第26話「首都 エーデルシュタイン」後編

「こんにちは」

「「こんにちは!」」


 エプロン姿の年寄りの女性が店に訪れました。


「果物ナイフが欲しいのだけれど、あるかしら?」

「果物ナイフですか……」


 エスメラルダがその女性に対応します。

 しかし、エスメラルダの持ってきたナイフは用途が違います。

日常的な物ではなく、自然的のものに対する物を占め、狩猟等のとどめの為の刺すことに特化したナイフや皮を剥ぐためナイフ、自然環境下での頑丈さと厚さに特化したナイフにそれらをこなす為の万能な大きめのナイフが並びます。


「うーん……」


 エスメラルダもそれらを眺めて、使えそうなものを探していると、暁月が女性に話しかけます。


「普段どんな果物に使いますか?」

「そうねぇ。リンゴとかモモくらいかしら。時々大きな果物にも使うけれど、長い刃は扱いに苦戦するのよね…」

「それじゃあ…こっち辺りかな?」


 比較的短めの刀身を持つナイフを眺めて、1つの手に取ります。

商品の全ては鞘に収まっている為、暁月は鞘から刀身を露わにします。


「アカツキくん…それ…」


 暁月の持つナイフは皮を剥ぐために利用するナイフでした。

すると、暁月が振り向いて、


「エスメラルダ、このナイフの特徴説明出来る?僕ちょっと買い物してくるね」


と言いました。


「う、うん。分かった」


 暁月は颯爽と屋台から抜けて、人混みの中をまるで踊るように抜けていきます。

暁月に変わってエスメラルダが女性を相手にします。

 皮を剥ぐために利用するナイフであり、果物ナイフでは無いという事をまず説明し、少々重いものの、斬れ味が良く難なく物を切れるという簡単な事を言いました。

 それを聞いて、女性は悩みました。


「…すみません。品揃えが悪くて」

「こちらこそ、ごめんなさい。顧客が違ったわね。でも凄く美しい刀身よ。鏡のようにピカピカで使うのが勿体ないくらい綺麗」

「はい、ありがとうございます」

「お嬢さんがこれらを作ったの?」


 女性は屋台並ぶナイフやエスメラルダの後ろにある武器を眺めて言います。


「いえ…鍛えて研いで形にしているのは私の祖父です。私も出来ますが、祖父ほど上手く出来ません…」

「じゃあお嬢さんは店番が役割なのかしら?」

「そうですね…私が未熟なので、祖父が常に作業している状態です…」

「あらあら…変な事聞いてごめんなさいね。手が汚れていたから…他になにかしてらっしゃるの?」

「これは、店番の合間に色んな刃物を磨いてるからですね」


 そこで、女性はハッとします。


「じゃあこの鏡のような刀身はお嬢さんが?」

「はい、そうです。祖父の許可も得ずに勝手にやってる物ですが……」

「凄いじゃない!刃物には詳しくないけれど、長く生きている分色んなものを見て来たから分かるわ。素人の目から見ても、惚れそうな程に綺麗だもの」

「……!ありがとうございます」

「ふふっ、お嬢さんも良い仕事してるわよ。……年寄りの話に付き合わせちゃ悪いわ。繁盛するといいですね」

「はい。ありがとうございます」


 女性は手を振って離れていくと、そこへ、暁月が丁度よく帰って来ました。

両腕で抱えた紙袋には山ほどのリンゴが入っており、手にはいい匂いを漂わせた紙袋がありました。


「あれ?おばあちゃん、もう行っちゃうの?」

「えぇ、買わないのに話してたら貴方たちの迷惑になるもの。お仕事頑張ってね」


 それに対して暁月は女性の行く手を遮ります。


「おばあちゃん、ごめんね。別のナイフもう一度説明したいんだ」

「あら、まだなにかあるの?それじゃあもう一度寄らせてもらおうかしら」

「ありがとう。おばあちゃん!」


 2人はすぐに屋台の前に戻りました。


「エスメラルダ、これ食べていいよ!朝食べてなかったもんね」

「あ ありがとう。アカツキくん」


 渡されたのは手に持っていた2つの紙袋。

 紙袋を渡した暁月は抱えていた紙袋も下ろして、片手にリンゴを持って、さっきとは別のナイフも手に取ります。


「おばあちゃん、このナイフもね、動物の皮を剥ぐために利用するナイフなんですよ」

「へぇ…でもちょっと形状が違うわね」


 エスメラルダもそれに対して、静かに頷きます。


「そうなんです。このナイフは刺すことも出来るんですよ」

「刺すこと?」


 女性は暁月の言ったことに疑問を持ちました。


「はい!果物ナイフじゃないとはいえ、この人達が作るナイフは凄い斬れ味です。おばあちゃん、このりんごにナイフを突き刺してみて?」


 暁月は女性にナイフを持たせて、自身はリンゴを持って待ちます。


「行くわよ?」

「はい!」


 女性はナイフをリンゴに刺します。


「……凄く軽く入ったわ。全然力入れてないのに…」

「小さな刀身でも刺すことが出来れば、大きいものも切れますよ。このままリンゴを回転させるね!」


 リンゴを手の内で転がすように暁月は指を器用に動かします。

 刺されたナイフは刺した場所からほとんど抵抗や引っかかりもなく、容易に表面を割っていきます。

女性はただナイフを持って、眺めているだけです。

リンゴが一周するとバカッとふたつに割れて、中の白い果肉とナイフが通った断面を露わにします。


「こんな凄いナイフ触った事ないわ…」

「凄いでしょ!鋭いから危ない…っていうのはあるけど、おばあちゃんは上手に刃物を扱える人のはずです。それに柄は滑り止め加工が施してあるので、濡れた手でも滑りませんよ」

「………」


 女性は感嘆とするばかりで、徐々に言葉を失っていきます。

 エスメラルダもその様子を見て、如何にジェイドが繊細で高度な仕事をしているのかを理解しました。

女性はエスメラルダの方に向き直り、


「お嬢さん、このナイフ頂けるかしら?」


 と、購入の申し出をしました。


「え?え、あっ、はい!」


 それに困惑するエスメラルダ。

 屋台の中に入って切られたリンゴに齧り付く暁月は、ひと仕事終えたようでした。

 ──女性からすれば少々値は張るものの、質を考えればあまりにも安く感じる値段。

 女性とエスメラルダの間で金銭が移動する間に、暁月がナイフの刀身を水で洗い流し拭いてから、そのナイフは女性の手に渡りました。


「ありがとうね~」

「「ありがとうございました~!」」



 2人は店番をしながら朝食を食べます。

 エスメラルダは暁月が買ってきたサンドイッチと飲み物で、ささやかな朝食を楽しみ、それが食べ終わると、リンゴを半分食べました。

 その半分は暁月が先程食べていたリンゴの片方です。


『アカツキくんは…自分の分を買って来なかったの?』

『うん。りんごに試し切りすればお客さんはナイフの質が分かるし、それを僕が貰えば沢山食べられるよ!』

『……それって『イッセキニチョウ』かな?』

『そうだね、一石二鳥だよ!』

『へへ、合ってた』


 2人は些細な事ではありましたが、笑い合います。

多くの人が流れていく普段と変わった空間の中で、2人はいつもと変わらない空間を持っていました。



 朝食を終えた辺りからまたマーケットの人が増えはじめ、屋台の前で足を止め、商品を買う人も増えてきました。

ナイフが好調な売れ行きで、客側の求める用途とナイフの使用用途とは異なる事がありますが、その異様な斬れ味と鏡のような刀身で、お客を魅了します。

 エスメラルダがナイフの説明と会計をして、暁月がお客との会話とナイフの試し切りを促します。

 暁月の卓越した刃物の扱いと知識に相まって、ジェイドが造り、エスメラルダが磨いたナイフを使ってるので、体験談や使用感なども話せる為、それがまた客側の購入意欲をそそりました。


 * * *


 昼頃には、持ってきたナイフの6割も売れていました。

午前中だけでこれほど売れたのは、エスメラルダ曰く初めてだそうで、暁月のお試し商法が効いたようです。

 しかし、剣や槍などの武器は一切売れていません。

ナイフはまだ日常的に使いますが、武器は本当に限られた人しか扱わず、たとえ武器を売りに来ても軍隊は軍隊でコストも性能も適度に保ったものを量産して使うので、買い手が中々付かないのです。



「こんにちは。後ろにある槍が欲しいんだけど、買っていいかな?」


 ふらっとやって来たのは、あどけなさが残る顔立ちの青年でした。

顔の割に服は整っており、貴公子的な雰囲気です。

 今、暁月はエスメラルダの昼食を買いに出掛けており、屋台にはエスメラルダだけです。


「こんにちは。これでいいですか?」

「そうだね、ありがとう。お嬢ちゃん」


 その青年が買った得物は刃が広く重量のあり、刺すより切ることでした。

青年は金銭を渡し、商品を受け取ると、昼時で人混みが緩和された屋台横の小さな空間に移動します。


「ふーん…いい重さだ。ちょうどいい」


 青年は槍を軽く振るいます。

槍の重さに体の軸を振らされず、重心移動や槍の扱いを見たあたり、素人のエスメラルダでも分かるほど慣れていました。


「扱いが上手ですね」

「そう?でも槍は苦手なんだ。けど、この槍は良いね。持つだけでわかるよ」

「─はい。ありがとうございます」


 青年は肩に槍を預けてマーケットから出ていこうとします。


「さてと、仕事しなきゃね」


青年は独り言を言いながら、去っていきました。




 昼食を食べてからも、武器を買いに来る人は居ませんが、ナイフは暁月の活躍でどんどん売れていきます。

 その為、エスメラルダが本来予想していた収益よりも、遥かに多くの稼ぎになっていました。

それ故に、とある噂が一瞬で広がり、とある男の耳に届きました。



 夕方頃にその男はやって来ました。

軍服の男性。

背も高く、顔立ちも良い20後半くらいの年齢でしょうか。

エスメラルダと同様にこの世界では珍しい黒髪で、片目を隠し、美貌に似合う紫の瞳。

 その目付きは少々鋭く、軍人としての意識があると言えるでしょう。

彼の後ろでは、足を止めて彼を眺めている民衆と部下らしき軍服の人が居ました。


「失礼。『鏡のようなナイフ』を売っていると聞いてやって来たのだが、此処だろうか」

「はい…確かにナイフは売っていますけれど…」

「ふむ…」


 男性はエスメラルダと傍らにいる暁月の容姿を確認します。


「噂通りの容姿だ。間違いはないだろう」

「……ナイフをお求めですか?」

「あぁ、すまないが『試し切り』とやらをさせてくれないか」

「はい、良いですよ!」


 試し切りに対して反応したのは暁月でした。

暁月はりんごを片手に持って、もう片手で手頃なナイフ1つを男性に渡します。


「ありがとう。───ほう……」


 男性はナイフの鞘から刀身を露わにし、日光と写る景色、曇りなく男性の顔を反射します。

『鏡のような』というより、『鏡』そのものです。

男性はりんごに刃を添えます。

 そして、滑らかな腕の動きに連動して、ナイフも滑らかにりんごを断ち切りました。

それを見ていた、男性の後ろの民衆も驚きの声を漏らします。


「──鋭く整った刃の形状に加えて、鏡の如く磨き抜かれた刀身が他の抵抗を受けずに滑らかに受け流し、この斬れ味を可能としているのか。これは買うに値する」

「あ、ありがとうございます」

「ナイフと武器全部貰おう」

「────え?」


 男性の後ろの民衆も感嘆とした声を漏らします。

エスメラルダは男性の発言に困惑しますが、その間に暁月はその男性に話しかけます。


「お兄さんは兵士かなにか?」

「あぁ。街の外、東側に向けて遠征をしている。極東騎士団のディアマントだ」

「東に遠征?何かあるの?」

「む、君ここは初めてかな。西側の遠くから来たのかい?」

「はい!遠い集落から、この子と一緒に!」

「それは…長旅だっただろう。なら簡単に遠征について教えよう。ここから東側は未開の地で魔物が多く存在する。その魔物の討伐と土地の調査をするのが我々の責務だ」

「魔物…じゃあ時々集落にやって来てたのは、魔物なのかな?」


 暁月は過去に集落にやって来た30頭もの獣を瞬く間に葬り去り、それ以降集落の警備に参加していました。

その後は時々何頭かが訪れましたが、痩せ細った子供の獣を最後に見なくなりました。

総攻撃で集落に訪れたはずが返り討ちにされてしまい、獣達の頭数を大半減らされてしまった為、集団での役割をこなせず暮らせなくなり、単身で乗り込み、復讐しようとしたのでしょう。

 ですが、無慈悲にも暁月の一太刀であっさり命を絶たれるのです。


「魔物の襲撃にあったのか?」

「はい。でも今は大丈夫ですよ」

「そうか…一応西側にも我々の拠点はあるが、東側に人手を割いている分、警備は薄い。今度、人員を増やす事を検討して貰うとしよう」

「それは良かった、ありがとうございます!」

「こちらこそ、遠方の人間の話を聞けて良かった」


 暁月はディアマントと平然と会話を広げますが、エスメラルダは男の名を知っていました。

極東騎士団の中で最強と言われる程の実力者であり、この土地の貴族の出身である為、二つの意味で名が売れている人物です。

集落で街に詳しくない人間でも、彼の名前くらいは聞き及ぶほど。

 それ故、彼はこの街では英雄扱いで、彼が出歩けば色んな人の目に止まるほど、人気者でした。

エスメラルダからすれば、集落での暁月に似た存在です。


「──さて、ここで長居するのも他に悪い。会計をして貰っても構わないか?」

「は、はい。全部……ですよね……?」

「あぁ……それとも1人に対して個数が決まっていたのか?」

「いえ…そんなことは無いですよ。ただ武器はそれなりにお値段がするので……」

「構わない、全額払わせてもらう。部下に協力して貰ってそれらを運び出す。前線で大切に使うよ」

「────」


 とうとう、エスメラルダの予想どころか二度とないであろう出来事が起きました。

午前中でナイフが飛ぶように売れ、午後もその勢いで地道にナイフの数を減らし、そして今、売れ残りやすい武器が一瞬にして買い取られました。


「この時間ならマーケットも直に終わる。今から部下を呼ぶから、会計だけを先に済ませても大丈夫かな」

「はい…、大丈夫です」


 エスメラルダは残ったナイフの値段と武器達の値段を計算していきます。

その合計は大人がひと月働いても少し足りない程の値段でした。


「ふむ、なら少々多いが受け取ってくれ。お釣りは要らない」

「はい──、ありがとうございます」


 ディアマントから渡された金銭が入った袋には、彼が買い取った合計の値段の2倍も多く入っていました。


「斬れ味は確実だが、耐久性の噂も聞いた。少年が愛用しているらしいな。それほどに頑丈なのか?」


 暁月が答えます。


「はい!3年ほど使い続けてますが、刃こぼれした事はありません。柄と刀身もしっかりと固定されてるので、ガタツキもなく、安定した握り心地がありますよ!」

「ほう、仮に刃と刃を合わせた場合どうなる?」

「衝突時の力にもよりますけど、今の所分かるのは刃は削られますが、折れはしません。刃も研ぎ直せば斬れ味を取り戻しますよ!」

「そうか、それは安心だ。やはり値段に見合っていないな。多く渡して正解だ」




 ディアマントは近くの部下に指示を出し、屋台の傍で待機をさせました。


「私は他の者を連れてくる。頼んだ」

「ハッ!」


 ディアマントはマーケットを後にして、部下の男が2人に話しかけてきました。


「おふたりはもう宿はお決めになられましたか?」

「いいえ…。マーケットが閉じてから探すつもりでしたが…」

「ならば、ここから近くの公園横にある宿に泊まってはいかがでしょう。高級な部屋とベッド、料理が用意された宿屋です。長旅後には良い宿のはずですよ」

「──すみません、あまりお金を使うのは控えてるので…」


 それに対して、部下の男が頭を下げた。


「これは失礼。ならば最近できた宿に行かれてはどうでしょう?そこなら値段もお安く、質素な部屋ではありますが、料理がとても美味しいですよ」

「……なら、そうします。位置を教えてくれますか?」

「はい。紙に書かせてもらいますね」


 部下の男は、木箱の上で紙に地図を描き、エスメラルダに渡します。


「もうおふたりはマーケットを出てもらっても構いませんよ。この荷車と屋台は私共が返させていただきます。もし、商品が心配だと言うのなら、居てもらっても構いませんが…時間は掛かりますね……」

「──…」


 エスメラルダは迷いますが、暁月がエスメラルダの手を握ります。


「エスメラルダ、大丈夫だよ。この人達は良い人だから心配する必要ないよ!それに僕達もちゃんと休まなきゃ。後はこの人に任せて、宿に泊まろうよ」

「アカツキくん……」


 エスメラルダはまだ心配でしたが、お金は本来の倍貰っている為、損は向こうにしかありません。

 それに加えて、暁月の人を見る目は間違い無いと心の中で信じている為、暁月の意見に従います。


「うん。そうだね……。後はよろしくお願いします」

「はい、ご苦労さまでした!」


 部下の男は敬礼をして、屋台の前で待機し続け、暁月とエスメラルダを荷物を持ってマーケットを後にしました。

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