第33話「客星」
「…………」
ルナはアノスを僅かな時間、見据えます。
右眼に宿るのは白い罪の炎。
それが、アウロラや夜冬達が苦しんでいた元凶でした。
「なんでここに─────」
ズバァッ─!!
アノスが何かを言おうとしましたが、その言葉と命は一太刀の元に沈みました。
何の変哲もない逆袈裟斬り。
アノス同様、魔術属性『雲水』による武器。
役目を終え、肩に担がれる様に居座る淡い空色の刀身。
ただ、その淡い空色の刀身が見えていながら、誰もその軌跡を見る事は出来ませんでした。
分離した胴は崩れ落ち、分離した胸と頭は空中に投げ出された後、地面に落ちました。
「………」
訝しげにその死体を見た後、ルナは振り返り、暁月と視線を合わせる為に屈みました。
「怪我はないか、暁月……。いや、あるな。頬にかすり傷がある」
「あ〜、初弾で不意打ちされた時に避けきれなかったんだ。でも痛くないよ!」
「だが傷だ。後で治してやる。ん………」
ルナは暁月を少し遠目に眺めます。
「この遠出中、眠れたか?」
「ううん。目を休めるくらいかな?」
「酷いクマだな…」
「本当?鏡見た時、おれは気付かなかったんだけど…」
「────」
ルナの表情が変わる。
それは無表情ながらも優しさが溢れていた顔では無く、深刻なようで、それでいて敵でも見るかのような表情。
「暁月、私と目を合わせろ」
「うん?分かった」
暁月は最初からルナの目を見ていたが、瞬きせずじーっと見つめる。
そう指示したルナの方は目を瞑り、左眼の眼帯を外すと、ため息をつく。
そして、瞼が開かれる。
暁月の青い瞳に──の双眼を映した。
「眠れ」
「────」
暁月は気絶するように深い眠りに堕ちた。
「はぁ………」
ルナは大きな溜息をつく。
左眼を手で覆いながら立ち上がり振り返ると、分離した死体。
「私の記憶違いか?第六の住人。信仰の罪の主は女だったはずだが」
「─────」
「私の質問にだけ答えろ。わざと蘇生しやすいように並の刃物と同じ断面にしてやったんだ」
「…………」
分離していた頭と胸の部位が地面に溶けると、胴が光りだし、光の中で欠損した部分が復元されていく。
胴から離れた胸、肩、腕、首。
そして最後に頭が形成された。
光が治まり、それは言葉を紡ぐ。
「全く……貴女は長生きしすぎだ」
アノスは服も体も傷一つなく、完全に復活した。
「私の質問にだけ答えろ、と言ったはずだ」
「はぁ……これだか──ら─」
アノスの口が切り裂かれる。
顎はぶら下がり、舌は落ち、喉の奥から呼吸の音だけが聞こえる。
「信仰の
ドスン。
腕が動くのが見えた時には遅い、致命傷の一撃。
魔力で編まれた篭手を纏った手がアノスの心臓を貫く。
アノスの意識が消えた瞬間、手は引き抜かれ、篭手は徐々に形を失いながら消え去る。
心臓を突き刺した手にしては、血がひとつもない恐ろしく白い手。
アノスの死体は再度、地面に落ち、『再臨の加護』による回復を待った。
───12秒。
体が再度構築され、裂けた口も、貫かれた心臓も無かったように復活する。
「………」
「ほら、答えろ」
「─貴女の記憶と同じだよ。これの主は女皇様だ。女皇様は優しい御方だ。俺達はその力を分けて頂いている」
「ほう…お前程度の奴に、あの女はその罪を分け与えたのか。あの女の程度が知れる」
「─女皇様を愚弄するな」
アノスは飛び退いて、ルナと距離を取る。
両手には雲水で生成された2本の片手剣。
色をはっきりさせている雲水の片手剣は、先程までと違い、刃の斬れ味が増している。
「貴様も図に乗るなよ。暁月に負け、不意打ちしかできないお前にその罪は手に余る」
「チッ………!」
アノスはルナに斬り掛かる。
2本の斬撃。
2本が織り成す、凶刃の舞。
巧みに操られ、剣達は空をも舞う。
空中に投げ出し、突発的な斬撃の制動と斬撃の滞空。
空中に投げ出され、変則的な位置からの始動。
剣は2本から3本へ、手数は増す。
1本が刃が空を切ったのなら、2本の刃で差し返す。
2本が空回るのなら、3本が同時に空中で襲う。
だが、気付いているか──。
その刃は、何も斬ってはいない。
その刃は、目の前のものを斬ってはいけない。
その刃は、出しては行けないものだ。
例え、素晴らしい武芸を身に付けていたとしても、いかに相手にとって驚異でも、戦う相手を測れない時点で、既に敗北している。
「いっその事、私に忠誠でも誓ってみるか?」
「戯言を!俺の心は、女皇様にある!」
「お前は甘く見すぎだ。力を。彼の地の者を。私達を」
ルナは剣舞の僅かな隙、見逃し続けた隙に一蹴する。
怯むアノスは、立て直そうとした。
だが怯みが隙を、負けを生む。
背後に回ったルナには回転のエネルギーが宿り、真っ直ぐ、ストレートに掌底がアノスの背に直撃した。
「─────!」
肺の空気が全部吐き出される。
体は浮き、地面に叩きつけられ、体内は麻痺し、全体に痺れが生じる。
たった一撃。
暁月の蹴りよりはダメージこそ無いものの、身体の自由を奪われる。
「えっ─────?」
打撃と地面への衝撃による麻痺こそある。
しかし、拘束されるように身体は動きを許さない。
「ならば、試してやろう。その心、奪われずにいられるかな」
ルナはゆっくりと歩みを進める。
『───最果てより来たれり』
背筋に、身体に、悪寒が走る。
鼓動は遅く、轟くように音を響かせる。
『───
いや、身体ではなく、心、もしくは魂。
『───空の彼方』
魂が震え、その言の葉を紡がせるな、と騒ぎ立てる。
『───果ての大地を繋ぎ』
ただ────────目を奪われていた。
その────黄金の双眼に。
『───我が理想、
─────────────……。
『理想侵食、
「…………」
周囲は真っ白になっていました。
あらゆる色素が無くなり、生命力が消え去り、死滅していました。
いわゆる、汚染されたような状態。
元々死を迎えていたものは消滅し、生命力があったものはその形だけを残しています。
例えるなら、鮮やかな絵を白で塗り潰し、白紙化した上で物の線だけを残したもの。
「…………強制帰還か。流石に星から隔離しようとすれば、向こうも反応するか」
アノスが居た場所には何も残っていません。
だからといって、ルナが消し去ったわけでもありません。
アノスの主がルナの力に反応し、強制的に罪の炎を介して、テレポートさせたのでした。
「はぁ……」
ルナは左眼に眼帯を付け直し、倒れ伏している暁月を背負います。
以前背負った時と比べて、一回りも二回りも大きくなっている暁月に、ルナは頬を緩ませます。
身長が155cmのルナに比べ、暁月は167cm。
背負うと体全体が大きく零れるほど成長していたのです。
ルナは暁月を背負ったまま、馬車に近付きました。
「そこに居る娘、出てこい」
「……!」
馬車でずっと待機していた少女はゆっくりと馬車を降り、地面に足を着きました。
「お前がエスメラルダか?」
「は はい…」
ルナも暁月の手紙を読んでいました。
────────────────
『鍛冶屋のエスメラルダと一緒に街へ行ってきます。長い道のりになるので、少しの間帰って来れません』 ────────────────
集落の衛兵、アッシュに預けたものはしっかりと届き、ノーネームのメンバーに不在の理由を把握してもらっていました。
エスメラルダは今だに目を瞑っています。
「私はルナだ。暁月と仲がいいなら、私の名前を少しでも聞いた事があるだろう」
「はい…ルナ姉って呼ばれてる人ですよね……」
「あぁ。お前達は街に何をしに来た」
「…元々、私一人で街に商品を売りに行く所だったですが、集落から出る時にアカツキくんと出会いました。そしたら彼は『街を見に行きたい』と言ったんです…」
「ほう」
「その……ごめんなさい。道中も、街でも………さっきもアカツキくんには沢山助けられました。昨日からアカツキくんの顔色が悪くなって………それで休ませようと………してたんですけど………」
エスメラルダの目からは涙が零れます。
何とか言葉を繋ごうとしても、嗚咽が酷く、言葉を発せれません。
馬車を押してくれていたり、美味しい携帯食料をくれていたり、魚を取ってきてくれていたり、焚き火を見ていてくれていたり、大怪我になるかもしれなかった事柄から助けてくれていたたり、代わりに馬車を引いてくれたり、商売を手伝ってくれていたり………………。
エスメラルダは暁月に非常に多くのことを助けられていました。
それらが積み重なり、疲れで暁月の体調が悪くなったのだとエスメラルダは先程からずっと考えていたのです。
「……そうか。ありがとう。暁月は張り切りすぎて夜更かししてしまったようだ。君と街を訪れた事に、楽しんでいたんだろう」
「本当……ですか……?」
「それを知ってるのは君だけだ」
ルナは暁月を背負ったまま、エスメラルダを抱き寄せました。
「私はこのまま、暁月を連れて帰る。君はどうする」
「あ……まだ……ここには用が………あります……」
「分かった、10秒経ってから目を開けろ。その時に私たちは居ない。悪いが帰りは自分で帰って来るんだ。いいな?」
「はい……」
「よし、心で10秒数えろ」
2秒経つと、遠くから馬車の音、人の足音、賑わい声がエスメラルダの耳に入ってきます。
5秒経つと、ルナの感触が消えました。
10秒経ち、目を開けると、そこは昨日、エスメラルダと暁月が休んでいた公園でした。
木の陰に隠れており、エスメラルダはその10秒間、いえ2秒間の間に街へ戻っているのに困惑しました。
そこに二人の姿はなく、加えて目を瞑り続けた為か、陽の光が異様に眩しく感じるのです。
目が眩む中、残った目の中の涙に、暁月の姿が映りました。
目を擦り、再度目を開きます。
それは幻覚、5日も一緒にいただけあって、隣にいるのが当たり前になっていました。
その幻覚で見た暁月は陽の光のように眩しく、明るい笑顔を浮かべていました。
それが、エスメラルダにとって、
今の暁月を見る最後となりました。
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