第23話「パラベラム」

 同日、夜──。

 とある世界の中心には高層ビルが存在していました。

そこは1つの世界で複数の国がある少々珍しい世界でした。

大抵の世界は一つの国に多数の地域が纏まっていたり、国として纏まらず個々の小さな地域が点在していたり、開拓が進まず交流が遅い世界もあります。

多くても独立して国となるのは3つ程度ですが、今回は12ヶ国。

複数の国がある世界は発展にズレが生じ、特に発展した国が国土を拡げたり、他国に実力を見せつけるために戦争を仕掛けたりするようになります。

 その結果、上記のように一つの国に纏まったりするのですが、それまでに長期戦や苦戦を強いられたり、反撃を受けたりすると国の中の治安が悪くもなります。

兵士となる人間を送り、前線で戦う兵士は優先的に色んな恩恵を受けます。

 それが原因で、兵士は地位的にも力を付け始め、国内の民間人にも横暴な態度を取り、危害を加え始めます。

金が無いからと窃盗をし、地位を利用して脅迫し、戦争のストレスで強姦をし、飲酒による泥酔で物品を破壊し、殺人に慣れる為に殺人を犯す。

 民間人にとっては、敵国より国内に居る兵士の方が恐ろしいのでした。

そのまま時代が流れると、民間人すら兵士として利用され、耐えかねた元民間人達が国に反旗を翻し、戦争を仕掛けた国は瞬く間に内部崩壊して自滅するのです。

 ノーネームの彼らにとって俗に言う、『醜い争いで過去にも劣る、廃れた未来』の道筋を辿る世界になるのです。




「12ヶ国…俺たちだけで良かったのか?」

«でも数と規模の割には目標は少ないよ。各国のお偉いさんはどうやらその力を独占したかったみたい。だから代わりもいない。秘書さんすら居ない、自分で動く働き者な方々だね»


 今、逆浪光さかなみ ひかるは目標が居る高層ビルの目の前の小さなビルで待機していました。

その隣にはアウロラが座っています。

 そして、高層ビルの中の標的が集まる会場には美雪が潜入して無線で会話していました。


«………12。全員揃ってるよ。会場にいるのはその人達の配偶者に家族、ボディーガード、ウェイターさんとかだね。───あ、美味しい。»

「了解……おい待て、何つまんでるんだよ」

«だって~見るからに美味しそうだったんだもん。光くんも食べに来る?»

「──今すぐそんな時間があればな。俺は隣のヤツ見張ってないと怖いからな」

«今どんな感じ?»

「煮えたぎってる」


 光の隣に座るアウロラはヒヒッ…と薄気味悪い笑いと笑顔を浮かべ、それと同時に体温を上げて、体内の血を回して、いつでも動けるようにしていました。


«ありゃ…もう行動に移した方がいい?»

「会場挨拶の時に12ヶ国の代表達が登壇する予定だ。その時のタイミングで複数殺れる方が良いだろう」

«そうだね…あー早く始まらないかな〜»


 少しの沈黙が流れると、光が言葉を掛けました。


「当然だが、美雪。民間人及び非戦闘員は撃つなよ。ただ目標を優先的に殺せ。逃げ出した目標はこっちで引き受ける」

«分かってるよ。私だって撃ちたくないもの»

「装備は?各所に置いておいたが集めきれたか?」

«最低限だね。ハンドガン一丁、リボルバー一丁、予備マガジン1つ、ナイフ、グレネード1つ»


 ひかるは自身が置いた装備を思い出します。

ハンドガン二丁、リボルバー一丁、予備マガジン3つ、ナイフ、ショットガン、ショットシェル16発、グレネード2つ。

室内戦闘が主な為、取り回しの良いハンドガンと近距離における圧倒的な火力を誇るショットガンで主力武器は構成されています。


「……流石にショットガンは持ち歩くには目立つか」

«ハンドガンの弾が無くなったりしたら、取りに行くかもしれないけど、でもボディーガードの人達も懐に忍ばせてるみたいだし、それを奪いながら戦うよ»

「あいよ、気を付けてな」

«はーい»



 * * *



 会場では壇上の上にライトが照らされました。

そこへ盛大な拍手と共に、12ヶ国の代表達が登壇します。

今回集まったのは、『増えた国内人口を減らす為、貧困層を処刑する』という内容でした。

 この世界は今壇上に上がっている彼等だけが国を動かすことが出来る為、その内容はほぼ強制であり、拒否権は無いに等しいのです。

いわゆる独裁国家。

 国内の土地が無くなった為、その判断に至ったのでしょう。

それは国の歴史書としては何度も何度も行われた事のある事例でした。

国の代表者が死に際に代表の座を指定した者に譲渡する事で新たな代表が生まれますが、その性質上、代表の血筋が常に国のトップとして立っているのです。


 各国の代表者が次々挨拶をしていると、一人の茶髪の女性がまるで待ちきれんばかりに素早く銃を構えて発砲をしました。




「ターゲット3キル…!1ダウン…!」


 美雪は不意撃ちで3人の頭を撃ち抜き、1人はそれに反応して身を動かした為に美雪の照準がズレて胴に受けました。

それと同時にボディーガード達が登壇に上り、代表を護衛する中で一部のボディーガードは懐から拳銃を取り出して、美雪に照準を定めていました。

 美雪は最も近いボディーガードに胴2発、頭1発の計3発を撃ち込んで、死体の背面に回り込んで、盾としました。

会場には悲鳴と絶叫が渦巻いていました。


「光くん!ターゲット8つが会場から逃げた!下の階を!」

«了解»


 光に対して報告と指示をししつつ、引きずられながら会場を離れようとする1人のターゲットに狙いを絞ります。

死体を持ち上げて、逃げた扉の方へ走っていきました。

 当然、扉の近くにいるボディーガードは美雪に向けて1発発砲しますが、死体が弾を受け止めてしまい、美雪まで届きません。

それでいて会場はごった返し、壇上以外は明かりもない為、ボディーガードも撃つのを躊躇して、思うように発砲出来ません。

死体の脇に腕を通して、美雪はその撃ってきたボディーガードに2発頭に撃ち込み、装弾数10発だったハンドガンはこれで弾切れを起こし、ホールドオープンして、弾切れを美雪に知らせます。

 しかし、残弾数を頭の中で常時把握して、目標に対して有効な射撃をしている為、無駄弾は無く、再装填の必要の有無は美雪の中では常にイメージ出来ていました。

美雪はスライドストップを押し下げて、空撃ちした後、ハンドガンを腰のホルスターに納めると、死体のハンドガンを奪います。

 美雪の持っているハンドガンとは形状と弾は違いますが、装弾数は17発。

継戦能力には長けています。

美雪は死体を床に寝転ばせ、会場の騒ぎが落ち着くまで待ちました。

 ウェイター達は必死に会場内にいた人達を外へ逃がす為に、時々泣きながらも大声で誘導し続けています。

それを見守りながら美雪は落ち着いた様子で周囲を確認した後、手に入れたハンドガンの残弾の確認をし、持参したハンドガンに弾を再装填しました。

 近くにいたウェイターに近寄ると、ウェイターは両手を挙げて目を瞑って、怯えています。


「怖い思いさせてごめんね?料理美味しかったよ」


 そう一言掛けて、美雪は床に滴る血を辿りながら、殺し損ねた代表を殺しに走っていきました。




 滴る血は代表の控え室に続いていました。

おそらく、中で手当を受けているのでしょう。

中に居るという証拠に、部屋前ではボディーガードが2人も立っています。

 美雪はナイフとハンドガンを同時に構えながら、そこへ突っ込み1人を射殺すると、もう1人の手を撃ち、体当たりで壁に押し当て、肩の辺りにナイフを突き刺しました。


「ああああああぁぁぁ…!」


 ボディーガードは抵抗しようとしますが、片手は撃たれて何も出来ず、もう片腕は美雪のナイフによって力が入りません。


「今も後も何もしなければ、殺さない。ただ質問には答えて」

 ボディーガードの腹の辺りにハンドガンを突き付けます。

「中には代表さんがいる?」

「だ─誰が教え……」

「あぁ、じゃあ良いんだよ。教えなくても、死体が増えるだけだから」


 ナイフを握る左手とハンドガンを握る右手は同時にボディーガードにめり込むように力が入ります。


「う"っ……」

「質問を変えるよ、中には民間人や非戦闘員はいる?」

「……いない…!いない………!」

「そっか、ありがとうね」


 美雪はゆっくりと離れ、ナイフも優しくゆっくりと抜いてあげました。


「逃げるなら早く逃げてね」


 美雪は控え室の扉の方へ向き直ります。

ボディーガードは近くに落ちているハンドガンに目を向け、美雪に感ずかれないように、ゆっくりとゆっくりとそれに近づき、今ある力を全て振り絞ってハンドガンを手に取ります。

 しかし、それを手に取ったことで、無慈悲な乾いた音が彼の頭に届いてしまっのです。

1発──2発。

彼は眠るように横たわっていきました。

再度銃を手に取ったことで、彼にはまだ敵対意識があると断定し、美雪はすかさず息の根を止めたのです。


「───…」


 美雪はナイフとハンドガンを納めてから、先に射殺した死体を抱き抱えるように持ち上げると、左手にドアノブを握り、右手はグレネードを持っていました。

ドアを勢い良く開け、グレネードのピンを抜きます。

抱えていた死体にグレネードを押し当てて、部屋の中に投げ捨て、ドアを閉めます。

ドアを開けた際に、中から銃弾が飛んで来ましたが、死体が全部受け止めた為に無傷でした。

 美雪は素早くその場を離れます。

仲間の死体に対する感情と、火薬の臭いのする塊を見た時の感情、もう逃げ場のない感情、そして迫る死への感情。

中に居た人はそれをほんの一瞬で味わったのでしょう。

逆に言えばそれらを味わったのもほんの一瞬でした。

部屋の中からは重く轟くような爆発音が聞こえ、位置的にも近かったドアは吹き飛びました。

入口には飛び散るドアの破片と中からは煙、そして血と火薬の臭いが入り交じていました。

 美雪は口と鼻を腕で覆うようにしながら、再度部屋の中に踏み込みます。


「………」


 中に居たのは3人、目標とボディーガード2人。

ボディーガードの背には無数の鉄片が突き刺さったりもしくは貫通し、もう一人は腕で顔を防ごうとして、腕が飛んでいました。

 そしてその2人に埋もれるように居る代表。

鉄片による傷はあるでしょうが、ボディーガードに比べれば、全然綺麗な状態でした。

確実にあの空間での爆発なら衝撃波や熱により肺は潰れ焼かれたでしょうが、念の為というやつです。

 代表の頭に3発撃ち込んで、生死不明を確実な死に追いやりました。


「光くん。1キル」

«──了解、1キル。さっきの逃がした奴だな»

「そう。今そっちはどうしてる?」

«火事を起こした。火種となるものをビルに点々と飛び火させている。これで、民間人の避難も早まるだろう»

「ありがとう。助かるよ」

«早くビルから逃げ出てきた目標は俺達がやる。美雪、最長でも15分で離脱してくれ。その頃には全部火に包まれる»

「了解」


 美雪は残弾を確認してから、急いで階段を使い下の階へ下っていきました。





 素早く避難をしているのか、それとも人が少なかったのか、人はどの階層も少なく、ビルの職員やスタッフが避難の誘導を終えて、自身達の避難を始めていました。


«美雪、今何階だ?»

「えっと…───19階だよ。何かある?」

«良かった。1人の目標が20階で助けを求めてる。多分下の火事を見て降りれないと思ったんだろうな»

「了解。どうせならショットガン回収していこうかな?」

«それは任せる。この前の作戦で鹵獲したものだからな»

「じゃあ貰っちゃおー」


 美雪は階段の踊り場で上機嫌にくるりと回ると、20階へ戻って行きました。



 20階の一室には鍵のかかったロッカーがあり、その中にはショットガンと予備のシェルがあります。

 その鍵は美雪が常に持っていました。


「……セミオートショットガン。使い慣れてるもので助かるなぁ」


 シルエットはポンプ式ショットガンと変わらないスマートな見た目ですが、ポンプ式と違って手動で排莢と装填をせず、ガス圧を利用して行うので連射性に長けています。

 それを手に取り、排莢口エジェクションポートのハンドルを少し引きます。

 薬室にはもうシェルが入っており、チューブ内にもフルで装填されている事を確認しました。


「よし…!」


 美雪はショットガンを構えて、駆け出しました。



 * * *



「予想より早いな……」


 ビルには点々と広がる火が徐々にビル全体を這って燃えています。

20階には助けを求める目標、下は広がりつつある火事を避けながら、救急車や消防車がそれぞれの役目を果たそうとしています。


「とはいえ…遅めることは出来ないし、むしろ早くなるな」


 点々と広がる火事の中に一人の人影がありました。

 炎に包まれ、もはや人影ということしか確認出来ません。

 炎の中でユラユラと動く人影は、突然消えると無線機から声だけが帰ってきました。


«──4キル»

「……4キル。炎で追い詰めてたのか」


 アウロラは自身で展開した炎の中を自在に移動出来るのを利用して、ジワジワと詰める戦いをします。

本能的な炎への恐怖、炎の熱、燃え広がる炎、掻き消せぬ炎は一般人にはただただ逃げる事しか出来ません。

 しかし、それが弱点でもあります。

炎を操れるとはいえ、範囲は全てではありません。

その為、精度という点では断トツで悪く、制御下から離れた炎はただただ燃え広がり、本人の思わぬ所で被害を広げます。

 それ故に軽度の火傷を負った者や燃えながらビルの外へ逃げ出してきた者もいました。


「アウロラ、もう下がっていい。後は炙り出せば…」


 20階から銃声が響きます。

 死体になったであろう目標は火の海に落ちて自身の遺体を焼いていきました。


«光くん、1キル»

「あぁ、1キル。」

«これで合計9?»


 会場での3人、別室での1人、アウロラによる4人、先程の1人で合計9人を葬りました。

 残りは3人。


「あぁ、アウロラの探知に引っかかってない辺り、まだ火事の及んでいない場所に3人いる」

«私が行こうか?»

「いや…もう炎がだいぶ回ってる。美雪は今から迎えに行くよ」

「そうか、なら私が行こう」


 光はビックリして、心臓が飛び出るかと思いました。

 隣にはいつの間にかルナが居たのです。


「ルナさん、いつの間に…」

「お前らの帰りが遅いからな。様子を見に来た」


 そう言うとルナはビルの下を指します。


「地下に3人と5人の護衛がいる」

「え、あ、はい…」

「後は美雪だな」


 ルナは一度の跳躍で20階の窓に張り付き、入っていきました。


«えええ!ルナさん!?なんで!?»

«──ぇぇえええ!?»


 無線機からはただただ驚く美雪とアウロラの声が届きます。


「……アウロラ、悪い。地下に居るらしい。頼む」

«りょ、了解…………»


 突然来たルナに全員が困惑していますが、任務は続けなければいけません。



 * * *



 1階に戻っていたアウロラは再度炎に潜り、地下にある駐車場に向かいました。

 とはいえ、地下にはほとんど火が及んでいない為、アウロラはすぐ様姿を戻し、駐車場をふらつき始めました。


「あれか…」


 一回り大きい車の周りに8人おり、車の先には瓦礫で防がれた駐車場出入口がありました。

瓦礫があるのは、光の破壊工作によるもので、万が一車等で知らぬ間に逃げられた場合、行方を追うのが大変だからです。

エレベーターで1階に戻れれば救助されますが、その1階はもはや炎の海な為、地下から出るの方が危険なのでした。


「固まってくれて助かるなァ……」


 アウロラは全速力で彼らに駆け出します。

途中にある車は彼に触れると溶けて消失し、車のガソリンに熱が反応して引火し、爆発を起こしました。

無論、静まり返った場に爆発音は全員が反応します。

 そして、引火による爆発が連鎖を起こし、駐車場にある様々な車が次々と廃車になっていきます。

ただそんな爆発に紛れて、アウロラは瞬く間に相手に近づき、一人一人手で刈り取るように溶かしていきました。

銃を撃たれようとも炎となった体が弾を溶かし、そして撃った本人も溶かされるのです。

首や胴、手がなぞる様に溶かしていった場所には、出血も骨もなく、傷口は焼かれて黒焦げになっていましす。

血で汚れた死体ではなく、綺麗でありながら部位が離れた死体は逆に奇妙でした。

 それを最後まで残した目標にも施します。

手でなぞるだけじゃなく、熱量を弱めて体全体で通り過ぎるのです。

服を焼き、皮膚を焼き、毛を焼き、筋肉を焼き、血を焼き、内臓を焼き、骨だけを残してその体を焼きます。

肉塊であったものは、骨だけを残して地面に転がり落ちました。

涙を焼き、感情を焼き、思考を焼き、形としてないものさえも焼き尽くします。

全員をあの世へ送った後、アウロラは自身を煉獄のように例えて、死んで行った彼らの霊に哀悼の意を表したのでした。

次は清らかな水のように汚れたものを含まず、それでいて安らかに魂の浄化を願って。


「…3キル。目標達成」

«3キル、了解。ご苦労さま»

«アウロラくん、ルナさんが連れて帰ってくれるって!»

「…了解。すぐに戻る」


 炎の海になった地下駐車場の中に佇むアウロラも炎の海の一部として燃え盛り、地上への炎を辿りながら戻って行きました。

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