第26話「首都 エーデルシュタイン」前編

「──エスメラルダ」

────────。


「……エスメラルダ?」

────────。


「…………」

────────。




 ………意識だけが先に目覚めた。 

瞼はまだ開かない。

地道に体の感覚が戻って行く。

けれども、瞼はまだ開けない。

体の感覚が目覚めた事で、体が身動ぎし始めた。

寝返りを打つ全身、腕は水みたいに滑らかに自身とは別の体を沿って滑っていく、少し冷えた手は温かい場所を求めて、何かの間に手を滑り込ませていく。

温かな人肌、けれども少し変な感触。

表皮を滑る肌と表皮のない肌がある。

 それを触った私は、それを触れてはいけないものだと遅からず確信した。

私の腕を別の人に掴まれることで、私はようやく目が覚めた。




「────……」

「お……おはよう……アカツキくん……」


 私の腕を掴んで、私を見るアカツキくんは少し怖かった。


「おはよう……ごめんね、エスメラルダ。変な起こし方しちゃった……」

「ううん……私の方もごめんね…。勝手にアカツキくんの体に触っちゃって……」

「──起きてたの……?」


 アカツキくんの握る力が少し強くなる。

本当に触れてはいけないものだったみたい…。


「夢……みたいな感じだった。無意識だった…。手が寒かったから…温かい場所を探してた……」

「そっか…それなら仕方ないね…!」


 パッと掴まれていた腕を離してくれた。

顔はいつものアカツキくんに戻った。

ただ腕に残った力強く恐ろしい感触が、残っていた。






 ─3日目朝─


 エスメラルダと暁月はテントを片付け、街に入る準備を整えると、門が開かれ、閉ざされていた街の中を拝むことができました。


「わぁぁぁ~!」


 荷車に乗っていた暁月が身を乗り出して、街を眺めます。

集落とは違い、レンガも使った魅力的な石造りの建物が建ち並び、高さもあるので建築技術も発展しているようです。

白い柱に暖色の壁、壁の色も基本が暖色でありながら薄いもの、濃いもの、色を混ぜたもので飽きないような配色をしています。

 集落では高級扱いされていたガラスも贅沢に使われ、街頭を照らす照明も、あらゆる建物の窓も、品物を飾るショーケースも、至る所にガラスが使われています。

街並みに相まって、道を行く人々はまるで紳士淑女のよう。

地面は歩行者が歩く舗装されたタイル張りの道と馬車や自転車が通る為の整った土の道。

 それらを左右対称にした道の真ん中に、鉄のレールが敷かれ、街の中を巡る小さな列車。

暖色と白で構成された街並みに転々と存在する街頭の緑色や植物は彩りを追加し、大きく広い公園には自然の緑と茶、淡い白のタイル張りの地面と空の蒼さを写した噴水の水が街の秘境のように佇んでいます。


「やっぱり凄い……!」


 エスメラルダもその景色に感動してしまいます。

集落の自然と馴染んだ穏やかな美しい世界と違い、文明が発展し人工物の暖かさに自然の温かさも取り入れた麗しい世界。

 そして視線の先には技術発展の象徴たる、電波塔が空に向かうように伸びていました。

ここは街と呼ばれますが、本質はこの世界の都。

《エーデルシュタイン》

それがこの街の名前です。




 2人の間に言葉は長らく紡がれませんでしたが、その間も2人の意識は完全に一致していました。






「アカツキくん」

「ん?どうしたの?」


 エスメラルダの声もまるで曇りがなく、明るい雰囲気で、


「時間が空いたら、一緒に街を歩こう?」


 と、輝かしい翠玉の瞳を向けました。

それに対しての暁月は眩しい空の瞳を合わせます。


「うん!いいよ!」


 今の2人に今朝のような曇りはありません。

 ただ澄み渡る真っ直ぐな瞳と言葉が2人を繋いでいました。




 街の入口から進み続けて、屋台が建ち並ぶ空間に出ました。


「エスメラルダ、ここは?」

「ここは街の中で特に多くの人と物が集まる場所、クライスマーケットだよ。私達は金属だから…奥の方だね」


 円形にかたどられた空間には屋台も円形に並んでいましたが、それらの屋台に立ち寄る人はいません。


「まだ、準備時間中かな…。私達も急いで準備しなきゃ」


 今は荷物を詰んだ馬車と商人のみが進入することを許されている為、朝早くから一部の方面では商品を求めて列を成している一般の人々の姿があります。

 クライスマーケットの進入口から半周して、エスメラルダ達の馬車は無人の屋台の隣で止まりました。

周りの屋台には鉄を使ったアート品や金属製のアクセサリー、ナイフや盾を飾っている店等があり、金属製品がまとまった地帯で食品や雑貨を扱う地帯とは違い屋台に間隔が空いています。


「アカツキくん、ここでお店を開くよ。申し込みはもう手紙で済んでるから…」

「それじゃあ、荷物を下ろすの手伝うよ!」

「うん。ありがとう」


 暁月は荷車に乗っている武器詰まった樽を抱えて荷車を降りました。

かなりの重量があるはずでしたが、暁月は商品を揺らしたりすること無く、難なく運びます。

続々と運び出され、あっという間に荷車に荷物は無くなってしまいました。


「ありがとう、アカツキくん。私はこの子達を馬房に連れて行ってくるね」

「分かった。商品はそれっぽく並べておく?」

「うん。あまり置き方は気にしてないから、自由に置いていいよ」

「分かったよ!待ってるね」


 暁月は笑顔で手を振り、エスメラルダを見送りました。


 * * *


 街は広いので、馬房に着くのもやっとです。

エスメラルダは馬房に馬達を預けて、徒歩で戻っていきます。

街の住民の服装は正装ばかりではありません。

半袖半ズボンで出歩く若い青年、エプロン姿で街を歩く女性、正装を着崩して仕事へ向かう男性等、生活感のある何処と無く馴染みやすい雰囲気でした。

 中にはしっかりと正装する人も居ますが、別にそれらの着崩した服や整った服だからと、別段良いとも悪いとも思うように視線を向けていません。

エスメラルダの服装はシワだらけの白いワイシャツに、クタクタな黒い半ズボンです。

だからといって、変な視線を向ける人はいません。

 ただ、エスメラルダは街並みに圧倒されて、一人一人の服に気が回らず足早にマーケットへ戻っていました。


 * * *


 エスメラルダがマーケットに辿り着くと、屋台には誰もいませんでした。

 ですが、屋台で待っているはずの人は容易に見つかり、別の屋台で荷降ろしの手伝いをしています。

エスメラルダの屋台にはもう既に商品が並べられて、準備は整っていました。

その荷降ろしの様子を見守り、それを終えるとその人は帰って来ました。


「おかえり!その並べ方でいいかな?」

「ただいま。大丈夫だよ、綺麗に並んでる」


 2人は屋台の中の木箱を椅子代わりにして座った瞬間、何処からかトランペットの音が流れてきました。

それはマーケットの開始のファンファーレ、複数のトランペットが勇ましい楽曲を短く奏でます。

気の抜けた高く外れた音程を最後に、マーケット前で待機していた人達が一斉に流れ込んできました。


「おおおお!凄い数の人が流れて来た!」

「あっ……アカツキくん」

「ん?」

「何気なくここに居てくれているけど……マーケット開いてる間は私はここを動けないから、街見て回るなら離れても良いよ?」


 そのエスメラルダの台詞に暁月は首を横に振ります。


「街を見て回るのも面白いけど、こういう行事に携わることも1つの良い思い出になるからね!それに僕は元々ここには居なかった身。僕の事は気にしなくていいよ。なんなら、いっぱい働かせてもいいよ!」


 元気に答える暁月にエスメラルダは笑います。


「ふふっ…アカツキくんらしい。それじゃあ…一緒に店番お願い出来る…?」

「うん。任せて!」


 常に移動を続けていた2人は、ここで、ようやくその動きを落ち着かせました。

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