第31話「黒に赤が混ざり、闇然を見出す」

 ~翌朝~


 夕方頃に『探し物をしてくる』と言ってから、アカツキくんが帰ってきたのは夜9時半頃だった。

特別何かあったわけじゃないけど、ただいつも以上に気配が無かったから、帰ってきた時は扉が開いても、何故か反応出来なかった。

 それ以外は特に何も無い。

その後は『ご飯までに間に合わなかったー』とか『明日の予定はどうする?』とか、いつものアカツキくんで、私も何を探しに行ったのかを聞かなかった。

 けれど……。


「?」


 アカツキくんの顔は徐々に酷くなっていた。

昨日よりハッキリと目の下にはクマが出来ていて、全体的になんだか気迫というか、力がない。


「アカツキくん……体調は大丈夫…?食欲はあるみたいだけど、顔色が良くないよ………?」

「本当?鏡見た時は平気だったけど…」

「全然……凄く酷い顔してる……。今日はもう部屋で休んでいようよ…」

「…………」


 アカツキくんは少し考えて、私にこう伝えた。


「エスメラルダ、僕の事は気にしなくていいよ。何か買い出しとか、出掛けるなら付き合うから」


………………違う。

………………違う。

なにが『僕の事は気にしなくていいよ』だろう。

どこが『僕は皆と違うから』だろう。

こんなに良くない顔をして居るのに。

───彼を叱らないといけない。

───君は間違ってると言ってあげたい。

………けど、どうして………


「…………分かったよ」


 それを、言えないんだろう。





 2人は昨日と同じように街を歩いていました。

 しかし、昨日のように朗らかな雰囲気はありません。

暁月はいつもよりも口数が少なく、視野も狭く、街の景色に対しても見るだけであったり、人とも時々ぶつかりそうにもなっていました。

その様子にエスメラルダは彼の手を握り、話しかけることもなく、ゆっくりと歩きます。

そこへ、ほろ馬車に乗った一人の男性が声を掛けてきました。


「おーい、そこの兄ちゃん!」


 2人は声のする方を見ると、暁月はハッとしました。


「あの木製のナイフをくれた人ですよね?」

「おぉ、憶えていてくれたか!その子は……恋人か!」

「!?」


 エスメラルダは『恋人』という言葉に強く反応しましたが、暁月はそんな事をお構い無しに、エスメラルダに男性を紹介します。


「エスメラルダ、この人はあの木製のナイフをくれた人だよ。えっと名前は──」

「あー、名前は大丈夫だ。顔だけでも憶えてくれたら良いさ。──ところで兄ちゃん、顔色が酷いがどうした?寝不足か?」

「ははは…エスメラルダにも同じ事を言われましたよ。そんなに酷いですか?」


 男性が頷くと、エスメラルダも暁月の横で頷いていました。

 そのエスメラルダの様子に、男性は微笑ましく笑います。


「くくっ………あぁ。慣れない土地で気でも張ってるのか?」

「ははは……そうかもしれません」

「俺らみたいな街の外から来た奴は、ここに対して何にもなくても緊張するもんな。そこでだ、俺はこれから北の森林地域に行くんだが、気分転換に一緒にどうだ?」


 男性の提案に2人は顔を合わせます。

暁月は『エスメラルダはどうする?』という軽い雰囲気でエスメラルダの顔を見ますが、エスメラルダの中では『遠出となると体力使いそう…』や『街だからこそ緊張してるのかな…』等、とことん暁月を心配していました。


「行き帰りの足に関しては困ることは無いさ。俺が運んでやるよ。あと別に断ってくれても構わない。二人で街のデートを楽しむならそれでいいんだ」

「────」


 エスメラルダは再度考えると、答えを出しました。


「それじゃあ……お願いします」


 * * *



 街の北側、城壁付近にある森林地域は植林や牧場、農作物、林間学習用の場所として利用される場所で、街中で最も自然を残した地域です。

 その為、景観も街とはガラリと変わっています。

舗装されていた道は土に、背の高い石造りの家は背の低い木製の家に、道を照らす街灯もここにはありません。

暖色と白に包まれていた街中に対して、自然の緑と空の青が視界のほとんどを占める空間は城壁の外と変わりありません。


「………なんだか安心感がある…」

「そうだね、とっても安心するよ!」

「ははは!やっぱりこういう自然いっぱいな方が落ち着くよな!」


 そよ風が若葉の香りを運び、馬車に乗る彼らを通り抜けます。

集落のものとは違う風、違う匂い、似て非なる風景は安心感と新鮮さを呼ぶものでした。


「街へ移住しに来た外の連中は、大抵ここで働いてる。何せ、街の技術は発展して、勉強がしっかり出来てないと働けないなんて所が多いからな」

「確かに……あれほど凄いものを建てられるなら、それなりの勉強をしてるって事ですよね…」

「あれって、電波塔の事か?誰が目に見えないものをああして、色んな方面に届く様にしたのか分からないよな。よっぽど、勉強かつ仕事熱心なんだろうさ」

「そうですね。──アカツキくんなら頭良いから、街で働けそうだね?」


 通り過ぎる風景を眺めていた暁月は反応して、エスメラルダに返答しました。


「ははは!確かに知識はあるつもりだけど、専門的な事は僕も勉強しないと分からないよ」

「なんだ、君は頭がいいのかい?良かったな、彼女さん!将来安泰だな!」

「あはは…」


 まだ誤解は解けておらず、男性は2人をカップルだと思い込んで接しますが、それ以前に、その2人は誤解を解こうともしないのです。

暁月はあまり気にしていませんが、エスメラルダはその様に扱われる事が気恥ずかしくも嬉しそうでした。


 * * *


 木が生い茂る森のような場所に入った途端、男性の馬車は本来の道を逸れて、森の中に入って行きます。

道無き道をゆっくりと進んでいくと、突然、森の中で立ち止まります。


「どうかしましたか?」

「…………」


 男性は答えません。


「エスメラルダ」


 暁月がエスメラルダの名前を呼び、意識を向けさせると、口の前に人差し指を立てて、『静かに』と指示しました。

暁月は男性を確認する為に馬車の中で立ち上がり、男性の顔を覗き込みました。

目は虚空を見つめており、意識がないどころか、心や魂でも抜けたように表情も体も微動だにしません。

それを確認したと同時に『パキッ』『グッ』という音が小さく何処からか鳴り始めました。

あまりに音が小さく、音の発生源はわかりません。

暁月はその音源を探す為、静かに周りを見渡します。


 パキッ……………グッ……………


 パキキ………………………


 ペキン…………グッ………………


 グチッ……………………


音を変えながら、その音は徐々に近くなります。


 バキッ…………


 グッ……………………グァ………………


 ビチャ……………ポタッ………ポタッ………


最後の音は水に似たもので、音も近いです。

ですが、この周辺に川はおろか、水の流れる音は一切しません。

あるのは、木の葉の摺れる音、風の音、小動物が動く音、馬の呼吸の音、2人の呼吸の音、そして謎の音のみです。

暁月は一度、エスメラルダの安否を確認する為に向き直った時でした。

 男性の口からは血が溢れ、座席に何度も血が滴っています。

暁月が確認するのを待っていたかのように、先程まで『生きていたはずのもの』は顔を変形させていきました。





「屈んで、エスメラルダ!」


 アカツキくんの叫びを聞いた。

わけも分からず、体と頭はその指示を受け入れられず、固まってしまって動かない。

アカツキくんは男の人を座席から突き落としてから、私に急いで駆け寄ってきた。

 そして、私を覆うように庇おうとする。

『何故、突き落としたんだろう』という疑問は、一瞬視界の端に見えた赤黒いものが、それ以上の追求と思考を辞めるように促した………。


 ・・・


 アカツキくんは私の顔を胸に埋めて、抱き締めてくれてた。

……けれど、いつもの香りがしない。

凛とした清香な香り。

花のような優しく豊潤な香り。

この2つの香りは、もう、分からない。

ただ陽のような暖かく穏やかな匂いと、鉄に似た匂いが混ざりあって、とても気持ちが悪かった。


「エスメラルダ、目を瞑っていてね。僕は少し周りを見てくるよ」

「うん………」


 アカツキくんが私から離れて行く。

そして、鼻に漂うのは、異常なほど漂う鉄の匂い。

それと、アカツキくんの声ではない誰かの声が聞こえた。

『お嬢ちゃん、動かないで』





 暁月はエスメラルダから離れ、幌馬車を降ります。

幌にはおぞましいほどの量の血が飛び散り、肉片が馬車や馬にもへばりついて、血を伸ばします。

砕かれ、割れ、細く鋭利になった骨は『現代』の破片手榴弾と同様に馬車や付近の木に突き刺さり、馬を貫通し、広範囲に影響を及ぼしていました。

それらの中心にある、男性の無惨な遺体。

下半身と背骨のみがそこには残っていました。


「………」


 先程まで鳴っていた謎の音の正体は、男性の体内内部が破壊されていく音。

骨が折れ、折れた骨が内蔵に突き刺さり、内蔵を傷つけ、出血を体外に流れ出したのでした。

暁月としては、男性を弔いたい所ですが、今の置かれた状況で悠長な事をしている余裕はありません。

自爆による殺傷能力、人気の無い森の中。

明らかに、殺す目的でここへ誘われたのでした。


「………嫌な予感がする」


 しかし、男性の自爆はあまりに不自然なものでした。

身体中に爆弾を付けている様子もなく、爆発後も火薬の匂いはしません。

 故に、《能力》─────。





 ────シャッ。


 その風切り音は突如、やってくる。


「ッ!」


 音に反応して、暁月は身を翻す。

何が飛んできたのかは不明。

ただ、高速で暁月の頬を掠めて行った。

暁月は素早く《半月ダガーナイフ》を抜き、構える。

音の方向だけはハッキリした為、その方向を注意深く観察すると、再度、何かが風切り音を伴って、正面より飛来する。


 ──────シャッ、シャッ。


 2発。

暁月は体全体を動かし、大きく回避する。

その横を小さい何かが、通り過ぎる。

 しかし、見えない。

速さはもちろんだが、物が

暁月はその物を目で追えてはいるものの、物が何かは分かっていない。


 ───────────シャッ。


 暁月は落ちた肉片を拾い、前方に投げ付ける。

その肉片は空中で何かに穿たれると、その穿ったものは肉片の血が混じりながら、姿を露わにする。

形は矢を模したもの。

透明なものは血が混じり、赤い矢となった。

それを難なく躱す暁月。

 そこへ、遅れて1つの声が暁月の届く。


『あー、駄目だね。やっぱり判断能力と反射速度が人並みじゃない。不意打ちは1回限りか』

「─誰だ!?」

『誰?そうだね、どうせ殺し合うなら名乗ろうか』


 暁月の正面から、透明となっていたものは徐々に姿を現す。

足。黒いブーツを履いた長い脚。

胸。黒色の貴公子のような服装。

顔。あどけなさが残る青年の顔。白い髪。黒い瞳。

右手には槍を携えて、左手には弓を模した水。


「俺は七つの美徳、信仰の罪所持者。No.5、アノス・アークだ。初めまして、七つの大罪」

……………?」


 似て非なる言葉の響きに、暁月は困惑した。

何故なら、『信仰の罪』というものは、暁月にとって知らない罪だからだった。

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