大丈夫か」

「はぁはぁ……ご ごめんなさい。大笑いしちゃって」

「今回は構わないさ。見ての通り、暁月は無事だし丈夫だ。あんな動きしても息すら上げていない。さぁ、イアさん、仕上げだ。このボタンを押してみてくれ」

「はぁ、はい─」


 夜冬のノートパソコンにある『Enter』と記されているボタンをイアは押した。

 しかし、何も起こりはしませんでした。


「これでいいんですか?」


 夜冬が答えます。


「それでいいよ。徐々に効果が出る」



 夜冬のノートパソコンから行われたのは、今起きている通信障害の上から更に通信障害を起こしたのです。

4人が居るビルには、その発生源となるサーバールームがあり、そこから発せられていた通信障害機能は効果を失いました。

 今頃、サーバールーム内で立てこもっている人間は困惑しているでしょう。

何せ、サーバー自体は無事なのに、その機能だけが落ちている為です。

 ビルの周りからは、徐々に声が上がります。


『あれ?なんか使えるようになったくない?』

『ほんとだ、治ってる』

『なになに?どうゆう事?』


 明日の朝には通信機能は元に戻ることでしょう。


「不便なものをより快適に……でもそれと同時に目に見えないものが複雑化する。絡みついた綿や糸、毛糸を解くのは、簡単じゃないでしょ?」

「そうですね……今のボタンだけで絡みついたものを解いたんですか?」

「解いたというより少し無理やりに燃やしたんだ。本来の機能を持つ糸とそれを邪魔する毛糸と綿。その邪魔するものだけを燃やしたんだよ」

「でも、糸も燃やしちゃいませんか……?」


 すると、夜冬は得意げに言います。


「そこが腕の見せどころ、繊細かつ素早く燃やして、糸だけを取り出す。その手間も快適に。ボタン一つで終わったんだ」

「うむむ……?」


 流石のイアも《未来》の技術には頭が追いつきません。

 夜冬もその反応を見て、頬をかき、ほかの例えを考えていると、光が口を開きます。


「《未来》の技術は俺らにも分からんよ。さぁ、あとはこの世界の人間に解決してもらおうか。帰るぞ」

「あ……待ってください………まだ足に力が……」

「あぁ……忘れてた。暁月、帰りはゆっくりな。あとそのまま、モヤの所まで行く」

「分かった!イアさん、もう少し我慢してね」

「うん……ごめんね。暁月くん」

「大丈夫だよ!じゃあ持ち上げるね?」


 暁月は再度、お姫様抱っこでイアを持ち上げると、イアはその時に気が付いたのです。

自身がお姫様抱っこされている事、それはほんの少し前にも咄嗟に行われていた事、軽々と持ち上げられた事、意識が向かう方向が景色ではなく、暁月の顔になっていた事。

イアの頬は徐々に熱く、赤みを帯びて行きますが、視線の逃げ場がありません。

足に力が戻らないので立つことも出来ませんし、暁月の首に腕を回している以上、体は暁月の方へ向きます。

 顔も近く、体は密着し、彼の息遣いさえ聞こえる距離に、イアの心臓は鼓動を早めていきます。


「じゃあ行くよ?」


 さっきよりは遅い速度、適度な跳躍でイアを労りながら、ビルとビルの間を軽快に渡って行く暁月。

その後ろからは光と夜冬が帰った後の話をしながら、着いてきていますが、2人はさっきの暁月を追いかける時に、そこそこの体力を使った為、ゆっくりとゆっくりとビルとビルの間を越えていました。

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