第36話「フリーズ」

『え?アウロラくん。本気?』


 とある任務、前日の夜。

アウロラとひかる、パジャマ姿の美雪は1階で、翌日の任務の話を進めていました。


『本気だよ。──とは言っても、軽い任務さ。護衛は付けるし、暁月の調子も見なくちゃいけない』

『その任務内容は?流石にまだあのには残酷すぎるものは俺も容認出来ないからな』

『まぁまぁ、落ち着いてくれ。光と夜冬が得意な工作任務。イアさんが来てから残しておいたものだ。そろそろ他の世界を見てもらおうと思ってさ』

『……まぁ、それくらいなら構わないか…。世界としては綺麗なところなんだろうな?』

『あぁ、安泰してる《現代》の世界。特に危険は無い』

『……はぁ。とりあえず任務内容と世界座標、世界の情報の資料は明日渡してくれ』

『あいよ。子供のお守りを頼むよ。光』

『うるせぇ。お前はさっさと魔力を回復させろ。今から夜食は作ってやるから』

『悪いな、燃費悪い奴で』


 美雪は2階に上がって就寝の準備に向かい、光とアウロラは日を跨ぐまで1階で過ごしていました。



 変わらない、いつもの夜。

ただ、この夜が、運命を誘い寄せる。

最善の任務が、最悪に誘う。

動かなかった約束が、誓いを果たそうと動く。

宙の彼方、白い月は、今宵で欠けを終える。

 明日は、新月。

満たしたものを全て、終わらせる日。




 * * *




 ─────────────────

《任務内容》

 通信障害へのカウンターを実行、及び通信障害の原因解除。

もしくは、発生源の簡易制圧。

《世界座標》

 x─────y────z─────

《世界情報》

 世界の都市部より、数日間に渡り、大規模な通信障害が発生しており、発生源は世界の住人達が解析した結果、通信会社のサーバールーム。

 しかし、通信障害を起こした犯人、数名が篭っているのに加え、場所が場所なだけに強引に制圧出来ずに困っているようだ。

俺達の使う通信機器にも影響はある。

 あと、その世界は黒い粒々でモチモチしたものが入った甘い飲み物が流行っているらしい。

お土産として買ってきてね♡byアウロラ

 ─────────────────



「買わんぞ」

「ん、どうしたのさ。光」

「いや、何でもない……」


 時刻は20:00。

夜ではありますが、都内は沢山の人が行き交っています。

一つ一つの建物がひかりを放ち、光の束を重ねたように眩しい空間です。

光と夜冬は、一足先にこの世界に来ており、目視調査をしていました。

40m以上のビルが一帯に広がり、推定300mはある電波塔のようなもの、高層マンションやホテルも存在し、まるでこちらが小人にでもなったかと思わせる程に高い建物ばかりです。

都市部が特別扱いされていると言うより、ここは仕事やショッピングに来る為の場所であり、あまり住むことには固執していない場所のようです。

都市部から離れると一軒家の住宅街もあり、その中にも転々と買い物を出来る場所や娯楽施設も用意されていて、大きく貧富の差がある訳でも無いようでした。

《現代》とはいえ、上手く発展しても、ホームレスが生まれたりするものですが、光や夜冬が見回っても、そのような類は見つかりませんでした。

 アウロラの言う通り、安泰している綺麗な世界。

一見ガラの悪い男性が手にあるゴミをポイ捨てせず、ゴミ箱を探してウロウロしているのも、中々面白い光景です。

 しかし、所々で漂う匂いだけはどうしようもありません。


「……タバコの匂いが凄いな。もう少し場所変えるか?」

「良いけど、あの二人分かるの?」

「分かるだろ……と思ったけど、仕事帰りのサラリーマンも居るせいで、分かりづらいか…?」

「まぁ……こんな組み合わせに、この格好だと分かるでしょ」


 道行く人の中には、スーツで通り過ぎて行く男性の姿が多々見られます。

2人は道のガードパイプに腰掛けていました。

光は黒ずくめのスーツ姿に、背には刀袋。

夜冬は白い長ズボンに黒の半袖、手にはノートパソコン。

戦闘をする事を想定していないので、2人とも軽装です。

 加えて、道端に居座っていると様々な会話が2人の耳に入ってきます。



『まだ治らないわけ~?警察何してるの?』

『無能なんでしょ。はぁ〜。暇だな~~───』


『流石に一週間以上使えないと、不便だよな』

『如何に依存してるか分かるよな。帰っても何もしないだろ?飲みに行こうぜ──』


『今日も家行っていい?♡』

『良いよ、沢山イチャイチャしよう♡』


『あの上司、俺のせいにしてさ───』

『あれ、やっぱり難航してるんだ………ご苦労さま───』


『どう、お姉さん!1時間で1000円!飲み放題だよ!』

『あ、結構です───』



 人の会話、道行く人の足音と車、店内から漏れる音で騒がしい夜の街。

そこに本来加わるであろう、交差点にあるビルの大きなモニターは何も写さず真っ黒なまま、沈黙しています。

 今の所、特段困っているようには見えませんが、時間が経つ毎により酷くなるのは目に見えています。

生活する上では問題は無いでしょうが、仕事によっては致命的な問題となり経済問題にもなります。

 ですから、一大事になる前に解決しなければいけません。


「まだなのか?時間はそこそこ過ぎてるけど」

「理由を上げるなら推測として2つある。1つはイアさんに着せる服を美雪が選べない。もしくは着せ替え人形にしている。1つはあの黒のモヤモヤに入るのを怖がっている。まぁ初見なら仕方ない。せっかくの別世界デビューなんだから、待ってやれ」

「俺達が慣れすぎてるだけか……」


 またしても、目の前を通り過ぎて行く人たちを見ながら、時間の経過を待ちました。





 ざわ……ざわ……ざわ……

 とある方向から何かに対して反応している声が、ノイズのように聞こえてきます。


「………まさかな」

「………いや、有り得るでしょ」


 2人の思考は一致して、そして目先に映るものも一緒です。

白い影。

煌めく白金の長髪。

なびく白いスカート。

あらゆるものが白く、美しいもの。

まるで白い光が移動でもしているように、目立つ存在。

 その傍らには黒い影。

白い影に対して、本当の影であるように静かに佇む。

対極を成す、2つの存在。

明らかな美少女とあどけなさがある美少年。

浮世離れしている顔立ちと雰囲気。

 そのノイズの正体は、二人に対して思わず声を漏らす人々の声でした。



「おまたせ!」

「─おまたせしました」

「「…………」」


 やって来たのは、遅れてやってきた暁月とイアでした。

暁月は光同様に背には刀袋、それに加えていつものマントを羽織っています。

イアは白のワンピース、一見ドレスのようにも見えますが、それは本人にあまりに似合っている為でした。


「………」

「?」


 その姿に、待っていた二人の脳は追い付きません。

イアは素より凄く可愛らしく綺麗で、スタイルも良い娘です。

そんな娘が少しでも着飾ると、こんなに破壊力が増すのかと2人は思いました。

 何せ、家にいるルナと美雪に対しては慣れもありますが、女らしさを感じません。

ルナは普段から黒統一の半袖半ズボン、サンダル、時々ドレスを見に纏いますが本人の威圧感が凄く見てられません。

美雪に至っては、ファッションにこそ感心は深いのですが、着る物が顔並みの若々しさを感じないので、まるで子持ちの母親が着るような服を着ています。

 事実、暁月の母親代わりなので、通るべき道は通っていますが、何がズレているのかが解せません。

 ですが、今、目の前にいる存在はなんでしょう。

純潔で、聖母のような柔らかさで、それでいて小娘らしく、慣れていない恥じらいの可愛らしさがあるのです。

普段感じない女の子の魅力に、2人は頭にも通信障害が起きました。

 道中の人々が、騒めき出すのは当然です。


「大丈夫?2人とも」


 と、我が家の美少年が2人に問いかけます。


「あぁ……参ったな………」

「~~……~~……!」


 光は何とか頭を振り戻しますが、夜冬は何やら1人で葛藤しています。


「遅かったな…。何してたんだ」

「イアさんの着替えを待ってたんだよ!まぁ…美雪姉さんが凄く楽しそうにしてた様子だけど」

「やっぱりか……」


 光の推測の1つは当たりました。


「すいません、遅くなりました…」

「気にしなくていい。こっちこそ悪いな、美雪の趣味に付き合って貰って」

「いえ、私も楽しかったので大丈夫です!」

「そうか、なら美雪も喜ぶな。………そういえば、ここに来る時の黒いモヤモヤは怖くなかったか?」

「あ…いえ…見た時は怖かったです。でも暁月くんと一緒だったので、難なく入れました」

「ほう…」


 もう1つの推測は外れ、結論として美雪による服選びが遅刻の理由です。

それでも、珍しく良いものを見たので、光も不思議と上機嫌です。


「にしても………こっちは夜なんですね…」

「あぁ、あの場所からだいぶ離れているから、時差がある。今日は素早く終わるから、少し我慢していてくれ」


 今、この世界の時刻は20:20。

向こうの世界では、朝の10時頃。

10時間程の大きな時差がありました。


「変な感じですね。起きたばっかりなのに、もうすぐ眠る時間なんて」

「まぁな。長く滞在するとなると、この時差に無理やり慣れる必要もある」

「環境に適応……ですか?」

「あぁ、その通りだ」


 光はイアが自身達の行動に対して理解を深めてきているのに嬉しく思いました。

横で延々にブツブツと呟いている夜冬を叩いてから、光はガードパイプから腰を上げます。


「さてと、さっさと済ませて帰るぞ」

「はい!」

「了解!」

「りょーかい」


 それぞれが返事を返し、人混みに紛れていきます。




「お兄さん達!どうよ!1時間1000円で飲み放題!可愛い女の子達も沢山いるよ!」


 先程からこの道で、客寄せをしている男に詰め寄られる4人。

光と夜冬は無視していますが、暁月とイアは『今急いでるので…』『お酒飲めないです…』と律儀に返していましたが、男も負けじと勧誘します。


「じゃあさ、じゃあさ!それ終わってからここに来てよ!今晩はずっと立ってるからさ!あ、ねぇそこの可愛い人!連絡先交換しない?」


 その心意気を呑んでしまいそうな2人。

お人好しな優しい一面が、この男性には対しては不利に働きます。

そこへ、光と夜冬が男に身を寄せて、


「未成年に酒を飲ませるんじゃねぇよ」

「知ってるぞ俺。可愛い人も居るけどブサイクも居るんだよな、その上にぼったくってくるんだろ?もう引っかからねぇよ。ほら、さっさと俺達から離れろよ」


 と、眼前で言ってみせました。

ちなみに夜冬は、この手の勧誘に10回以上引っかかっているため、もはや怨念も篭っています。


「…………そこのお兄さん達~~」


 男は単純な諦めではなく、身の危険を感じたのか、離れて行きました。


「あぁいう人には付いて行っちゃダメだぞ。特にイアさん。君は女の子だから何が起こるか分からない」

「…き、気を付けます」


 4人は再び歩を進めていきました。

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