第24話「いかがわしい利用」
今日のイアは午前中に魔術の使い方をアウロラに教えて貰っていました。
とはいえ、イアの魔術属性は《花》。
形を成す《炎》のように火を放ったり、《雲水》のように水を生成したりとは違う属性です。
希少な属性 《光》《鋼》《音》より更に希少。
形を成すものよりは魔力変換や魔力吸収に長けた属性です。
それに加えて、希少故の特異性は生命力と体液を魔力に変換出来ることと形を成した魔術を無害化し魔力として吸収出来る事でした。
「これは…前にも話していましたね」
「そう、良く覚えてるね。花属性は恐ろしい程に受け身な属性。名の通り花のようにただ栄養を得て何事も無いように咲く感じだね」
以前と同じように向かい合って座っている二人は、まるで先生と生徒のようで様になっています。
イアは背筋を伸ばして聞いていましたが、アウロラは少し気だるそうではあるものの、何とか普通に座っていました。
「ただ他の属性と違うのは魔力を譲渡出来ること。他は魔力を『放出』する事は出来ても他者に『魔力』を渡すことは出来ない。ただ属性に沿った魔力の塊をぶつけるだけになる」
「なるほど……」
「大した事ないように思えるけど、魔力を回復させるのには時間が掛かるんだ。基本的に呼吸とか食事で回復はするけど、微々たるものだよ。あと、魔術に強く関与してる人間は魔力が生命力とも言える」
「魔力が生命力…?」
「うん。自然の魔力が体の生命力と溶け合って、魔術の魔力効率と強化を促す。そんな中で魔力を枯渇させてしまうと……今の俺のように気だるそうな雰囲気になるんだ」
アウロラは"ふぅ…"とひと息入れると体の姿勢は徐々に崩れていきます。
完全に崩れさる前にアウロラはベッドに寝転び、大きな欠伸をして、目を瞑りました。
「つまり……私はアウロラさんに対して、魔力を渡す練習をすればいいんですか…?」
「……そういう事。あぁ…別に利用してるってわけじゃないよ。……一日と寝れば体は元通りだ。ただ魔力を枯渇した人間に魔力を与えた反応を見るにはちょうどよかった」
左腕の肘を曲げて、前腕だけを起こすと手は人差し指はだけを立たせて、その先から弱々しい炎をアウロラは出しました。
「とりあえず……10分くらいやってみて、出来なかったら今日は終わり。あの紙を折った時の感覚を思い出してみて。そうだな……指先だけ俺に触れて送ってみよう」
「はい…!」
アウロラは今にも眠ってしまいそうで、このままでは10分も経った頃には眠ってしまっているでしょう。
その為イアは集中して、魔術適性を見出す為に行った事を思い出します。
7分経ちましたが、一向にアウロラの指先の炎に変化はありませんでした。
指先の炎は魔力を送れているというのを示すものですが、それが変わりません。
「………ごめん、イアさん。もう限界だ……。花属性と言えど、簡単に魔力は送れないか……」
指先の炎は消えて、前腕は力尽きるように倒れました。
「いえ…私の方もごめんなさい。アウロラさん…疲れてたはずなのに……」
「ははは…謝る必要は無いよ。自業自得だ。今日はこれでおしまい。お疲れ様」
「はい…。アウロラさんもゆっくり休んでくださいね」
アウロラは微笑むと、その瞼を閉じて眠りに堕ちて行きます。
余程、疲れていたのでしょう。
もう寝息を立てて、イアの事はお構いなく寝てしまいます。
イアはアウロラに掛け布団をかけて、アウロラの部屋を後にしました。
* * *
昼食を取った後の昼下がり─。
イアは家事の手伝いをします。
と言っても、午前中には光と美雪が洗濯物を干したり、1階や2階の廊下の掃除等を終わらせていました。
午後はあの二人ものんびりとする時間ですが、家事全般を任せっぱなしというのも気が引けるイアでした。
『うーん。そうだね〜。じゃあお部屋のお掃除して貰おうかな。私とルナさん、ユウトくんの部屋は綺麗だし大丈夫だから……光くん。どうする?イアちゃんに部屋掃除してもらう?』
『んー…大丈夫。埃とかがあるわけじゃないし、本とか紙がちょっと乱雑に置いてあるだけだから、しなくて良いよ。ほかの奴の部屋を掃除した方が良いだろう』
『ほほう……何か、いかがわしいものでも置いてるのかな?光くん』
『ばーか、この歳になってそんなもんねぇよ。なんなら、扉を全開にしても構わないくらい潔白だ』
『じゃあ、後で光くんの扉外して証明してもらおうかな!』
『馬鹿!言葉のあやだ!誰も常に全開で良いとは言ってねぇよ!』
『あははは!!──それじゃあ…やっぱりそういうものあるんじゃない……?』
『お……おい……突然深刻そうな顔するなよ……。浮気でも疑われてる夫か、俺は……』
『へへ~。それじゃあ、イアちゃん。暁月くんとアウロラくん、夜冬くんの部屋の掃除お願い出来る?あ、夜冬くんは別にいいかな。危ないものがあったら大変だからね』
『はぁ──頼むよ、イアさん。それが終わったら、また降りておいで。お茶でも入れよう』
という経緯で、イアは暁月とアウロラの部屋を掃除することになりました。
この家は冷蔵庫や電子レンジ、ガスコンロ、洗濯機という文明の利器はありますが、掃除機というものはありません。
故に掃除といえば、ホウキとちりとりと水バケツと雑巾です。
まず先にアウロラさんの部屋から掃除する事にした。
アウロラさんは外でお昼寝をする為に今は部屋を空けていて、戻って来るまでには掃除を終わらせる考え。
なんで外にお昼寝をしに向かったかって言うのは、部屋より外の方が呼吸による魔力の回復がしやすいみたい。
それにお昼を食べた後のお昼寝は気持ちいいはず…。
アウロラさんにとっては、『イッセキニチョウ』なお昼寝。
「何処からやろうかな……」
アウロラさんの部屋は植物で壁や物が覆われた不思議な部屋なので、正直なことを言うと掃除が難しい。
植物が干渉しているもの以外で元の部屋の原型を保っているのは、ベッドと机と椅子、床と謎の大きな箱くらいになってしまう。
「あまり触らない方がいいよね……」
ホウキで床とかベッドの下とか机の下を掃いて、砂埃や小さなゴミをチリトリにまとめて、あとは雑巾で床と椅子の足裏を掃除する。
なんら前の私がしているのと変わりない掃除の仕方でアウロラさんの部屋を小綺麗にしていく。
──床は不思議なくらい汚れが付かなくて、意地になって擦ってみたけれど、それでも付かなかった。
程々に掃除を終わらせて、片付けようとした時、
「───あれ…?」
不思議というか……恐ろしかったのは、チリトリで集めていたゴミが消えていた事……。
目に見えるくらいに集まっていたものが、塵一つ無くなっていた。
散らばった訳でも…無いんだけど……。
アウロラさんの部屋には何か目に見えないものが住み着いてるじゃないかと軽い気持ちで考えたら、全身に寒気がした。
道具を持って、逃げるように部屋を出る。
そのまま、暁月くんの部屋へ駆け込んで行った。
「ふぅ……こっちは落ち着くなぁ…」
素朴な内装、私の部屋とそう変わらない普通の部屋。
目を引くのは沢山の本が詰まった本棚くらい。
数日部屋を空けている暁月くんの部屋は、所々埃を被ってた。
「よし…頑張ろう!」
アウロラさんの部屋よりは掃除はしやすそうでそれでいてやり甲斐もある。
窓を開けて換気をしつつ、部屋の上の方に溜まったものからホウキで掃いて、埃を下におろしていこうかな。
"ザッザッザッ……"
"パラ………パラ………"
──物が少ないから上の埃はすぐに床に落ちていく。
それでいて簡単に綺麗になるから、気持ちいい。
本棚とタンス、机にも落ちてきた埃を払って、雑巾で汚れを取っていく。
「ふぅ………」
椅子を使って上と下を行き来するのは疲れる…。
でも、その分上の方は綺麗になって、あとは…床にある埃達を集めれば、目立だった汚れは無くなるから、頑張ろう。
──部屋の隅から部屋の中心に向けて、机の下もホウキを差し込んで掻き出すように、黒い点々を集めていく。
あとはベッドの下も同じようにホウキを差し込むと、
"ガサッ……………"
何かにぶつかった。
「あ…………」
そうだった…ベッドの下に何があるか見るのを忘れてた。
とりあえず、ホウキを取り出してベッドの下を覗き見る。
「本かな………?」
薄い本が数冊重なっているように見える。
本の背は細くて、それでいてベッドの下は薄暗くてなんのタイトルかは見えなかった。
1番上の本は背が反対に向いていたから、ホウキで本が開かれて中身が折れるようになってしまった。
「……とりあえず、取り出そうかな。暁月くんが帰ってきたら謝らなきゃ…」
ホウキの柄で丁寧に手が届くところまで引き寄せる。
「ん………」
ベッドの下に手を差し込んで、本を掴み取って日の元に晒した。
………いや………晒しちゃった。
「え………?」
私が手に取った本の表紙には、女性の裸が晒されていて、他にも複数の女性が小さな枠の中に裸の写真を写している。
本のタイトルと思われるものは……『エロ本』と書かれていた。
顔が急速に火照ってくる。
1番上の薄い本をずらして、下の薄い本も確認する。
そこにはまた別の女性で、写真も過激になっていた。
その………男性と女性の股間は隠れているけれど、男性の上に女性が跨っていて、恍惚な表情を浮かべている…。
マジマジと表紙を見てしまう。
小さな枠の写真も明らかに……性交をしていた……。
その下も、その下の本も同じように性行為をしている表紙だった。
なぜこのような本があるのかは、今いる部屋の主が答え。
そうだ、ここは男の子の部屋。
──暁月くんも男の子だ。そういうものには……興味のある歳のはず……。
(ゴクリ─────)
喉を鳴らす。
私も……実はこういうのには興味津々。
ベッドに座って、ページを開いて中身を見る。
これはホウキで本が折れてしまったからという理由では無く、自分の興味で本を開いた。
…………───。
暁月くんはこういうのが好みなんだ……。
あわわ……凄くスタイル良いなぁ…この人……。
胸も豊かで、腰周りも引き締まってて…。
……こんな事もするの……?!
私が知っていたものなんて、この本の一部にも満たない…。
それでいて、他人の女性の裸をじっくりと見たことも無い。
いつも間にか、2冊目……3冊目と続けて読んでいた。
火照った感覚は体にも宿っていて、体は疼いて…切ない気持ちになる。
表紙を閉じて、この切なさを慰めるために手が胸に向かった時。
"ガチャ─────"
部屋の扉が開かれた。
暁月の部屋で掃除をしていたイアが見たのは、数冊の『薄い本』を抱えた夜冬でした。
互いに視線が交差して固まると、相手の様子を伺います。
イアから見ると、夜冬の『薄い本』にはイアの傍に置いてある本と似た表紙をしていて、それを持って暁月の部屋に来たということは、本の調達元は夜冬であるが明らかになりました。
夜冬から見ると、ベッドの下の掃除をされて『エロ本』が見つかり、1冊はページが折られていました。
それでいて、胸に手を当てて夜冬を見ているので、穢らわしいものから身を守ろうとしているように見えました。
夜冬は顔が蒼白になっていきます。
(あ………終わったな………)
暁月の部屋にこれらの本を置いているのは、避難の為です。
ルナが突然さり気なくやって来ては、それらを手に取って、
『こんなもの、この家に持ち込むな。青少年が居るんだぞ、あいつの目に触れたらどうする?』
と、こと如く燃やされるからです。
暁月は部屋の掃除を自分でするので、それを利用し他言無用として、置かせてもらっていました。
しかし、今回は暁月が不在かつ、犬猿の仲とまでは言いませんがあまり良くない関係のイアが部屋に居て、掃除したのです。
年齢的にも暁月と同じくらいの娘に、そんなものを見せてバレてしまった日には、ルナから処刑されてしまうでしょう。
部屋に素早く入ってきて、イアからそれらの本を回収します。
「ア……ゴメンナサイ………ミナカッタコトニシテクダサイ」
凍結した頭で、最低限の謝罪と見て見ぬふりをして欲しい事を伝え、そのまま暁月の部屋を颯爽と逃げるように出て、自身の部屋に閉じこもっていきました。
「………………」
それを見て、イアも冷静になると、手は床に置いていたホウキを握りました。
「暁月くんのじゃなかった……それは…それで安心なのかな…?勝手な想像だけど…暁月くんあぁいうのを知ってる雰囲気じゃないもんね……」
イアは掃除を再開して、床のゴミや埃を再度隅から集め直して、それをチリトリで回収し、雑巾で床を拭いた後、道具を抱えて1階に降りていきました。
その後、美雪や光と共に午後のお茶を楽しみました。
この時のイアは気付きませんでしたが、何故1番上の1冊だけが背を向けずに重ねられていたのかは、暁月本人しか知りません。
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