第35話「すれ違う空白」

 翌朝。

久しぶりに全員が朝に集い、同じ朝食を口に運びます。

昨日よりはしっかり味がついたお粥。

卵と醤油、出汁、ネギを加えて、雑炊にしていました。


「これ、昨日の奴と比べて美味しいな」

「七味唐辛子あるか?卵とじなら合うだろ」


 夜冬よるととユウトは普段の食事で出てこない雑炊に、内心ワクワクしながら、朝食の雑炊を楽しんでいます。


「七味は合うぞ。ただ、醤油ベースだから塩っ辛いくなるかな…。めんつゆで緩和してもいいぞ」

「はーい、お茶だよ~。やけに飲むけど、喉乾いてるの?夜冬くん」


 光と美雪はキッチンを行き来して、調味料を取りに行ったり、空いたコップにお茶を入れたりと、定期的に動くので落ち着かない朝食を取る2人。


「うまい…………うまい……………うまい………!」


 一足先に合いそうな調味料を雑炊にかけているアウロラは、食事も魔力回復の促進になる行為なので、1人でパクパクと食を進めています。


「────」


 もはや器に入れることを放棄して、他がすくわれた後の雑炊の鍋を丸ごと出されているルナ。

4人ぐらいはおかわり出来そうですが、そんなものはルナのお腹に難なく吸い込まれていきます。

光の計らいで、再度めんつゆで煮込まれ、甘めに仕上げられています。


「………」


 イアも彼らの様子を見ながら、食べ進めていました。

 暁月も静かではありますが、すっかり元気を取り戻しており、スプーンで掬った雑炊を口に運び、美味しそうに食べています。


 * * *


 全員が食べ終わり一息ついてから、アウロラが話し始めました。


「皆集まってるから、昨日の出来事を簡潔に話そうと思う。まず昨日、以前のイアさんがやってきた時と同様に左眼への痛みを感じたはずだ。この正体は、イアさんの持つ《慈愛の罪》と同じ右眼に宿る異端の罪によるものだ」


 それぞれが相槌を打ちながら聞いており、アウロラは話を進める。


「そう。俺達が知らない罪が存在していたんだ。名前を《信仰の罪》。七つの大罪に属さない事から、《慈愛》や《粛清》と同系。もしかしたら異端ではなく、対の存在としてその存在は確立しているのかもしれない。加えて、暁月が攻撃された事を踏まえると、相手は俺達の存在を知った上で、敵対関係にある事も予測される」

「敵の戦力は?」


 光が質問をすると、アウロラが答える。


「ルナさんの話によると、相対した相手は魔術属性『雲水うんすい』、剣や弓を作って不意打ちや型のない剣技をするらしい」

「魔術行使においてはルナさんと同じ使い方……。近接戦闘は厳しいか……」


 光は諦めたような素振りで、背を椅子に預けます。

『水』の魔術属性は水を操り、『雲水』で自ら水を生成する事が可能になります。

この操るものが水というのが、水系の強みです。

液体ゆえに固定された形が無い為、変幻自在、あらゆる形に変化出来るというもの。

 ですが、形の無いものに形を与えるのは容易ではありません。

その為、勢い良く放水したり、大量の水で押し流すのが基本的な扱い方です。

その扱い方の欠点として、生成した場合は魔力消費が激しく、その場にある水を使うと断水や断流を引き起こす可能性があるのです。


「確かに…水相手なら俺も不利だし、暁月とルナさんだから撃退出来たとはいえ、うちは相性悪い奴が多いな…。『雲水』を極められてるとこうもめんどくさいのか……」


 アウロラの魔術属性は『炎』。

属性相性的にも良くないのです。

炎による水の蒸発を狙えないことも無いですが、それはただ散漫に水を放たれた時のみ。

 ルナやアノスのように、水を形作るには使用者の魔術技量と創造力が必要になります。

その形に付与されるもの、切断や張力、光の屈折率、形の突然変化などで魔術技量、知識、創造力は更に高度なものを必要するのです。

 とある世界の逸話では、切断を付与した水を形作ろうとしたものの、形を維持出来ずに暴発し、弾け飛んだ切断が付与された水が、体を無数の肉片に変えたという話もあります。

 ですが、そんな反動があるからこそ、その力も計り知れません。


「並の武器では太刀打ち出来ない。ルナさんの『雲水』、暁月の『黒刀』、ユウトの『日輪にちりん月輪がちりん』ぐらいか……今後の任務は念の為、3人のうち1人を混ぜるようにする。3人の腕なら問題は無いはずだからな。悪いが3人とも頼む」

「承知した」

「了解です!」

「了解」


 ルナと暁月、ユウトはその話を受け入れました。

3人は特に近接戦闘が得意であり、武器の性能も罪の能力も他のメンバーより強い為です。

ただ、暁月は《罪の炎》を扱えませんが……。


「それと…他の世界に外出中にもし装備も無く、誰もいない場合、可能ならここまで逃げ帰ってくる事を優先的に考えてくれ。この世界なら、右眼の罪の訪れに誰かが気づく事が出来る」

「もし、帰って来られなかったら?」


 夜冬が聞きます。

それはルナ以外には当てはまる最悪の状態だからです。


「帰りが遅いようなら、全員で捜索でもするさ。だから行先の世界だけは告げてくれよ?」


 アウロラは手を叩くと、その話は終わりになりました。


「とりあえず、今日も休みにするよ。じゃあ解散!」


 全員が揃って席を立ちます。

各々のするべき事、したい事に向けて足を運んで行きました。



 * * *



 イアはアウロラによる朝の魔術授業を終えてから、暁月と共に南の山に訪れていました。

山は桜の季節を終えて、木々たちは新緑の葉を着飾ります。

南の山頂の平原は家のある平原の縮小版で、なんら環境的に変わりはありません。

誘ったのは暁月。

 イアが来た初日に、暁月は2つの山を紹介すると言っていたので、その約束がやっと果たされます。


『え?もう北の山に行ったの?』

『うん。ユウトさんが連れて行ってくれたんだ。でも反対側の山にはまだ行ってないよ』

『そうなんだ!じゃあ南の山に行こうか!』


 暁月が不在の間、イアはユウトと共に北の山には訪れた事があるのです。

そこでは、ユウトの能力で色々試しながら、高くジャンプしたり、負荷が掛かった状態で山を登ったりと、訓練のようなものをしました。

説明されていた内容こそ難しい話でしたが、イアは反復して考えたりしているうちに理解出来ていました。


「イアさんは頭がいいの?」

「どうだろう…?でも皆、私を『理解が早い』って言うから、それなりに良いのかも……?」

「朝はアウロラの所で魔術の勉強してたんでしょ?凄いね、イアさん!魔術が使えるなんて!」

「あはは、まだちゃんと使えないけどね。でも実はね、今日一つだけ出来るようになったことがあるんだ」

「え?なになに!どんなの!」

「ふふふ」


『寝不足で酷い顔をしていた』『敵の攻撃で気絶した』と言われていたと思えないくらいに元気な暁月にイアは思わず笑ってしまいます。

暁月は《現代》の人間なので、魔術適性を備えていません。

 故に、必然と魔術に対する憧れは、絵本に出てくる奇跡の魔法のようなものと同じなのです。


「私の魔術属性は『花』。魔力変換とか魔力吸収に長けてるものなの。今日出来たのは魔力変換」

「魔力変換?」


 イアは平原の周りを見渡して、一輪の花を見つけると、暁月と共にその花の場所に向かいます。


「私の属性は生命力を魔力にすることが出来るんだ。だから………」


 両手で一輪の花を包み込みます。


「………よし」


 イアが両手を開けると、立派に咲いていた花はへなっとしてダラけた咲き方をしていました。


「これが今日出来るようになったことだよ…!」

「花、元気なくなっちゃった…」


 イアは誇らしげに語りますが、暁月は元気がなくなってしまった花を心配そうに見つめます。


「……取れる生命力は決まってるんだ。この花みたいに、少し元気が無くなるくらいまでしか出来ないの」

「それじゃあ、枯れたりはしない?」

「うん。また土地から栄養をもらって、元気になるよ」

「そっか…なら良かった…!」


 安心をして、いつもの笑顔に戻る暁月。

この土地を愛用する暁月にとっては、自然に咲く花も友達のように大切なのです。





 私達は喋り続けた。

この山には、特別何かあるわけじゃないけど、ただ2人だけの空間が自然と出来上がって、お喋りしているだけなのに、不思議と落ち着く雰囲気があった。

 色んな事を教えてくれたり、話を聞いてくれたりするのは、何気ないけど楽しいと感じる。

『海』の話とか、『月下美人』という花の話とか、『氷の大地』の話とか私の知らないものを教えてくれる。


「それでね!それは───」

「うんうん…!」


 本当に、暁月くんが元気になっていて良かった。

久しぶりに会うのに、まるでその間が無かったみたいに話が盛り上がる。

その間……あぁ!暁月くんが行っていた街についてに聞いてみよう。

何か面白い話があるかもしれない。

また話題の種が増えてしまった。


「ねぇ、暁月くん」

「ん?」

「暁月くんが行った昨日まで行っていた街の話を聞かせて欲しいな」

「………」


 暁月くんは口を閉ざしてしまった。

加えて、考え込むように首をひねる。


「イアさん」

「何?」

ってなんの事かな?」

「へ?」


 思わず、声が出た。

 あまりに拍子抜けした声に暁月くんもびっくりしていた。


「え?僕、何かおかしい…?」

「えっと……だって暁月くんは5日前に『街へ行ってきます』って手紙を書いて、その街に行ったんじゃないの…?」

「???……ううん。よ」

「え……?」


 記憶に無い…?

………いや、可能性としてはあるのかもしれない。

敵の攻撃で気絶して、記憶が飛んでしまった、なんて言うのもあるのかも。

 でも、何処まで消えているんだろう?

私の事を知ってる以上、私と出会った日は憶えている。

その翌日に彼は街へ向かった。

 ならその日からの記憶はどうなってるんだろう。


「ねぇ、暁月くん。私と会った日は憶えてる?」

「うん!憶えてるよ!」

「じゃあ…その次の日は?」

「え?僕、家に居たでしょ?」

「………え?」


 違う。

明らかに違う。

暁月くんは見なかったし、居なかった。

なんなら、その日に集落のアッシュくんが手紙を届けに来てくれていた。

その時点で、暁月くんはもう家にも集落にも居ないのだ。

 そういえば、暁月くんは寝不足だった。

酷い顔をするくらいの寝不足だったのなら、家にいればルナさんが寝かしつけようとするはず。


「ねぇ暁月くん。今朝寝た時より前は、いつ寝た?」

「うーん…3日前かな?」

「…………」


 なんだろう、暁月くんの話す内容と美雪さんから教えて貰った内容が一つ一つズレている。

街へ行ったはずなのに、家に居ることになっている。

美雪さん曰く、一週間以上寝ていないはずなのに、3日前に一度寝ているという。

 本当におかしい。

何故こんなにもズレているんだろう。

………後でもう一度、美雪さんに聞いてみよう。

 とりあえず、この会話はなかったことにしよう……。


「ごめんね、暁月くん。変な事聞いちゃった。魔術の勉強で頭が疲れちゃったのかもしれない……」

「ううん。僕も色んな話を聞かせちゃったから、イアさんも疲れちゃったでしょ?」


 暁月くんは平原に寝転がる。


「こうすると気持ちいいんだ!イアさんも寝込んでみてよ」

「うん、じゃあ失礼します…」


 太陽は高く昇っていて、暖かな陽射しを私達に浴びせ続ける。

適度に吹く風が、また心地良い。

暁月くんがここが好きなのが分かる気がする。

 ふと、顔を横に向ける。

空のように青い瞳が、同じく空を写している。

まだちゃんと知り合って二日目。

何故、こんなにも暁月くんの事が気になるのだろう。

───やっぱり、彼には一目惚れをしてる。

まだまだ彼の事を詳しくは知らないけど、悪い人では無いのは確実だった……。










 その日の夜、美雪さんから再び同じ話を聞いた。

『暁月くんは家にいたよ』

『あの子は3日前に寝ていたよ』

 と、暁月くんと同じ事を言っていた。

昨日と、まるで、違うことを言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る