第25話「灯る罪」

 イアが暁月の部屋を掃除した次の次の日。


「って事でよろしく!」

「頑張ります…!」


 美雪が包丁で怪我をしたので、そのついでにイアの罪の炎の力である治癒能力を実践をする最中でした。


「まずは自力で出せるかだな……」

「………」


 そこには傍で座って見守る光とルナが居ます。

とはいえ、ここへ来た初日ルナに強制的に罪の炎を発動させられた以来、罪の炎は出していません。

イアにはまるで感覚が分からずにいます。


「ッ──!」


 手の先に何かを溜めるような動きをしますが、まるで何も起きません。


「あははっ!そんな力込めなくても出来ると思うよ。光くん、感覚でも教えてあげたら?」

「感覚?そうだな……心臓から目に導火線のように熱く線が通ってそれが頭にも……って事しか分からないな」

「うーん…?」


 左眼を意識して、色々考えてみますが特に変わりません。


「私も罪の炎持ってないから、まるで分からないや…ルナさんは?何か教えてあげられない?」


 少しの時間が流れると、ルナが口を開きました。


をイメージしろ」

「傷…?」

「光の感覚は合っているが、それは発端じゃない。傷、怪我なんでもいい、思い描いて治そうとしてみろ。今、目の前にあるものと感じる事の同じ事象をだ」





「治す……」


 美雪さんの指をじっと見つめる。

斜めに浅い切り傷が入っていて、そこからはじんわりじんわり出血していた。

似た傷と言ったら、せいぜい転んだ時とかの擦り傷が思い浮かぶ。

脳裏で水で傷を洗い流して…消毒して…綺麗な布で覆う。

頭の中でその擦り傷を治してみた。

 すると、心臓から目にかけて熱いものが走るように登っていった。


「お?」

「おお!凄いイアちゃん!ルナさんのアドバイスも流石!」

「………」


 左眼の辺りが僅かに熱い。

それでいて…目と頭が冴えるような感覚。

視界が広がって、視界に入るものの情報を沢山受け入れて、それでいて捌けるほど、頭の回転が早く感じる。

熱い線は頭にも繋がったようだった。


「光くん、鏡!鏡持ってきて!イアちゃんにどんなものか見せないと!」

「そ そうだな!そのままだイアさん!直ぐに戻る!」


 慌ただしく焦る光さんと美雪さんに戸惑いながらも、頭の芯ではイメージを損なわずに保てていた。

左眼の熱さの一部が流れて腕を伝って、掌にも伝わり、掌はいつの間にか温かな炎に包まれていた。

 その炎が…多分傷を癒すものだと、直感的に分かった。


「───……」


 私自身もまだまだそれが不思議で仕方が無かった。

この数日で色々な未知の力に触れては教わったけれど…それに近い力をただ普通に過ごしていた私が持っていた事。

 もし、あの時暁月くんに会っていなかったら、今私は何をしているのだろう。

今のあの場所には私の居場所は無くて、この今あるこの力を知ることも無くて……本当に何をしているんだろう。

頭の中の傷のイメージがだんだんと変わっていく。

初めて来たあの日、見てしまった暁月くんの体の傷。

あの傷を思い返してしまう。

──だってあんな傷を持っていながら、暁月くんはずっと笑顔だった。

生半可な治りの傷だった。

多分、服が少し摺れるだけでも痛みを伴いそうな…。

 もし…この力を使えるようになって暁月くんの傷を治せるのなら、撫でるように優しく癒して消してあげたい。

左眼の熱さが一層増してる気がする。

頭の中のイメージはいつの間にか暁月くんの無数の傷に入れ替わってた。


「イアちゃん………?」

「イアさん……」

「───」


 ふと視線を向けると、光さんが鏡を持ってきてくれていた。

その鏡が反射するのは私の顔。

左眼には桃色で激しく燃える罪の炎があった。

それで気付いた。

左眼の熱に対して、周りの人達の空気は凍っている。

何故って………私の左眼の炎の燃え方はに相当するものだから……。




イアの左眼の罪の炎は、激しく燃え盛っています。

色は桃色で、一見可愛らしい色なのですが、周りの反応が違うのはその燃え方です。

罪の炎の燃え方には2種類あります。

 1つはロウソクの火のように整って穏やかに燃える燃え方、1つは焚き火のような荒ぶった激しい燃え方。

 前者は罪位での『罪』、後者は罪位での『大罪』となっており、後者の方が能力強化、耐性の恩恵が多く得られる力になっています。

イアはその後者を初めてで進化させ、身に付けたのです。


「──いや、でも前も色欲の罪は進化が早かったな…。初めてで進化するのは聞いた事がないが………───」

「凄いね、イアちゃん…!たった一つ教えて貰っただけで……!」


 光は納得はしつつも、何処か訝しげな様子で、美雪は喜んではいますが、動揺を隠しきれない様子でした。

そこへ、口を閉じていたルナがイアの手をガッと強く握ります。


「ルナさん…?」

「『大罪』に進化するというのは、『罪』と比べて遥かに多い情報を読み取る事になる。《憤怒の罪》の空間、《怠惰の罪》の共有意識、《強欲の罪》の模倣、それらに匹敵する情報量をお前は処理出来るか?」

「え?ルナさん待って…!」


 美雪がルナを静止させようと、言葉を紡ぎましたが、既にイアの手は美雪の指の傷に触れていました。


「───────」


 美雪によって手は一瞬にして離れましたが、その一瞬ですらイアの意識は飛んでしまいました。

ですが、5秒もすると彼女は帰ってきました。

───今にも吐きそうな青ざめた顔で。




 彼女の意識はその傷口に移動していました。

紅い視界、こめかみから脳へ鼓動が響くように聞こえてきます。

ドクン、ドクン、ドクン。

心臓も共鳴するようにその鼓動に合わさっていきます。

 次第に視界は薄暗く、それでいて紅い視界に進んで行きました。



 その中では太い1本の線を元に多数の細い線が網羅しています。

赤黒い線が網羅している中の一部から紅い霧が上へ向かって流れていきます。

 そこで彼女は気づきました。

あれらは血管であり、紅い霧が血液であると。

彼女の意識はどんどんとその一部へ近づいて行き、その中へ溶け込みます。


 紅い空間の中で、大量に流れていく赤い円盤状のものや様々な物体。

迫り来るように飛んでくるそれらを彼女は無意識に防ごうとします。

もうそこに来た時点で彼女の意識はほとんど残っていませんでした。

 ただ、罪の炎で連動した心臓と目と脳はその役目を果たす為に無理やり彼女を動かします。



 深い水中に沈むような感覚。

彼女にはもうそれしか感じ取れていませんでした。

彼女の意識は傷口から呑まれるように沈んでいき、そこで視界に広がる紅い空間に加えて、本来なら確認しえない量子レベルの構造までを見てしまったのです。

彼女の脳はそれらを受け止めきれずに、ただそれらを眺めることしか出来ませんでした。

 そして、その沈むような感覚が終わると全体が光に包まれて彼女を押し上げていきました。





「イアちゃん…!大丈夫!?イアちゃん!」

「───────ぁ」


 あまりにもゆっくりと体が動くと、虚ろとしたイアの目は美雪に向きました。


「あぁ…良かった……。本当に良かった………」


 イアの左眼で燃え盛っていた罪の炎は静まっていました。


「─────みゆき………さん……?」

「イアちゃん…今は喋らなくていいよ…。隅のソファーで横になろう。その前に……」


 キッ、と美雪の目はルナを捉えていました。

イアによって治った指はもう傷跡どころか、治った跡すらありません。

その手をグッと握り締めて、いつの間にか立っているルナに口を開きました。


「…ルナさん!イアちゃんは何も知らない普通の子なんだよ!?私にも分からないもの事象だけど、知識はある!それを伝えて、こういう事があるって説明しないと、ただ恐怖を与えるだけだよ!」

「………」


 穏やかに流れていた空気は張り詰めるような緊張のある空間に変わっていきます。

大声で怒鳴る美雪の姿は今までのニコニコした顔は無く、目をキッと細めてただルナに対して真剣に怒っていました。


「聞いてるの、ルナさん!?」

「意識が飛んだ後で良かったな」

「はぁ…?ちょっとルナさん!誰もが誰も貴方みたいに強くないの!だから無理やりって力を使わせて」


 その台詞の途中にルナは振り返ると、その眼は『喋るな』という意味と殺意にも等しい刺々しい視線を美雪に返しました。

その眼のままで美雪の台詞を遮りました。


「美雪、説教なら後で聞く。ただその娘は結果的にこの不快な痛みを感じずに済む」

「─え?」


 ふと、美雪は視線を光に向けました。

そこには歯をギリギリと擦り合わせながら、左眼を抑えている光がいました。

 そこへ、駆け足で1階におりてくる夜冬とアウロラ。

彼らも左眼を抑え、顔を歪めて額に汗を浮かばせていました。


「何…?この前と同じイアちゃんの右眼の無意識の威嚇…?」


 アウロラは床に膝を付き、夜冬は近くの椅子に座り込みました。


「ちがうよ…美雪さん……。これはイアさんのものじゃない………」

「あぁ……それは俺も、どういけんだよ…。べつのなにかが……」


 今にも倒れ伏しそうなくらいに2人の声は掠れていきます。

そこへ、ルナがその場にいる苦しむ者へのアドバイスをしました。


「お前ら、罪の能力を使え。少しは痛みが和らぐ」


 その言葉に各々は加速し爆ぜそうな痛みに堪えながら、罪の炎の能力を発動させて行きます。

《怠惰の罪》を持つ夜冬は自身の分身を増やしていきます。

《傲慢の罪》を持つアウロラは自身の体を炎に変えると同時に様々な形に変化を繰り返します。

《強欲の罪》を持つ光は近くにあった鏡を模倣して新たに生み出そうとしていました。

彼らの顔は少しずつですが、安らぎが戻っていました。


「能力使っている時は痛覚を緩和できる。体内麻薬と言う奴か。痛みと怪我に怖気付いて、こんな力も忘れたか?」


 アドバイスの次に発せられたのは自分達が強いものであるという事に対する傲慢さへの皮肉でした。


「────そこか」


 一言呟き、ルナは一瞬にしてその場から消えました。




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