第32話「信仰の罪」

「そう。君達の対になる存在の罪だ。仲良くしようよ」

「………」


 暁月の頭の中では、再度アノスの言った言葉を反復し、知識を埋め合わせる為に考察をしました。


『俺は七つの美徳、信仰の罪所持者。No.5、アノス・アークだ。初めまして、七つの大罪』


 七つの美徳。

美徳というのは人として望ましい立派な心の在り方や行いを指す言葉です。

誰かの為に行動をしている、忍耐強く努力をしている、物を大切にするなどが美徳とされます。

 故に、善悪を知り、善となる正しい事を行うのが彼らなのです。

──それは《七つの大罪》と相対する存在の可能性を示唆してます。

ノーネームメンバーが所有する《罪の炎》は七つの大罪をベースとしており、そこに該当しない《粛清の罪》と《慈愛の罪》は、今まで異端の罪として扱われていました。

七つの大罪は、単純に言えば■■■■■■罪です。

善悪を知り、その行為を■■■だと分かっている上で■■を働くその様は、人として■■■行いをしているという事です。

それゆえ、七つの大罪は■▅■■■■■■■■なのです。

 ですが、目の前にいる存在は、暁月達で言う異端の罪。

異端の罪たる《信仰の罪》は《七つの美徳》に該当する罪である事から、粛清と慈愛も同じく七つの美徳に属する罪であると考えます。

それは罪の名から分かることでした。

《粛清の罪》は罪を裁くことで悪しきものを排除する。

《慈愛の罪》は深い愛情を注ぐことによる一途の証。

《信仰の罪》は神聖なものを固く信用し、信頼する。

 これらは善となるものばかりです。



 ただ………

 暁月の視線は一瞬、死体となった男性を向けられた。その一瞬の隙を逃さず、アノスの槍が暁月の胴めがけて一閃する。

──ガキンッ!

刃が奔る。

暁月は寸前で槍の一撃を受け流す。

流れた槍、流れる刃。

半月ダガーナイフの刃は流れに逆らって、槍の柄を滑る。

その流れに逆らった結果、空を切った。

槍は手放され、短い距離を飛翔し、木に突き刺さった。

アノスは距離を取り、面白そうに笑う。


「あははは!いいねいいね!良い反応速度だよ!やっぱり雑な一撃じゃ、簡単には殺られないよね」

「この人を殺したのは…貴方……?」

「あぁ、そうだね。でも初めに殺したのは君が殺したあのご老人だよ」

「ん……?それじゃあ…この人は……」

「『硬直死』の被害者。その人は一度死んでる」

「…!?」


 暁月の頭に浮かぶのは、先程までの元気そうな笑顔をする男性の姿。

何一つおかしな点はなく、生きていました。

アノスは面白そうな口調で言葉を紡ぐ。


「けど、その人は発見されずにそのままだった。俺が見つけてあげたんだよ。だから生き返らせてあげたんだ。優しいでしょ?」


 アノスの左手にある水が弓から片刃片手剣へと変化する。

右手からも水が現れて、同じく片手剣を創る。

水辺のない所から自身で水を発生させる事から、魔術属性『雲水』という事。

雲水で武器を創造するのはルナがよく利用する魔術行使の為、暁月にはアノスの能力を見破るのは容易たやすかったのです。


「にしても、やっぱり物理的に武器を握るのは面倒臭いね。ついつい軽く握ってしまって飛ばしてしまったよ」


 アノスは地面に二つの剣を突き刺すと、手から雲水による鞭を作り、大袈裟に振るわれた。

暁月は伏せて躱す。

アノスの鞭は空を切るが、鞭の先端は木に刺さった槍を掴み取り、アノスの手元に引き寄せ帰ってきた。


「人を生き返らせるのは魔法だって聞いたよ……貴方は魔法が使えるの…?」

「魔法?そんなもの出来るわけがないよ。なら出来なくもないだろうけど、そんな事をしたら力が失われるからね」

「………」


 暁月はアノスの言葉が分かりません。

魔法とは再現不可能な神秘であり、禁忌である為、出来ないのは当然と言えば当然です。

 しかし、アノスは『生き返らせてあげた』と言いました。

それが魔法でなければ、他に何が出来るのか。

暁月の頭の中にある知識の手札には、たった一つの自身の知りえない能力がありました。


「信仰の罪……その能力が蘇生の能力………?」

「頭が切れるね。確かに信仰の罪の能力だよ。けど、能力の意味が違う」

「それじゃあ一体どんな能力──」

「そうして、口を滑らせると思うかい?」


 アノスは槍を投擲する。

そしてすかさず、地面に突き立てた2本の剣を抜き、暁月に接近する。

透明な刀身が暁月に襲い掛かる。

アノスの繰り出す単純な一動作による時間差の二連斬撃。

一撃を防御しても、続く二撃目が軌道を変える。

一撃を躱しても、追う二撃目が隙と差を埋める。

 だが、暁月は防御や回避に徹さず、自身から詰め寄った。

槍には最小限の回避。

アノスには最短の距離。

透明な刀身、雲水の武器は伸縮変幻自在可能なのに加えて、雲水の練度が高い人間においては刃の斬れ味は業物の刃物より上回る。

ナイフでは防御ごと断ち切られ、避けても刀身を伸ばされた場合、避けられない為である。

 ならば、攻撃を完成させないことが最適だった。

暁月は振るわれるアノスの両腕を受け止める。

一撃が完成する前にその攻撃を止めた。


「へぇ……」

「…………」


 間合いの内側。

刃が届かず、攻撃を発生させる腕を止める事で、雲水属性の長所も時間差の斬撃も無意味に終わる。


「よっぽど戦闘経験があるんだね。普通ならこの刀身に怖気付いて遠ざかる筈なんだけど」

「特に貴方と同じような雲水の魔術行使をする人を知ってるので、僕は身に染みるほど知ってますよ」

「それは凄いね。ただ、非力過ぎるんじゃないかな?」


 受け止めていた左腕は振りほどかれ、武器の形状は刃の付いたトンファーに変化する。

刃の間合いが手から先ではなく、内側に伸びる為、至近距離にいる暁月に対して攻撃が可能になった。

 それでも、暁月の方が上手だった。

振りほどかれ反撃までに時間のかかる左腕はアノスの胴を晒す。

片手が自由になる事で、暁月は僅かに回転運動を掛けられる様になり、アノスの横腹に暁月の右脚が跳ぶ。


「ッ───!?」


 ドゥゥゥン!!

鋭く重い蹴り。

5m先にアノスの体が吹き飛ばされ、木に打ち付けられる。

腕の非力さとは真反対の豪脚。

それが暁月の脚。

ノーネーム内において、唯一無二の脚力を有していた。

足音を消す繊細さ、落下の衝撃を受け止める強靭さ、高さを出す驚異的なバネや力、柔軟性を持ち合わすが、その中でも瞬発力が特化している。

 アノスの攻撃を受け止めたのも、僅かな隙に蹴りが入ったのも、脚の異常な瞬発力がそれらを可能にしていた。


「──ゴフッ……」


 アノスの口からは血が吐き出される。

胴体に重い蹴りが直撃した為に、内臓と骨がダメージを負った。

戦闘続行を打ち止めるべきかという思考を過ぎらせるほど、暁月の蹴りは強かった。

雲水の武器に対する戦闘経験、異常な瞬発力はアノスには予想外だった。


「全く…初見殺しすぎるね。相手が悪すぎたよ」


 アノスは木に背を預けながら立ち上がる。

 暁月はナイフを構えながら、アノスに近づく。


「まだ、続けますか?」

「……あまりにダサいね。仕方ない」





 アノスは鼻で笑い、雲水の武器を落とすと、手を挙げて降参する様子を示しました。

 ですが、暁月は構えを解かずにアノスを見据えます。

そこにひとつの声が、暁月に届きます。


「アカツキくん………居るよね…………?」

「うん……!居るよ!」


 エスメラルダの声は震えており、先程までの会話や戦闘の音を目を瞑って聴いていたのです。

一際大きな打撃音に、エスメラルダは心配で声を掛けました。


「目は……開けていいの……?」

「もう少し待ってて!」


 暁月もエスメラルダに心配させまいと、元気な声で返答すると、アノスはその様子に思わず拍手してしまいます。


「ははは!良かったね、お嬢ちゃん。彼は君を大事にしているみたいだ!確かに、もう少し待っていてね。邪魔者は消えるからさ」

「……!その声、やっぱり槍を買いに来た人ですか?」

「お、そうだよ!あまり、上手に扱えなかったし、粗暴に扱っちゃったよ。──ごめんね、悪いけど彼に槍を渡してもらわないと────」


 アノスはもうやる気がなく、ただ暁月の後ろで地面に突き刺さる槍を眺めます。

その様子に暁月も気を緩め、自身の背後にある槍に歩みを進めました。


「───そうそう、槍ぐらいは持って帰らせて貰えないと、そのお嬢ちゃんに申し訳がない」


 暁月は槍を地面から引き抜き、軽く振って土を払います。

そしてアノスの方へ振り変えると、

 パシャ………

足元で水音が鳴り、いつの間にか水たまりが出来ていることに気付きます。

水たまりと言うより、血溜まり。

男性の血が少しづつ移動していたのでしょう。

それを無視して、アノスに歩みを進めた時、暁月の肩はガッと力強く何者かに掴まれました。

暁月は即座に振り返ると、居たのはアノスでした。

 そして、アノスは暁月が攻撃や回避に移る前に、暁月の胸に手を当てます。

アノスの右眼には白く燃える罪の炎が有りました。


「『御身の願いを』」


 そこで暁月の意識は数秒間、断たれました。






 ───おかしい。

10秒程度で彼は意識を取り戻した。

まず、有り得ない。

確かに信仰の罪の能力である『肉体と心理の掌握』を使った。

これを使えば、大抵の人間は死ぬと同時にその中身を俺に委ねる。

肉体の自由も、心の自由も、俺に明け渡され、人形と同じようなものになる。

──だけど、これは一体、なんだ………?


「ふぅ…………ふぅ……………ふぅ………………」


木に居る俺は偽物、雲水の水を通して本体の俺は移動した。

彼にダメージはある。

意識を取り戻した瞬間に、本体だと見抜いて、間合いをとったのは流石というべきか。

外傷的なダメージではなく、中身、それも人の核を直接叩くような攻撃をしたのだから、無理はない。


「君は一体何者だい?」

「──おれは……貴方は知っているでしょう?」

「……………」


 分からない。

分からないからこそ、知りたくもある。

だが、どうやらそれもさせてくれないらしい。

彼を庇うように現れた女。

その見た目、どう見ても、に他ならない。


「暁月、無事か?」

「ルナ姉……!」


なるほど。

戦闘経験が豊富な理由や打開の仕方、あの女に教われば確かに可能になる。

知恵もあるのが面倒だ。


「待ってろ、すぐ終わらせてやる」


 女は俺を冷たい目で見据えた。

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